ラベンダー祭ー当日・3
執事長に指摘されたように、ルナの沈んだ気分や疲れは、暑さ負けだったらしい。
城へ戻ってから飲んだ水は、未だかつてないほど美味しく、しばらく休むようにという助言を受けて、部屋でひとり休むことにした。
目が覚めるとすっかり陽は落ちており、室内には幾つか明かりが灯されていた。
軽くあった吐き気と目眩も治まっている。
眠る間に幾つか夢を見て思うところもあるが、考えるのも面倒だと頭の隅に追いやり、薄明かりのなかルナは枕元の紙片に目を落とした。
「お目覚めになられましたら、私のところへお越し下さい」
執事長からの伝言だった。
着替えるべきかと、一瞬迷う。今身につけているのは、飾り気のない足首まで隠れる紺色の薄手のワンピース。セドリックがくれた虫除け効果のある植物で染めた布で、ロージーが縫った普段着だ。
レオンのメイドとして留守番をする時などは、これを仕事着がわりにしてもいる。寝間着には見えないだろう。たぶん。
ルナは、日中衿のように結んでいたレースのショールを斜め折りにし、身体の線が分かりにくいようざっくりと腰にひと巻きした。結び目を整え、執事長を探しに部屋を出た。
階段の途中にまで、調子の外れた弦楽器の音が聴こえてくる。今夜はパレードに出た人々を中心に、城で集まりが開かれている。
ルナも参加するつもりだったけれど寝過ごした。
パレードの衣装そのままに、飲み歌い踊る。帰宅の面倒な人はそのまま部屋の隅に寝転がり、酔いの覚めた朝に帰って行くというような、どこまでも気楽な会だと聞いている。
興味はあったが、まだ遠くで痛むように感じる頭には、賑やかな音楽が辛い。こんな調子では、会話をしても頭がまわらず、ちぐはぐな受け応えになって相手を困惑させるだけだろう。
「やはりパーティーには顔を出さずに、執事長さんを探そう」ルナはそう決めた。
音をたどって別の棟へ行き、案内と警備を担当しているらしい男性に聞くと「執事長は二階のパーティー会場の隣室で采配をしている」と教えてくれた。申し出てくれた同行を断り、ゆっくりと階段を上がる。
「あなた、待って」
後ろからの声に、ルナは「自分の事だろうか」と階段の途中で振り返った。
充分に気をつけ振り返ったつもりだったのに、くらりと目眩がして、石造りの手摺についた手に力を込めて、身体を支える。
「私でしょうか」
「そう。あなたよ」
尖った声の主は、ラベンダー色のワンピースに白いレースの衿姿だった。くすんだ金髪を低い位置で結っている。耳の脇に見える花の色は白い。
昼間斜めに掛けていた青いリボンがなくても、ルナにはすぐに、今日のエステレイル姫役の少女だと分かった。確か村長の孫娘。
「私に、なにか」
再び少女の顔を見ても、やはり今日が初対面だと思うだけで、ルナには険しい表情で呼び止められる理由が思い当たらない。
「お話があるのだけど、ここでは難しいわ。場所を変えましょう」
ルナが立つのは階段で、彼女は階段下にいる。確かに話しをするような場所ではない。
挑むような目付きは別にして、される提案はごもっともだけれど、体調の万全ではない今、ルナには階段の昇り降りも辛い。
「いえ。この後、上の階に用がございますので、ここでお話を伺います」
ルナがきつく聞こえないようにと、口調に気を配りながら断れば、村長の孫娘は明らかに気分を害されたとわかる表情で、顎をぐっと持ち上げた。
「じゃあ、手短に済ませるわ。あなた、アラン様につきまとっているんですってね。王都の社交界では笑い者になっているらしいじゃないの。今日も押し掛けて来て、アラン様を困らせてる」
村長の孫娘は、気の強い少女だったらしい。
「みっともないって、わからないの?」
「相手にもされないで、恥ずかしくないの?」
そしてアランに好意を寄せているらしい。美少女から、激しい言葉が投げ掛けられる。ルナはその内容に心当たりがない。有るとするならば……
「公国にロクな男が居ないとは聞いてるけど、わざわざ人の国まで男漁りに来ることはないでしょう?」
「こっちでは、公国の女は面白みがないって言われてるのよ、知ってる?」
「王国の男を狙ったりしないで、さっさと帰って自分の国のつまんない男とよろしくしてなさいよ」
ルナが返答を考えるうちに、矢継ぎ早に次の攻撃―――口撃―――が来る。
「公国の女はお堅くて面白みがない。つまらない」
似たような話は、前にも耳にした。まずは公国女性の印象の改善、地位の向上を目指すべきか。ルナの考えはどういうわけか、壮大な計画になってしまっている。
それにしても声が頭に響き、治まっていた吐き気がする。ルナは口許を押さえた。
「さっきから、黙ってばっかりよね。当たりすぎて言葉もないってこと? 黙ってないで、なんとか言ったらどうなの?」
エステレイル姫役の村長の孫娘が、数段上がってルナの腕を取ろうとする。
その動きに、ついルナは獲物を捕らえる鷹の脚を連想した。実際に目にしたことがあるわけではないのに。
捕らえられる。




