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ラベンダー祭ー当日・1

 木組みに白い壁、赤い瓦屋根の民家が続く。屋根の朱赤は褪色し、また所々黒く変色して時代を感じさせる。


 ミモザの城近くにあるラベンダー祭のひらかれる村は、旧い時代の面影を色濃く残した美しい村である。


 どの家も同じ大きさの窓には、揃って白いカーテンと赤い花。そう決めているかのように、建ち並ぶ家々には統一感がある。


 一本内側の細い路地では、道の上を跨いで建物と建物を繋ぐ廊下が渡っている。ルナの住む町にはない雰囲気が物珍しく、ルナはついキョロキョロと辺りを見回した。


 素朴な教会へと続く村の目抜き通りには、この祭に合わせて出店する土産物店、特産品を並べる店や食べ物の屋台などが軒を連ねており、普段は静な村がラベンダー祭に訪れた多くの人々で、賑わっている。



「やっぱり土地が違うと、お祭の雰囲気も全然違うのね」


ルナに負けず劣らず、忙しなく視線を動かしていたヘザーがルナの袖を引いた。


「本当にね」

だいたい格好からして違う。ルナはヘザーと自分の服を改めて眺めた。


 綿の明るい色のワンピースの肩に、白いレースのショールを衿の形になるように畳んで結ぶ。それが二百年前のこの地域の村娘の盛装だと教えられた。


 祭では女性は髪を低い位置でまとめ、花を挿す。花は既婚者と意中の人のいる女性は、色のついたもの。いなければ白と決まっている。


 ヘザーはシャルルから贈られたピンクの芍薬を挿し、恋人のいないルナは「何か白い花を」と思っていた。それに難色を示したのがアランだ。


「村の男に言い寄られたら、バルドーの仕事が無駄に増える」


 白い花は、つまるところ「恋人募集中」という意味だと教えられ、驚くルナに「恐ろしく鈍いな」とアランは溜め息交じりに言い、城の庭にちょうど咲き始めた黄色のコスモスを挿してはどうか、とルナに勧めた。


異論のないルナは素直に聞き入れ、今日の髪飾りは黄色のコスモスである。



 ヘザーとルナには、保護者のように執事長バルドーが付き、マルグリット嬢にはベルク家のお供が数人付いて一足先に朝から出ている。


 見事な晴天の元、ヘザーの淡いピンク色のコットンワンピースも、ルナの薄黄色のワンピースも村の雰囲気に良く合い、可憐さが引き立つ。


 村に着いてからずっと、幾度となく青年たちが声を掛けようとするのを、執事長が視線と手で制し、面倒を避けている事にルナは気付いていた。


 アランの言う「バルドーの仕事が増える」とはこういう事かと、ここに来てよくわかった。地元の収穫祭では経験のなかった事で、状況が飲み込めない。


 ロージーが男性に声をかけられるのは、お馴染みの光景だけれど、自分がもて囃された記憶はない。おそらくお祭りの解放感と、コルバン家で用意してくれたこの素敵なワンピースの効果だろう。ルナはそう理解した。


 色のついた花を、これ見よがしに幾つも飾り付けても、こうなのだ。さすがに恋愛至上主義といわれるお国柄。花が白ければ、執事長の仕事の増え具合はどれ程だっただろうかと、ルナは小さく苦笑した。







 ほどなくして、緩やかにカーブした坂の向こう、行き当たりには教会があるという石畳の目抜き通りを、ざわめきが伝わって来た。


賑やかな音楽も次第に大きくなってくる。


「お嬢様がた。そろそろパレードでございますよ」


 執事長がルナとヘザーの肩に手を置き、自分の前に二人を並べるように軽く押し出した。通りを塞いでいた人々は、既に道の両側に分かれ中央を空けている。


 何とはなしに自分達の周囲を確認すると、ルナとヘザーのすぐ横には体格の良い男性。首を反らして執事長を見上げる。


 執事長の後ろにもふたり、この辺りの村人と同じ、衿元から胸にかけて革紐を通して閉じるようにした麻のシャツに、茶色のパンツ姿の青年が立っている。


「私ひとりでは、心許ないとお思いのようで、目立たぬよう護衛が付いておりますよ」


お気づきになりましたか。と、ヘザーに聞こえないようルナの耳元で執事長が囁いた。


「見て、見て!ルナ!楽隊が通るわ」


 ヘザーが明るい声をあげた。音が多少外れているのは、ご愛敬というものである。普段はその手に、農機具や工具を持っているだろう男性達が、楽器を手に通って行く。


続いて通る山車に目を見張った。


 オレンジ色の山、と遠目に見えたものは、馬に引かれた小山ほどの「オレンジで出来たオレンジの精霊のようなもの」だった。


「いくつのオレンジが使われているのかしら」

ヘザーの疑問は、そのままルナの疑問だ。


 その後ろから「レモンを張り付けたような、人の三倍の大きさはあると思われる不思議な人形達」の山車が続き、ラベンダーの香りが徐々に強くなってくる。


「今年のエステレイル様役、村長の孫娘です」


執事長が周囲の歓声に負けない大きさの声で伝える。


 ひときわ高い歓声が起こり、五人の少女が乗る飾り付けた荷馬車が現れた。少女たちは、にこやかに手を振りながら、荷馬車を埋め尽くかの如く積み上げたラベンダーを、まるで花の雨のように振り撒く。


 持ち帰れば、一年の息災が約束されるというラベンダーを拾う人々で、周囲は一気に騒然とした。それでもしっかりと場所を確保してくれる護衛のお陰で、ヘザーとルナは揉みくちゃにされずに済んだ。


踏まれて潰れて。辺り一面に、ラベンダーの香りが濃く漂った。



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