専門外のお仕事ー作戦遂行・2
レオンから王国と合同であたる、とは聞いていた。けれど悪人の仲間のフリをしてパトリスが加わっている、とまではルナは聞いていない。
パトリスとルナに面識があるなどと知っている人は軍にはいない。ここで名乗っている名も「パトリス」ではないだろうし、知らされていないのは当然だ。
思い返せば八月ラベンダー祭に行った際に、アランが「パトリスは仕事でしばらく戻らない」と言っていた。おそらくその時にはもう、この「仕事」をしていたのだろう。
一人ではなくロージーと一緒なので、不安になっているつもりは無かったけれど、パトリスがすぐ其処にいると知った時は思わず大きく息をついた。これはきっと安堵だ。
自分でも気付かない程度には、心細かったらしい。ルナはそこで一旦思考を中断した。
ルナとロージーの二人が今いるのは屋根裏部屋。通常、下級使用人が住む部屋だ。窓は開くが眼下の庭までは三階分の高さがある。
他の女の子に悪影響を及ぼすとでも思われたのだろうか。なぜが「離れ」に一緒にはされなかった。
この高さでは鍛えられた男性ならともかく、ルナとロージーが逃げ出すことは無理だ。
明日の「競り」にかけられることが目的なので、逃げ出すつもりは毛頭ないけれど、ドアの外から鍵を掛けられれば、良い気はしなかった。
日中ルナはひたすら下級メイドのする仕事をし、ロージーは夕方からは調理場の手伝いにまわされた。見たところルナとロージー以外は、働いているのは男ばかりだ。
どうやら連れて来ている若い娘は働かせないらしい。ルナとロージーは「現地で都合良く見つかった下働きをさせるついでに売って片付ける娘」なのだろう。
ロージーはここまで来ても「レオンさんから『売られる』とは聞いていたけど、その前に下働きさせられるとは聞いてないわ。契約外の仕事の割り増し料は、どうなってるんだっけ?」と、真顔でルナに聞いてきた。
さっきから妙に静かだと思っていたけれど、そんな事を考えていたとは思わなかった。
「きっとシスターリリーが悪いようにはなさらないわ」
いつも姿勢のぶれない友人に、つい笑ってしまいながらルナはそう言って慰めた。
屋根裏部屋に閉じ込められた少女ふたりが怯えているのではないかと心配して、パトリスは足音を殺して部屋へ近づいた。ドアに耳を寄せて中の様子を窺う。
ルナではない少女の声がし、微かにルナの笑い声が聞こえた。どうやら普段通りらしい。
午前中、ふたりが仲間の男に連れられて坂道を上がってくる姿を見た時は、自分の目を疑って思わず二度見した。
美しく日に焼けた異国の雰囲気を持つ少女の隣に、対象的な色白で細身の歩く姿の美しい少女。どう見てもルナだった。
「どうして」驚きつつすぐに思い当たる。今までにも有ったらしい「予定外の獲物」。
「競り」を予定している町で、都合よくひっかかる娘がいればついでに売る。最低予定人数は決まっていても、増えるのは歓迎だ。売れば売るだけ金になり、分け前もまた増える。
「おお、あれか。今度の『ついで』は、結構な上物だな」
娘達のいる離れの窓辺に立ち、坂を上がってくるルナを凝視しているパトリスの隣に仲間が立った。
「酒場の女給をしている家出娘が、ちょっと見ねぇくらいのいい女だと騒いでる奴らがいて、話し半分に聞いてたが、思った以上だ」
男にが言うのはどちらのことだ。パトリスが聞く。
「二人いるが」
「色の白いのは定食屋で働いてる娘だ。同じ村から家出してきたらしい。ぱっと見、田舎娘には見えねぇな。お上品で」
確かにルナは田舎娘には見えない。そこにパトリスも異存はない。
「ああいう女に目のない成金は多いんじゃないか。賭けるか? どっちに今回最高値がつくか」
男の視線に気付かず、邸宅へと入っていく少女ふたりは、パトリスには狼の巣に向かう仔羊のように見える。
長い髪をリボンでまとめているせいで、むき出しのルナの首筋など、すぐに牙を立てられそうだ。パトリスですらそのラインを目でなぞってしまうのに。
「酒場の女は見るからに色っぽいが、あの白い肌もそそるな。清純そうに見える女が案外ってヤツだ」
耳に入れるだけで不快だと、パトリスは眉間に皺を寄せた。
先に公国側から、協力者の少女ソフィアとロージー両名の事は連絡が入っている。
競りにかけられたなど、女性として不名誉極まりない事だ。無事に逃げ帰ったとしても、人に知られれば面白可笑しく噂にされ、将来に傷がつく。誰しも無かったことにしたいのが本音だ。
となると「騙されて競りにかけられた」と証言する娘がいなくなる。被害者不在では罪に問えない。そこで仕込まれた娘二人。
公国側はうまく引っ掛かれば儲けもの位に思っていただろうが、まんまと「悪党」はエサに食いついたわけだ。騙したと思う男側が、実のところ少女二人に騙されている。
パトリスの気にもしていなった公国側の協力者が、どういうわけかルナと知れば話は違ってくる。髪の一筋まで傷をつける訳にはいかない。




