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レイクサイド荘・3

 草地に広げた厚手の敷布に丸まる猫のようになったルナの横で、レオンにハリーが説明した。


ルナに「同調」をかけるうちにルナが退行したと。


 ルナの精神は今、事件当時の四歳に戻っている。

ハリー曰く「本人の手助けもあってこの形になった」そうだが、その辺りは門外漢のレオンにはわからない領域だ。


「状態解除」はハリーの手で簡単に出来るが、ひとりにしない方がいいというハリーの意見で、今夜は庭で野営をし、明日教会へ戻ることにする。



 この展開も予測して、シスターには先に断りを入れてある。何かしら苦言を呈するだろうと覚悟していたが、シスターはあっさりと「ルナをよろしくお願い致します」で済ませて、レオンとハリーを拍子抜けさせた。


馬車に積んできた道具で、一晩くらいそれなりに快適に過ごせるはずだ。


「これ、オスカーの物だよ」


レオンにむかい差し出されたハリーの手の平には、指輪があった。


「ルナちゃんが胸元で手を握りしめる仕草に気がついたんだ。で、眠らせてから引っ張り出した」


 言われてみれば、ルナのブラウスのボタンが上から二つはずれ、襟元がくつろげられており、普段日にさらされることのない白すぎるほど白い肌が、のぞいていた。


「……ハリー」

レオンの声に非難が滲む。


 ハリーが肩を竦めてみせる。

「誉められた行為じゃないとわかってる。誓って言うけど、それ以外手を握っただけだよ。唇を合わせてもないし―――」


「当たり前だろう」

レオンの眉根にぐっと力がこもった。


 ハリーは、気にする様子もない。

「オスカーは『残存思念』の使い手だったんだよ。この指輪―――大きさからして男性の小指用だね―――に、思念を籠めたんだ。金属は込めやすいし残りやすい。オスカーの能力なら、近距離だったら指輪に触れてなくても思念を飛ばせたと思うんだ。で、どうにかしてこの子に渡した」


レオンは、口を挟まない。


「思念の発動条件は、意識のあるボクとキミとこの子が揃うこと。キミとルナちゃんの二人、ボクとルナちゃんで二人の時に何も起こらなかったんだから、そう考えるのが妥当でしょ?」


ここまでのところ、レオンに異論はない。


「ねぇ、オスカーの言葉を覚えてる?『僕のミレディを君達に託すよ。守って。僕の宝物が闇に呑み込まれないように』」


ハリーがすらすらと諳じる言葉は、レオンもあれから何度となく思い返したそのままだ。


ハリーが手を伸ばして、レオンにの手に指輪を押し付けた。


「小指にはめて。行こう。あの夜に。三人で」






「ミレディ。ミレディ、目を覚まして」


 ルナを、遠くからオスカーが呼ぶ。ルナの視界は、煙ったようにはっきりとしない。


「長くかかってしまったけれど、君のナイトが着いたよ。さっきあったことを教えてあげて。もう一度眠ってしまうまでの、ちょっとだけでいいんだよ」


いつも聞くオスカーの声が何故かせつなくて、ルナはオスカーに手を伸ばした。

空を切る、二度三度と。固い指先が触れた。指先からは、オスカーの気配が伝わる。



「私もミレディと呼ぶべきか?ルナ」

ルナの耳に寄せられた唇から、聞き覚えのある声がした。


「オスカー?」

ルナは小さく聞いてみる。


「すまないが、オスカーではない。オスカーの友人だ。君を助けに来た。もう大丈夫だ」


 あまりの眠さに目があかないけれど、声は聞こえる。耳がくすぐったい。ルナはクスリと笑んだ。

……オスカーもこう言っているもの「君を守るナイトに出会える」……


「もうお話ししてもいい?」

耳元に囁く声に、ルナは聞いてみる。

「あたがナイトなの?」


「話してはいけない、と誰かがミレディに言った?」


 問いかけるレオンに、ルナがどこかふわふわとした口調で答える。


「オスカーよ。キャンディを私のお口に入れて、これが溶けるまで話してはダメだって。でも溶けなかったの。だってキャンディじゃなくて、指輪だったもの」






 見守るハリーの前で、目を閉じたままのルナがレオンの手を引っ張って抱きついた。

今やレオンは、横たわるルナに覆い被さるような状態だ。


「いや、これは何と言っていいのか。心温まるのか、目のやり場に困るのか……いや、歳の差なんて野暮なことは、ボクは言わないけどさ」


 二人の親密な様子に、つい遠慮して気配を消してしまったことを、自分でも可笑しく思いながら、ハリーはレオンに声を掛けた。


「やめてくれ、ハリー」


 色事には疎いレオンが、少女相手に―――しかも今に限って言えば精神年齢はなんと四歳―――困惑している様も、興味深い。



 ルナに会ってから、自分もこの友人も心が大きく乱されている。

それには多分に、指輪に込められたオスカーの思念の影響があることを割り引いても、ルナに惹かれていることは間違いない。


「しっかりとは目覚めないね。仕方がない。このままの状態で連れて行ってみよう。悪いけど抱いて連れて来てくれる?」


レオンが身体能力を強化出来ると知っているからこその提案。


「あ、横抱きじゃなくて。縦抱きで。なにしろ今のルナちゃんは四歳だからね」


ハリーに頷いたレオンは、丁寧にルナの身を抱き起こした。歩き出すハリーにルナを抱いたレオンが続く。



誰もが無言で。



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