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専門外のお仕事ー始まり・2

「あ、そこは外交部は関与しない」


 よほど判りやすく「二国合同捜査なのに外交部が関与しないとは」とレオンの顔に出たのだろう。ハリーが軽く続ける。


「迅速に処理すべき案件として、例外ではあるけど最高責任者がレオンの上司になったから。グレイ大佐なら豪腕を発揮して、苦もなく主張を通せるよね」


まだグレイ大佐が総指揮をとるとは、レオンも聞かされていない。


「ボクがするのは、会議の内容を外交部向けにまとめる事と『客』として来てるだろう他国人の事後の応対くらいだけど。レオンはきっと手足の如く使われるんだろうねぇ」


 薄く笑みを浮かべたハリーが、両手を上げてぐっと背筋を伸ばした。固い表情で地図を眺めるレオンに構わず、昼食の包みを取り中を見る。


「あ、ローストビーフの挟まったパンだ。これ好き」


明るく軽いハリーの声が室内を満たした。







「お二人揃ってお越しになるのは、お久しぶりですね」


 シスターリリースは慎み深い笑顔を向けて挨拶し、レオンとハリーを院長室へと誘った。


「どなたかがいらしたら『院長は来客中です』と言ってご用件をうかがってくださいね」


 二人をここまで案内したルナより幾つか年下の少女にそう伝えると、シスター自らきっちりと扉を閉める。


 十月になったばかりでまだ夜でもそこまで寒くはない。レオンとハリーは旅装を解き着替えて来たらしく、ジャケット姿だった。


 どうやら仕事の話のようだとシスターリリーは見当をつけた。「どちら向き」かは分からないけれど。


 長椅子に着席して早々、レオンが切り出した。

「公国内で若い女性の失踪が増えていることを、ご存知ですか」



 アイアゲート向きの用件だった。初めて耳にしたのは、半年前。


 教会へと立ち寄ったマダムカメリア――温泉保養地の椿館の女主人――が「勧誘した娘が姿を消した」と話していた。


「あの子は全額受け取って働きだしてから『飛ぶ』ことはあっても、貰えるお金をフイにしていなくなるような子じゃないわ。」


と確信をもって語っていた。


「うちより出す娼館なんてないはずだし、似たようなことは既にしてるから今更『売る』のが嫌だなんて言うわけないのよ」


 確かにその手の女の子なら、仕事内容に怖じ気づくこともあるまい。むしろ今の内にと若さを有効に活用しようとするだろう。


「お針子として住み込んでいた部屋の荷物も、手荷物以外そのまま残ってたのよ。うちの手付けまで隠したままだったわ。ほんと、ちょっとそこまで出たくらいの雰囲気でね」


 時間があったからと、店の男衆に支援品を運ばせるついでに自分も付いて来たマダムカメリアは、ちょうど今レオンのいる位置で不思議がっていた。



「王国でも似たような話があるようですね」


 さらりと言うシスターリリーにハリーの目が丸くなった。


 情報源は、マルグリット嬢から聞いたというルナの何気ない一言だ。重要とも思っていない口振りだったルナは、どうやらレオンにその話をしなかったらしい。レオンの顔でそうと分かる。


「そこまでご存知でしたか」

レオンが驚きの声をあげた。


 実は詳しくは知らないがわざわざ明かす必要はない。過大評価大いに結構。シスターリリーはひとつ頷いてみせた。


「ねぇセンパイ。同窓だってボクも知ったので、素でお願いできませんか。大佐と同級生なら、見た目ほどのお歳じゃない」


 提案するハリーの口角は、綺麗に上がっている。自分だけ知らされていなかった事が、多少気に入らなかったのだろう。


 作り笑顔が稚気を感じさせて、シスターリリーは心からの笑みを浮かべた。慰めることにする。


「たどり着くのに、少し時間がかかったわね。レオンと違って軍部じゃないのだもの。仕方ないわ」


「繋がったら、納得の行くことばかりでしたよ。点と点が繋がって線になるとは、こういうことかと実感しましたよ。赤のアイアの髪が見えないなんて、特徴隠しもいいとこですよ」


「赤のアイア」などと大人になった今、恥ずかしいだけのふたつ名を出されては、シスターリリー(アイアゲート)としても両手を上げて降参するしかない。


「それ古すぎて聞くに耐えないから、止めて頂戴。私にそれを言うなら、大佐に向かって『黒の王子』って言ってからにして」


「黒のジャスパーではなく?」

ハリーではなくレオンが聞き返す。


「在学中は『黒の王子』と呼ばれていたわね。あれで若い頃はかなりモテたのよ」


 公国には「公子」「殿下」はいても、「王子」という呼び方に該当する人物はいない。憧れの対象の代名詞として「王子」は使いやすい言葉なのだ。


 愛想はなくても、いわゆるクールビューティー枠でジャスパー・グレイは人気があった。校内一身分が高いということもあり近寄り難い感じが、また孤高の存在として人気を高めていたと思われる。


 年寄りぶって思い出話のひとつもしたいところだけれど「それはまた別のお話」だ。昔話は熱心に聞いているように見えて、その実迷惑がられているものと決まっているのだし。


 シスターリリーが年長者らしく話の先を促すと、レオンが書類ケースから紙束を取り出し、シスターに向けて置いた。



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