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ラベンダー祭ーアランとの再会

 ヘザーは前回と同じ部屋に同行したメイドと宿泊し、ルナはその隣室に案内された。ルナとも旧知の仲のヘザーのメイドが主に世話をし、不足があればコルバン家の使用人の手を借りる、という事になった。


道中の疲れをまずは癒すようにと配慮され、食事も部屋でとり、シャルルと挨拶をするだけに留めた。



 本日の午前は、シャルルと執事長と四人で遊びの予定を立てつつ、マルグリット嬢の噂話などしてお茶を飲んで過ごした。午後からは、用意してくれたお祭り用の衣装合わせである。


 それが済んで、ヘザーとシャルルがダンスを楽しむと言うので、ルナは読書をして過ごすことにした。


 エステレイル姫の部屋にも大きな書棚があり、稀覯本も並んでいるのでご自由にどうぞ、と執事長からは言われている。


ルナは少し迷って、今日のところは図書室へ行くことにした。







 以前に座った場所に本を運び、ページをめくる。ルナ以外には誰もいないが、時間を見計らって執事長がお茶を運んでくれるだろう、という気がした。


 案の定、少し読み疲れたところでドアが開いた。ノックが無いのは、こっそり居眠りしているかもしれない事への配慮だろう。そう思いながら顔を本から上げる。


「挨拶が遅くなって済まない。招きに応じて下さった事に礼を申し上げる。ようこそ」


 挨拶を述べたのは、予想した執事長ではなくアランだった。黒い飾り気のないシャツを着、同色のパンツを合わせた姿は、玄関ホールから見掛けた午前と同じ。


 貴族は通常、日に何度も着替えるものだが、夕食以外のドレスコードは省略しようと、昨日のうちに決めてある。アランの装いはこの上なく気楽なもので、庶民のルナとしてはありがたい。


「こちらこそ。ご招待賜り感謝致しております」


この場合女性は座ったままで良いはずだったと判断し、アランに「どうぞお掛けになって」と軽く仕草で伝える。


 未婚の女性と二人きりでテーブルを同じくする場合、先に女性が席に着いていたら許しがないと座れないとかなんとか。まぁ、間違いではないはずだ。後は微笑で誤魔化しておくことにする。


「見事な令嬢っぷりだな。ヘザー嬢よりよほどそれらしく見える」


 堅苦しい挨拶はここまでだとばかりに、アランが砕けた様子で椅子を引いた。雑に扱っているように見えるのに、音ひとつ立てないのはさすがだと、ルナは感心する。


「それはきっと……本物より偽物の方が『やり過ぎる』からです」


 歌劇で美少年の役を女性が演じると、本物の美少年より更に美少年らしいと聞く。それらしくしようとすると、誇張してしまうのだろう。


ルナは向かいに座ったアランを、改めて眺めた。涼しげな整った顔つきに変わりはないように見える。


「アラン様はお疲れなのではありませんか?」

考える様子を見せるアランに、ルナが続ける。


「バルドーさんに、お仕事の区切りがなかなか付かないと聞きました」


そのことか。アランが頷いた。


「まだ長くなると分かったので、パトリスに任せて来た。『お疲れ』などと気にかけてくれるから、押し掛け令嬢の事かと思ったら」


押し掛け令嬢? 聞き返しながら、思い当たるのは今朝の。


「高音美声令嬢のことですか?」

マルグリット・ベルク嬢の事だろう。


「あれを高音美声と言うのか……公国のご令嬢は、上手く当てこすりを言うのだな」


同じくベルク嬢を思い出したらしい、アランが苦笑する。


「当てこすり? ヘザーは心から『真のご令嬢』と誉めていましたのに。あの見事に扇状に広がって、揺れない髪型も含めて」


思い出して伝えると、アランは大きく笑った。


「それはまた。ヘザー嬢が純粋な方だったことを、すっかり忘れていた。あれを基準にされては、王国の令嬢方も言葉を失うことだろうが。楽しそうだな? ルナ」


「はい。失礼ながらベルク嬢につい目が行ってしまいます」


ルナの正直な告白に、アランの表情が柔らかくなった。


「女性が俺にまとわりつく事に、多少なりとも妬いてもらいたいと思ったが」


「妬く?」

不思議なことを言うものだ。今度はルナが微笑した。


「アラン様が嬉しそうになさるならともかく。一瞬とはいえ、離れた場所にいる私でも分かるくらい、迷惑そうになさっておいででしたのに」

「アラン様にご同情申し上げる事はあっても、妬くのはおかしいでしょう?」


前回、私がロベール様に構われても、アラン様も妬いたりはなさらなかったでしょう、と付け加える。


「お前はそう思うのか」


 蒼い瞳が真っ直ぐに、ルナへと据えられた。アランの瞳はいつも眼が離せないくらいに美しい。ルナが灰色の瞳で受け止めることを、残念に感じるほどに。


 言葉に詰まり、ただアランの瞳を見詰めているうちにドアを叩く音が響いた。


「失礼致します。お茶をお持ち致しました」


 執事長の声かけに「入れ」とアランが応じて、机に身を乗り出した。ルナに小声で耳打ちする。取って置きの打ち明け話をするように。


「『押し掛け令嬢』と命名したのはバルドーだ」


 ルナがクスクスと笑う。真面目で誠実を絵に描いたような執事長が、まさかの命名者だなんて。

教えたアランが、ルナの反応に満足した風に椅子へと戻る。


「仲のおよろしいことで」


曇りひとつない銀の盆にティーセットを乗せた執事長は、言って目を細めた。



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