レオンとハリーと幼いルナと・10
ほの暗い小さな部屋の細い窓から差し込む月明かりが、ベッドを照らしていた。
―――コン コン―――
控え目なノックに続いてハリーが室内に滑り込んだ。
質素な木枠のベッドと小さな文机以外、部屋には家具らしいものもない。
「まだ目を覚まさない?」
ハリーが声をかけた先には、静かに眠るルナと少し離れて壁際の丸椅子に腰掛けたレオンの姿があった。
「ああ」
「シスターには、ボクから話しておいたよ」
「そうか」
ハリーがベッドの横に膝をついて、胸下で組まれたルナの手首をとり、脈を確認する。
「レオンはどう思う?」
明確な答えなど返ってくるはずがないと、わかっていてもハリーは聞かずにはいられなかった。
「全く予想がつかない」
硬い声が返る。
「本当に?」
「……」
頷く間も、レオンはルナから目を離さない。
「不思議だよね。この子は、知るはずのないボクらの名を呼んだ。しかもボクのセカンドネームまで。
君のこともライオネルと呼んだ」
事実をひとつずつ挙げながら、ハリーは
「オスカー縁の者としか、思えない」
結論を絞り出した。
レオンも同じ答えを出しているだろうと予測しながら。
お互いに手持ちのカードは同じで、これ以上の予想は妄想に近い。真実を知るには、まだカードが足りなすぎる。
乱れた気持ちの整理もつかないままハリーは、横たわる切り札になるかもしれない少女を見つめた。
ルナが目を覚ました時。部屋には自分以外誰もいなかった。
伸ばした腕が宙を掻いた気がして、ハッとして完全に目が覚めた。
実際には指一本動いておらず、胸の上で組んだままだったけれど。
こみ上げるのは、絶望と恐怖……
身を起こして、ベッドの上で膝を胸に引き寄せて抱えると、少し気分が落ち着いてきた。
覚えているのは、ハリーとレオンが連れだって裏の墓地に来たこと。
……二人揃っている……
そう感じた時、目の前の光景が歪み、白昼夢とでもいうようなものが一気に頭に流れ込んだ。
二度と見たくないと思うほどの悪夢。
気を失いそうになるのを歯を喰い縛って耐えた。
支えてくれた腕はレオンだったような気がする。
ずっと呼びかけてくれたことも、覚えている。
そこから、気づいたら今。
自分の部屋のベッドだった。
どうやら二人が部屋まで運んでくれたらしい。
夜中であろう教会はいつものように静かで、何の変わりもないのだ。
変わってしまったとしたら私だろう。ルナはぐっと眉間を寄せた。
長い夢を見ていたようだけれど、理解が追いつかない。演劇の一幕のようなおぞましいアレは、いったい何なのか。
痛みだすこめかみをぐっと押さえながら、大きく息を吐いてみる。
大丈夫。私はおかしくなっていない。
このまま、流れ込んできた「夢」について考えようか。怖がりながらも、ルナは自分を励ました。
ミレディと呼ぶ声、嵐、見知らぬ男達、血の匂い、逃げる足音、追う靴音。
もう分かっている。
これは「夢」ではなく「あったこと」だ。
八年前、四歳だった頃に。
忌避感、憤り、恐怖感……
遠退きそうになる意識をぐっと手繰り寄せながら、ルナは過ぎ行く夜を、ひとりで見つめていた。
ここまでで、一区切りです
この後 物語が少し動きます
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