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初めての公都・1

 五月に入ると、ロージーは教会を出てジャクソン商会で働くことになった。住み込みで働けるので都合がいい、とルナより一足先に引っ越す。


 主な仕事は輸入品の紹介と販売。浅黒い肌と黒髪、大きな目を強調して異国人風に装い、生活に多少の余裕を持つ層を対象に、室内装飾品から輸入食品まで、幅広く売り込みをかけ、出来れば流行を作り出したいのだという。


 派手好きで目立ちたがり、お金とお金持ちが好きだというロージーの性質を存分に発揮できそうで何よりだ。


 ルナにも生活の変化があった。教会から歩いて三十分と少しの所にレオンが拠点を構え、ルナも住み込みのメイドとなった。初の「長期雇用のメイド」だ。


とは云うもののレオンの仕事は、まだしばらく公都が主だそうで、ルナはメイドという名の留守番である。


 教会の部屋も「誰もすぐには使う予定がないのだから、そのままでいい」とシスターリリーに言われて、つい慣れた部屋で寝てしまうので、ほぼ通いのメイドのような状態になっている。





 レオンとハリーと三人で、六月にオスカーのお墓参りに行くことになった。


 セドリックと定期的にやり取りをしている手紙に「雇用主について地方へ行く」と伝えたところ、驚くべき速さで返事が来た。


 形も大きさもわからない「ゆめみそう」という植物を採集して来て欲しい、と。「素材」として使いたいのだろう。


「確約は出来ないけれど、探してみます」と返事を出したのはいいけれど、見たこともない―――たぶん―――草を、どう見つければいいのか見当もつかない。


 そう返事をすると、また驚きの速さで手紙が届いた。ルナの行く場所は「文教地区」と呼ばれる地域で大きな公立図書館があるという。


「そこで『郷土の植物』がわかりそうな棚をを探してみて。あとは地元の図書館員なら知っているかも」と助言された。


 あわせて水と土が染み出ない工夫のされた薄手の袋まで届いた。「栽培したいので出来れば株ごと欲しい」と。本当に若君は研究熱心で勉強家だと、ルナは感心した。


 好きなこと得意な事のとりたててないルナから見れば、ロージーのダンスの才能も若君の勉学に対する熱心さも、うらやましい限りだ。


できるだけ協力したい。ルナは旅の手荷物に採集袋を加えた。






 六月の半ばに、ルナは乗り合い馬車でひとり公都へと向かった。この乗り合い馬車は、決まった時間に決まった道筋で公都とルナの住む町を往き来しており、座席さえ押さえておけば、一定の金額で誰でも利用できる。


 公都までは、途中休憩を挟んで一日かかり、座っているだけで身体が痛くなる。定員は十五名と聞いていたが、今日の乗客はそれより少なく座席には余裕があった。


朝に町を出た馬車は、日が落ちきる前に公都の馬車停留所へ到着した。


 膝の上にずっと荷物を抱えていたせいもあって、身体の節々が軋むようだ。一日中狭い箱のなかにいて乗客同士打ち解けた気安さで、ひとり初めて公都を訪ねるルナを気遣い、宿を紹介しようと申し出てくれた人もいたが、「迎えが来るので」と丁寧に断り、レオンを待つ。


 空は茜色から暗くなりかけているのに、夕日は周囲の建物に遮られて見えない。ルナの住む町より高くて大きい建物は、田舎町によくある木と石を組み合わせたものとは違い、石造りで四角く整った同じような形が目に入る限り続いている。


 足下も土ではなく、四角形の同じ大きさの石が敷き詰められており、馬車の車輪の当たる部分はすり減って浅く轍が出来ている。


雨が降ってもぬかるむことがなくて羨ましい。でも気を付けないと滑って転びそうだ。ルナが「並べるのにどれ位時間がかかったのだろうか」と真剣に石畳を眺めていると、レオンの声がした。


「待たせて済まない」

広い歩幅で、足早にレオンが近づく。


「いえ。予定より早く着きましたので」


 ルナの手から、旅道具の詰まった鞄を取り上げるて「さぁ行こう」と、レオンはルナの背中に手を添えて歩き出した。


 今夜はハリーのフラットへ泊めてもらい、明日の朝に三人で出掛けることになっている。ただ、ハリーは急な仕事が入れば来られない、とも事前に聞いている。



 すっかり日の暮れた公都をレオンと歩きながら、目に入るものを説明してもらう。


 停留所も町なかにあるが、ハリーの住居はさらに中心部に近いという。歩くほどに灯りは増え、酒場や食堂がいくつもあることにルナは驚いた。


 夜に向かうというのに、これからまだ人出が増えるとは田舎町では考えられない。ルナの目にはどこも明るく、キラキラとして見える。それでも、レオンに「夜は一本裏の通りはひとりで歩かないように」と教えられる。


 花ひとつとっても、夜になっても花を売っている店があるなんて、ルナの町では考えられない。花屋や小間物屋は、日が暮れれば店じまいが普通だ。


「夜には夜の需要がある」レオンは花を売る台車に立ち止まり、小さな花束を買い求めた。


「ようこそ、公都へ」


 微笑と共に差し出された花束からは、良い香りがする。思い出がけない贈り物に目を丸くしたルナも遅れて笑顔を返す。


花束だけを手に、ルナはレオンに案内されてハリーのフラットへ着いた。



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