ラベンダー祭ーレアール卿・2
「落ちる!」
分かりやすく驚く男性に、ルナはぎゅっと力を込めて抱きついた。
「あぁすまない。君を落としたりはしない決してね。そもそも形はあっても重さはないのだから、落ちることが有り得ないのだけれど、それはいいとしよう。ちい姫は公国の?」
ルナが収まりがよいよう抱き直した男性が問いかける。
「今は公国にいるの。生まれはわからない」
「―――王家の庶子か」
あまりにも小さく呟かれた単語は、ルナには理解できなかった。
「それで、ちい姫はどうしてここに?」
問われて思い出した。すっかり忘れていた。
「黄色のかの花を、探しているの。おじさまは知っている? 香りが強くて白いお花が多いのよ。でも私が探しているのは、黄色」
「ちい姫は何故その花を? 小さな君は知らないだろうけれど」
男性が考えながら話すのに、ルナがかぶせる。
「知っているわ。若君に聞いたもの。若君が青いご本のお薬を作るのにお花がいるの。でも公国では、そのお花はずっとずっと前に消えてしまっているのよ」
「青い……ご本?」
「エステレイルさまがお部屋のご本をくださったの。若君のご先祖さまが書いたけど、使わなかったからって」
これでわかったでしょう? とルナは胸をはった。
「色々と、さすがについて行けないな。ちい姫とエステレイル姫はどこでお話しを?」
小さく息を吐きながらも、男性は質問を止めない。
「レアード家の裏庭の『とりであと』よ。香を使ってエステレイル姫を呼んだの」
「まさか反魂香!?」
「そう。若君のご先祖様の書いたものを見て、若君ががんばったの」
わかってくれた。ルナは満足してうなずいた。
「エステレイル様は、他に何を?」
「若君のことを『じゅじゅつしの一族』って呼んだの。『とりで』が『かんらく』した後、亡くなった姫君に『じゅじゅつし』が、まじないをかけてくれたって」
ルナの口調は拙い。どうやらこの身体ではこれが限界らしい。
「あと、今代のじゅじゅつしどのは、良い男ぶりだって」
思い出したと得意気に告げるルナ。男性がぐっと言葉に詰まる。
「姫君の言いそうなことだ。……姫君は見目の良い男子がお好きだからね。君の若君は、おいくつなのかな?」
「十五才」
「―――若すぎるだろう。他には?」
「大えんぶ会のファーストダンスは、きし様とじゃなくてお父様と踊った」
「……確かにそうだったが、そこは要らないな」
男性が顔をしかめてから、気を取り直して「整理しよう」とひとつ頷いた。
「ええと、ちい姫は公国に住んでいて、裏庭の砦跡で『レアードの若君』と一緒に『エステレイル姫』に会い青いレシピブックを頂いた。その中にあった黄色のかの花、つまりは黄色のジャスミンを探して、ここに迷いこんだのだね」
「すごいわ」
ルナは素直に称賛した。脈絡のない子供の話を気長に聞いて、筋道を立てて理解してくれる大人は珍しい。細かな差異はあるけれど、そんなの少しも問題はない。
「君がここに来た訳がわかったよ。さっきエステレイル様は砦で亡くなったと言ったね? 他には呪術師のことを姫君は何か仰有っていなかったかい?」
「う~ん。かつてのじゅじゅつしは優秀だった。若君が来たから『じゅつ』が解けて、もうどこへでも行ける―――少しあやしいかも」
「いや充分だ……ありがとう」
男性が我が子にでもするように、愛しげにルナの頭をそっと抱え込んだ。ルナもされるままになる。
「ちい姫のお探しの黄色のジャスミンは、この建物のずっと向こう」
ルナが見やすいように体の向きを変えて、指差す。
「窪地の湧水から細く流れる小川に沿って繁っている。目につく範囲は白ばかりだ。そこを掻き分けて奥へ行くと見つかりにくいところに、一本だけ黄色があるんだ。厳密に言えばジャスミンではないのだけれどね。扱い方はわかるかな」
「葉も花もお口に入れない。切り口にさわらない」
若君セドリックに教えられたことを諳じてみせると、男性は目を細めた。
「完璧だ。ちい姫は、元の世界ではお幾つかな?」
「十三よ」
「あぁ成る程。端境の不安定期だ。それは城も魔力を貸し易かろうよ。ちょうど私もここに居て、条件が重なる又とない機会だ」
男性は再び「なるほど」と口にした。
「おじ様は、これから行かれるの? 姫君と」
「ちい姫は何かを知っていて教えてくれるのかな」
口元の笑みは変わらず、軽い口調もそのままだ。ただ、頬のあたりが微かに強張ったように感じられる。
「これはユメだから、何も変えられないの。こうしてお話しできたのにびっくりしたくらい。変えられないから、教えてあげる」
ルナは一度言葉を切って、少し唇を舐めた。
「お会いした姫君は、ずっと楽しそうだった。『じゅじゅつし』のおかげで、ここにいる間も退屈しなかったと笑ってらした」
「若君は、とりで周りをキレイにしたの。焼け跡のとりではそのままだけれど、歩きやすくなったの」
男性の聞きたいこととは違うかもしれない。多分違っている。でも、思い出せることを話した。ルナもこの後砦にて何が起こるのかは知らないのだ。




