ラベンダー祭ー押し掛け令嬢マルグリット・1
夕食会で、マルグリット・ベルク嬢を正式に紹介された。シャルルが、ルナとヘザーを先に紹介し、その後マルグリット・ベルク嬢を紹介する。
「お目にかかれて光栄です」
やっと正面から顔を見られたとばかりに、ヘザーはまじまじとベルク嬢を見詰めている。
ベルク嬢は昼間は下ろしていた髪を、夕食会ではきっちりと上げてきた。横に流した前髪にも見事なウェーブがつけられ、メイドの確かな技量をうかがわせる。ルナには無い技術である。
豊かなダークブロンドに似合う薄茶色の眼は、長い睫毛に縁取られて、印象的だ。ただ、ピンク色を濃くまん丸くのせた頬は、ルナから見ればやり過ぎだ。けれど。
「綺麗な方……」
ほうっという称賛の吐息付きで、ヘザーが呟いた。
「えっ?」
ルナは声には出さなかった。出したのはおそらくシャルルだろう。
ちらりと確認するとアランは、マルグリット嬢にうっとりとしているヘザーを見ながら、笑いを堪えている。
「あら、ケンドール様。正直すぎて、感想がお口から漏れていらっしゃいましてよ」
マルグリット嬢が、口角をぐっと上げながらヘザーに指摘する。
「は?」
ルナは声には出さなかった。この声はアランだろう。
マルグリット・ベルク嬢は、そこそこ美しくはあるが、堂々と自分で肯定していい程ではない。とでもアランは言いたいのだろう。
兄の発声を嗜めるような視線がシャルルから送られ、アランの唇が「すまない」という形に動いた。
こそこそと視線を交わし合う兄弟をよそに、いつの間にかヘザーは、マルグリット・ベルク嬢からお名で呼ぶことを許され、ついでにルナもマルグリット嬢呼びを許されたようだ。
「ヘザー嬢はすごいですね」
シャルルが声を潜めてルナに話しかける。
マルグリット嬢は、階級差にうるさく、下位の令嬢に名を呼ばせることなど無いのだという。
「お前と結婚して、ヘザー嬢が伯爵夫人になると思ったからだろう」
アランもひそひそ話に参加して、意見を述べる。
「それでも、ですよ。まだ決定事項じゃないんですから。ヘザー嬢のお人柄ですね」
シャルルが嬉しげに目をやる先には、手を取らんばかりにして王国最新の化粧品について話し込む、マルグリット嬢とヘザーの姿がある。
年上にもかかわらず、得意気に早口で説明するマルグリット嬢が、可愛らしく見えてくる。胸の前で指を組み、ひたすら頷いて熱心に聞き入るヘザーの方が更にかわいいのは、言うまでもないけれど。
「ところであの会話はいつ途切れ、俺達は食卓に着けるんだ?」
食前酒のグラスを空にして、アランがシャルルに「ご令嬢を何とかしろ」と訴える。
「あれほど愉しげにしているところを邪魔するのは、気が引けます」
シャルルがルナに、申し訳なさそうな顔を向ける。
ここは女同士、きっかけを作るのは自分だろう。
「……任されました」
ルナは一度大きく息を吸い込んでから、お化粧談義に盛り上がるご令嬢に突入した。
部屋に戻りひとりになってから、ルナは終わったばかりの食事会を思い返した。
ルナが見たことのない鮮やかな、緋色のカクテルドレスをまとったマルグリット嬢は、ホストのシャルルの存在が霞むほど会話を主導し―――それがマナーに適うかどうかは別として―――皆を飽きさせなかった。
シャルルが年下で穏やかな性格であることを考慮して、王国令嬢代表としてホステス役をかって出たのかもしれない。とルナは解釈した。
食事会というものは、女主人が仕切るのだと知識として知っている。今夜の食事会は、当主夫妻は不在であるので女主人役は空席だ。まさか「アランの未来の妻として仕切った」という事もない……
ルナは少し考えて、思考を切り替える。マルグリット嬢は、ヘザーとシャルルに「いつ恋を自覚したのか」と聞いていた。
「最初から可愛らしい方だと思っていたのですが、マズルカを習う時に、声に出して頷きながらカウントを取る様子が、本当にかわいくて」
ニコニコと笑うシャルルにヘザーが
「そこなの……」
と呟く。一同から笑い声が起こった。
一方のヘザーは。
「シャルル様が、アラン様を紹介なさった時です。お兄様はご自分より人気がおありになる、というような事を、卑下するでもなくおっしゃって。その時の笑顔が素敵でしたの」
ほぼ一目惚れに近いようだ。聞いたシャルルは、心なしか顔を赤くしている。
「まあぁ、運命的ですわねっ」
大げさに称賛するマルグリット嬢に、ヘザーが質問した。
「マルグリット様には、どなたか意中の方は? きっかけを伺っても?」
マルグリット嬢は自分が話したいから、先にヘザーへ話題を振ったはずだ。ヘザーがマルグリット嬢の「意中の人」が誰かを知っていたとしても、対応としてはこれが正解。
ヘザーもちゃんとご令嬢している。ルナはその成長ぶりに感心した―――同い年だけれど。
マルグリット嬢の目の縁が赤くなった。頬はもともとしっかりと染められているので、少しくらい赤くなろうが分からない。
「あら、お聞きになります? では、少しだけ」
と前置きして、こほん。咳払いまでしてマルグリット嬢は語りに入った。




