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ラベンダー祭ーレアール卿・1

 話す二人の姿は靄って見えない。自分の姿もあちらから見える訳でもないのに、息を詰めるようにして聴いていたアランは、レアール卿に次いで立ち去るコルバン卿の足音が遠退くとすぐに、大きく息を吐いた。



 盗み聞きなど、マナー違反もいいところだ。

大筋はアランも知っている話だ。今耳にした話を頭の中で整理する。


 かつて王家の直系子女が、第一王子殿下、第二王子殿下、エステレイル姫の三人だった時代。

 弟殿下の奥方の実家である侯爵家当主が野心家で、体の弱いと噂された――実際は弱くなかったが――兄殿下を追い落とし、弟殿下を王位につけようと画策した。


 その計画が事前に兄殿下側に漏れ、武力衝突になりかけたところを、弟殿下が自身には謀反の意思はないと訴えた。兄殿下はそれを認め、内乱を回避した。


 エステレイル姫は、兄である第二王子殿下と侯爵家を切り離すべく、反乱軍になりかねない勢力を引き連れ、弟殿下に扮したレアール卿と共に辺境の砦へと移った。


 そこで何らかの理由で仲間割れが起き「反乱軍」の首謀者達が相討ちとなり、不幸にも巻き込まれたエステレイル姫も非業の死を遂げた。



 それがアランの知る正史だ。今耳した話と相違はないが、レアール卿がエステレイル姫に、狂おしいほどの愛情を抱いていたとは知らなかった。


 初代アランが書き残した物は行動記録であり、当時の感情の類いは一切記されていない。


この会話を書き残したいとは、自分も思わないが。このやり取りだけを聞けば、アランは初代アランにいたく同情する。


 常に薄笑いを浮かべたような態度のレアール卿とは、どこまでも平行線だと思われた。自分も相容れない相手だ。


 そこまで考えて「さて」と辺りを眺める。やはり霞んでいて、少し先も見通せない。

おそらく来ているだろうルナは、どこに居るのだろうか。







 ふわふわと浮いている感覚がある。

身体が浮いているというより、形になっていないという方が感じとしては近い。


 ルナは城の二階、階段の途中にある小窓から戸外を見下ろしていた。


 眠りに落ちる前にひとつ、願い事をした。

「若君のために『黄色のかの花』のある場所を教えて欲しい」と。


 前回エステレイル姫の部屋で眠ってしまった夜のように、今夜も城が力を貸してくれそうな気がした。


「騎士様」に会いたくはある。しかしここにいる騎士は、ルナのことを知らない騎士だ。そして会っても何が出来るという訳でもないことは、十分に承知していた。


 人ひとりいなかった眼下に不意に男性が現れた。

刺繍の入ったいかにも仕立ての良い上着と、上着の前をとめずに見せたベストの、ボタンホールからポケットへ伸びる懐中時計の金鎖が、ルナの目をひいた。


 ルナが注視していると、その人物は小鳥でも探すような仕草で辺りを見回した。


「何を探しているのかしら」ルナが自分も空へと目を向けようとした時に、男性と視線がぶつかった。

姿が見えているのかどうか分からないが、ブラウンの瞳は間違いなくルナを捉えていた。


「やぁ、これは。精霊のお出ましだろうか」


話しかけられるのに黙っていると。


「あぁ、聞こえはしても話せない? 実体がないせいだね。良かろう、どこまで出来るか分からないが、私が力を貸そう」


男性の右手が、ルナに向かって掲げられた。


「さぁこの指先に降りておいで。怖がらなくていいよ。重さが無いのだから、落ちるということもない」


楽しげに誘われ、ルナはふわりと窓辺を離れて、風にのるように指先に停まった。


 徐々に形になってゆく。ルナは見覚えのない色のエプロンドレスを着た女の子になっていた。


 見れば鼻髭をキレイに切り揃えた男性が、目を丸くしてルナを見つめている。

誰だろう。誰かに似ている。子供のように縦抱きで腕に抱えられたまま、ルナは懸命に考えた。


「セドリックのおじい様に似ているわ」


 口に出して納得する。しっくり来ない心地の安定を求めて男性の頚にまわした自分の手が、ルナの目に入る。あまりに小さい手には、覚えがある。おそらく四歳くらいだ。口調も思考もそこまで落ちているけれど、判断はできた。


「君は―――姫君のお小さい頃にそっくりだ」


唖然とした様子で男性が呟く。それで気がついた。


「おじさま。私の髪と眼は、なに色?」


「金と(すみれ)色だ」


 ああやはりこの男性にはそう見えるのだ、と納得する。髪色と瞳が本来の色であれば、酷似していると自覚している。姫君――エステレイル様に。


「君の名は」

尋ねかけて、男性は口をつぐんだ。


「いや、よそう。迷いこんだものに(ゆかり)が出来るような事をしてはならないね。ちい姫と呼ばせてもらおう」


甘やかな声とともに、優しい手つきで髪を撫でられた。ルナはうなずく。


「おじさまのお名前は、レアードさまでしょう?」


 髪色と瞳の色、それ以外は根拠がないけれど、間違ってはいないと思われた。しかし、男性は首を横に振る。


「惜しい。とても近いけれどね」


「公国でレアードは、王国風になると読み方がかわるの?」


ずっとルナの髪を撫でていた手を止めて、男性は体をのけ反らせるほどに驚いた。



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