ラベンダー祭ールナとアラン・5
「お酒好きのアラン様の分、お世話になったパトリス様の分」とジンを持って来たのが、良くなかったらしい。
「あいつの分も飲んでやる」
アランは子供じみた事を口にし、ルナを笑わせる。
「で、まだ答えてないだろう。絡まれて呼ぶのがどうして俺じゃないんだ」
いきなり元の話に戻ったことで、ルナはまた少し笑ってしまう。
ルナの体調を気にしたアランの勧めで、今夜は水にオレンジを浮かべて蜂蜜を垂らしたものを口にしている。「お前は二度と飲むな」と言われたこともあるし、これでいいのだろう。
「なあ、返事」
アランがぐっと背を反らして、ルナを見上げた。そうすると、ルナの太腿に頭がのるようになる。
感触に驚いたが、なんとか隠して取り繕う。
「アラン様ではなく、執事長さんを呼んだ理由ですか?」
アランが頷いた。脚の柔らかい部分に触れる頭がくすぐったいので、動かないで欲しいけれど、それを言うのもためらわれる。
頭をわざと乗せているわけではなく、そこにルナの脚があったから便宜上のってしまっているだけなのに、自分一人が意識しているなどと、知られるのも気恥ずかしい。
ルナは脚に触れる温かな感触を、無理にでも無視すると決めた。
「それは……そもそもアラン様の事で、誤解されて苦情を言われていたのに、当事者に助けを求めるなんて、火に油を注ぐようなものでは」
あり得ないとルナから小さく笑いが漏れた。
「賢いのはお前の美点のひとつだが、俺はそれでもお前を助けるのは、俺でありたいんだよ。いい加減わかれ」
言う本人も無理があると承知しているのか、グラスの酒に口をつけ、目を合わせようとはしない。
「お気持ちは、ありがたく思っております」
これではルナとどちらが年上だかわからない。初代アランである騎士は大人の男性だったのに、当代のアランは今夜に限って言えば少年のようだ。
二代目アランは、どのような方だったのだろう。つい指を通したくなるような、金色の髪を見下ろしながら思う。この髪色もまたよく似ているのだろうか。
「お前といると楽しいな。次にこんな時間がもてるのはいつになるだろうかと、考えてしまう」
まだ夜は始まったばかりで明日の夕方までは時間があるのに。返事を求める風でもなく、アランが呟く。
「住む場所も遠く、思い立ってすぐ会いに行けるわけじゃない。お前がどんな暮らしをして、日々何を思っているのかも知らない。判らないことばかりなのに、なぜなんだろうな」
聞いている方が切ない、とはこういう気持ちなのだろうとルナは思う。
アランが酔って人恋しくなっているのだとしても、今ここで向けられているのは間違いなく好意であるとわかる。
アランが口にしない部分を、ルナが心の中で補足する。距離が近かったとしてもアランは伯爵家令息だ。階級差、身分差というものがある。
国をまたいで訪ねて来るからこそ、都合良くそこを曖昧に出来ているだけで、近くにいて両思いにでもなれば、苦しいだけだろう。
良くて愛人、悪ければ一時の遊び相手だ。アランがそうしたいと思わなかったとしても、状況が許さないという事はある。
ルナのような子供でも、椿館で垣間見、世間で見聞きする。何も知らないわけではない。
不意にシスターリリーを思い出した。
「セドリック様とルナが望むなら、ルナの身分は何とでもしてあげるわ。裏では好き勝手に言われるだろうけど、表立っては文句の付けられない身分まで、ルナを押し上げてみせる」
いつだったかシスターリリーは、綺麗な笑顔で口にしていた。
「だから、ね。身分差なんかで恋を諦めないで。
願えば叶うと私に見せて」
どうやって身分を手に入れるつもりかは、聞きもしなかったけれど、絶対の自信を感じさせる口振りだった。
それは国が違っても有効なのだろうか。その前に私は―――
「お前に堂々と宝飾品を贈れる男が羨ましい」
思考を中断させる発言に、ぎょっとする。
ルナが慌てて見たアランは、掌中に握りこんだグラスを揺らしながら、視線を琥珀色の液体に落としていた。
「お前がこの上なく嬉しそうに笑顔を見せて。見目の良い男が――きっとパトリスのような愛想のいい好男子なんだろう――『着けてあげよう』と言いながらお前のその首に腕をまわして」
女の勘は恐ろしいというけれど、男の勘もなかなかどうして。ハリーに対してパトリスを想像するあたり妙に鋭い。ルナは感心した。
ただアランの知る「ルナと接した男性」がパトリス以外にいないだけ、かも知れないが。
「『白い肌にアメジストがよく映える』などと、男が満足げに甘い言葉をお前に囁く様子が、腹立たしいな」
一人芝居のように声色まで使われても、誰の真似かもわからないけれど、聴いているルナの方が恥ずかしい。なぜ私が赤くなる……せめてもの反論を試みる。
「誰ですか……それ。それは私ではありません」
実際のところは、ハリーが「商会で扱う前の試作品」を「渡し忘れるといけないと思って」夜の内にサイドテーブルに置いておいてくれた。ただそれだけだ。
アランの想像するようなやり取りは、まるで無かったのに。




