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レオンの事情

 あの夜、レオン・ターナーがジャクソン商会会頭の私邸を訪れたのは、情報収集の為だった。


 八年前にレオンとハリーが友人オスカーを失った事件。任務の合間に、個人的に継続して調べているが、未解決のまま年月が流れていた。


 ジャクソン商会は事件とは無関係だと、当時の資料でも周囲の証言からでも納得してはいたが、何かしらの見落としがあるのではないかと、レオンは数年ぶりに、この田舎町の土を踏んだ。


 この地方によくある、木と蜂蜜色の石とで造られた家の続く町並みは、久しぶりに訪れても何も変わっていないようレオンの目に写る。


 公国の軍部に所属する文官のレオンと、外交部に籍を置くハリーは、十五歳からの三年間を学院で机を並べて学び、働きだしてからも交友関係は変わらなかった。


 そして同じ傷を心に持つ者として、強い絆で結ばれている。

お互いに口には出さなくても、そう思っていた。






 ジャクソン邸へ先に着いたのは、レオンだった。


ハリーは、外交部の協力者である雑貨屋で先に仕事を済ませると言っていたので、まだかかるだろう。

それまでにパーティーの招待客を確認しておくべきか。


 玄関脇の人目につきにくい場所から、隈無く広間を見渡して、レオンが覚えた微かな違和感。


その先にいたのは、ひとりの少女だった。


 小ぶりな篭を左腕にかけた少女の視線を追うと、同世代の世馴れた雰囲気の少女が手振りで、ジェントルマンズサロンへ行くと伝えていた。


 男が葉巻を嗜み、カードゲームや談話をするサロンで小銭稼ぎとは、あの若さで自分の使い方をよく知っている、とレオンは呆れ半分に感心する。


 軍部の諜報員として育成すれば面白い人材になる。武張った男は、ああいうタイプの女を好むものだと分析しつつ見送った。


 対照的なのが、違和感のもととなった少女だ。

ヘーゼルより少し明るい色の髪を、服と同じ紺色の細いリボンで無造作にまとめている。

その年頃の少女にしては長身だが、佇まいは静かで、目立つところがない。


 青白いまでに白い肌、色のない薄い唇に紅を引いたらどうだろうか。

頭の中でイメージして「悪くない」と判断する。


 少女の持つ篭の中にあるのはカードと幾ばくかの硬貨で、蠱惑的な少女と二人で教会への寄付を集めているのだということは、屋敷についてすぐの聴くともなく耳に入った会話で知っていた。


 レオンが聴いているのも気にせずに話していた男ふたりは「教会がうるさくなければ今晩付き合わせたいものだ」と、欲を滲ませていた。


 サロンへ突入していく少女がひとりならばともかく、この少女がいれば何事もないだろう。



 そう考えながら、レオンには少女を観察していて気付くことがある。

「この少女は、目立たぬように振る舞っている」

立ち位置も仕草も。


 必要最小限の動きで行動しているのは、意図的なのか無意識なのか、そこまではレオンにもわからない。


一般人ならば気にとめないとしても、レオンのように訓練を受けていれば、逆にそこが目につく。


少女が、この若さで訓練を受けているなど、有り得ない。ましてこんな田舎町で。そこは間違いない。


 では、何故?

この少女は何かから隠れている。

又は、何かを隠している。その身の内に秘密を抱えていることに気付かれないよう、自身の特徴を消している。


そこまで考えて、レオンの思考が止まった。


 自分がこの少女から目が離せないのは、どういう理由なのだろう。

誰かを思い出させる? 懐かしさを覚える?

……今夜初めて会った、いや、見かけただけの少女に。


 それでも普段のレオンなら、通りすぎただろう。

今夜のレオンは休暇中で、このパーティーは仕事ではなかった。


だから、声をかけた。

テラスへ出て、誰にも見られていないと思って疲れた表情を浮かべた、姿勢をそれでも崩さない少女に。






「この機会は一度きり 今にしかない」


 告げられたカードから受けた衝撃を、上手く逃した自信はない。

レオンに、自分を見据える少女の表情を読む余裕はなかった。


 まるで、神託の乙女のように凪いだ目をして、細い指で迷いなく渡されたカードに、心を揺さぶられた。



 友、オスカーを失ってから、真偽不明の手がかりも、微かな可能性を信じひとつひとつ確かめた。

友を亡くした理由、死の真相の影すら掴めないままに時間ばかりが過ぎ、焦りに呑まれそうな日々。


少女に渡されたカードに「天啓」という言葉が浮かんだ。


 考え方を変えてみても、良いのかもしれない。

今までのやり方は、もう尽くした。ならば、自分が変わるべきなのではないか。不意にそう思えた。



したい事は? ―――この少女を知りたい。

ならどうする?―――ハリーに会わせるべきだ。


 ハリーも少女に興味を持つという確信があった。

素早く思考を巡らせる。

室内で会わせては、目立つ。ハリーに面通しさえすれば、接触は別の機会で構わない。

レオンはそう判断して、庭へとルナを誘導した。


 ルナがふらついたのを支え、膝を貸したのは偶然だが、今夜でなければしなかったことだ。


 もう少し抵抗なり遠慮なりするかと思った―――それでも言いくるめる気ではいたが―――ルナが、存外諦めよく目を閉じ、見た目以上に疲れていたことが察せられた。


 遅れて着いたハリーは、やはりルナに興味を示し、協力者に引き込むことに前向きだった。



 レオンにとってひとつ予想外だったのは、自らのこと。

膝の上にある温かさ。伝わる規則正しい鼓動。

マントの内側に共有する温もりを心地よく感じて、過ぎる時間を惜しむ自分が、理解できない。



 今夜の自分は、どうかしている。

自嘲して、レオンはルナの寝顔を見おろした。



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