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ルナとレオンとワトソン家・3

 「家名はない」と告げることで、ルナは自分が平民だと知らせる。先生には家名があると思われるが、名乗られないということは、年長者を敬う態度で接すれば問題ないのだろうとルナは判断した。


 先生は頷くと「いくつか質問してもいいかな?」とルナに聞いた。「どうぞ何なりと」ルナが答える。


「君はどうして夢見草を調べているの?」

「はい。研究のお手伝いで調べております」


「詳細を聞いても?」と問われ、続ける。


「私が時折り助手をする伯爵レアード家のセドリック様のご依頼です。別の用事で、私はこの地区に来ておりますが『せっかく行くのなら、ゆめみそうを探してくれないか』と言われました」


 頼んだセドリックも引き受けたルナも、全く見知らぬ植物である。簡単に見つかるとも思えないけれど、研究熱心なセドリックを尊敬するルナとしては、何とか見つけて持ち帰りたい。


そう思って、二時間近く本をめくり続けたが、それらしい単語も絵もひとつも見つからない。



 読み書きを満足に出来る平民は少ないが、英知の教会はその名の通り学問に力を入れている為、ルナもロージーも平民にしては過ぎる程の読み書き計算ができる。


 ルナはロージーより語学と国語力に強く、ロージーはルナより断然数字に強い。併せ持った上に、更に優れているのがシスターリリーだ。シスターによれば「教えるとなると、教える側に予習がいるので、それがまた勉強になるのです」との事だった。そうでなくともシスターは遥かに優秀に思えるのだけれど。



 自分の読解力が足りないのではないか……そもそも探す書物が見当違いなのでは? とルナが行き詰まって「ゆめみそう」が嫌いになりそうだと、半ば八つ当たり気味に思い始めた頃。先生に声を掛けて頂いたのだ。


助言をもらえるのなら、聞かれたことにはなんでもお答えするつもりだ。


「レアード……セドリック・レアード。どこかで聞き覚えがあるような」


腕組みをして考える先生は、すぐに思い出すのを諦めた様子で、次の質問に移った。


「セドリック君は、それを手に入れて育てたいと? 植物学者を志すのだろうか」


 ルナが一瞬言葉に詰まる。公国では耳馴染みのない「呪術師」の末裔で、怪しげな――たぶん――香を作るのに素材として必要だ。などと本当の事を言っては、信じてもらえても信じてもらえなくても、問題があるように思える。


ここは間違えてはならない。ぐっと目に力を込める。


「詳しくは存じませんが、学問的な興味だと思います。セドリック様のご趣味は、お家に伝わる古文書の研究と郷土史なのです。ご自分の知らない物は、ひとつずつ確認しておられるのではないでしょうか」


「ああ、それなら納得だ」


 合点がいったと、先生がひとつ二つ頷く。ルナは顔に出ないよう気を付けながら、胸をなでおろして、次の言葉を待った。


「夢見草というのは学術名ではなく、文学的な呼び方なんだよ」


 先生の説明によれば、夢見草という呼び名は古い時代の通称で正式名ではないとのことだった。だから「そんな古典的な呼び方で探している人物がいると聞いて不思議だった」と付け加える。


 いくら図鑑や辞典を探しても見つかるはずがないと知って、ルナは一気に疲れを覚えた。もしも先生に会えず教えてもらえなければ、見当違いの本を探し続けて無駄骨を折るところだった、と思うと頭痛までしそうだ。


 夢見草という単語が本で見つかるとするならば、図鑑ではなく古い文学作品だろう、とも指摘された。あまりに古いと、今とはかなり文字が違って、若い世代には読みにくい。ますますルナでは探しきれないと思われる。


「文学作品?」


 聞き返すルナに先生が語る。

夢見草の群生地で眠ると見たい夢を見る事ができる、という伝承が隣の王国にあり、それを踏まえて書かれた物語がわずかに残るらしい。


 順に分かりやすく説明する先生は、恐ろしく博識だ。滔々(とうとう)と続く語りを聞き漏らすまいとルナは真剣に耳を傾けた。帰ってセドリックに、違える事なくそのまま伝えなければならない。



「いや、君の話を聞く姿勢は素晴らしいね。それほど熱心に聴かれると、ついつい知識をひけらかすような真似をしてしまう」


 一段落したところで、前傾姿勢をといた先生は、話し過ぎたとばかりに照れた表情を見せた。


大人の男性の中にのぞく少年らしさに、どこかで見知った顔が重なる。「誰の」とは思い出せないままに、面影はすぐに消えた。


「いえ。興味深いお話ばかりで」


ありがとうございます。ルナが心からの笑みを見せると、先生は目を細めた。


「本当に、女の子はかわいくていいね。うちは女の子がいないから。夢見草、欲しいかい?」


 さりげなく聞かれて、ルナは目を瞬かせた。先生は背もたれにゆったりと背を預けて、腕を組んだまま楽しげにルナを見ている。


 欲しいか? と聞かれたような……?

半ば信じられない気持ちで「はい。欲しいです」と素直に伝える。


「よし、あげよう。ついておいで」


 先生は面白くて堪らないという様子でルナを見やり、勢いよく立ち上がると「すぐに戻るから本はそのままでいい」と言って、状況を呑み込めないままのルナに先立ち、歩き出した。



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