若君セドリックにお土産
次に現れたのは、数日たってからのセドリックだった。春から公都の学校へ通うと聞いていたけれど、忙しいなか時間を遣り繰りして祖父母に会いに来たらしい。
お仕立ての良い上着を着て、姿勢良く立つ姿はさすがの良家のご子息ぶりだ。王国男子に比べると公国男子の野暮ったさは、からかいの種になるようだけれど、セドリックを見れば「公国男子も捨てたものじゃない」と思われる。
庶民の自分が偉そうに「捨てたものじゃない」と評する不敬ぶりは目を瞑ることにして。
王国へ行く前に、ヘザーと一緒に付け焼き刃もいいところの講義を受けた時以来の再会で、まだ「久しぶり」という程でもないのに、セドリックはまた少し背が伸びた気がする。
ルナがそう伝えれば、セドリックは苦笑して「会うたびに『大きくなった』って言われると、親類のおばさまに会ったみたいだね」と返してきた。
親類のおばさまってひどい。閉口するルナにセドリックは軽い笑い声をあげ、両手を広げる。
「君の無事を実感させてもらってもいい?」
よく分からないままにルナが「どうぞ」と答えると、軽く抱き締められた。挨拶としてギリギリ許される程度の長さだ。
「行かせたものの『無理なお願いをしたんじゃないか』とずっと心配してた。無事に帰って来てくれて……よかった」
そんな大げさなとも思うけれど、向こうでの様子が分からないセドリックには、心配ばかりが募ったのだろう。知らせる術がないとはいえ、安堵した様子を見せる若君に、ルナは申し訳ない気持ちになる。
この日シスターリリーは不在で、ルナは人気のない礼拝堂のベンチに腰かけて話すことにした。
「はい。どうぞ」
ルナがエステレイル姫の部屋の鍵とともに嵩張る包みを渡すと、セドリックはよく分からないといった風情で受け取った。
「なに……?」
「私も中は知らないの」
怪訝そうにするセドリックに、かいつまんで説明する。執事長に鍵を見せて入室許可を取ったこと。エステレイル姫の部屋から本を持ち出す際に、執事長に冊子を一旦預けたこと。
砦跡で遭遇した騎士によく似たアランの事は、省いた。余計な心配をさせる必要はない。
聞き終わったセドリックは、小難しい顔で包みを開いていく。
中から出てきたのは、見慣れない物ばかりだった。乾燥させた葉、何かの実、乾いた樹皮のようなもの、得体の知れない黒っぽい色の板状のもの。
「何ですか? これは」
見てもルナにはさっぱりわからない。
最後に、丁寧に別包装された青い表紙の冊子が出てくる。パラパラとページをめくるセドリックの隣から覗くと、よく知らない文字が図と共に並んでいた。首を傾げるルナに、すぐに分かったらしいセドリックが説明する。
「鏡文字だよ。鏡に映すと読めるようになっているんだ。昔は錬金術師が使っていたらしいけど。暗号というほどのものでもないよね」
ふぅん。一人セドリックが頷く。
「この同包されているのは、いわゆる『素材』というものだ」
つまりはこの本に書いてある何かを作るときの材料ということだ。とルナは理解した。
「調べないと詳しくはわからないけれど、公国では手に入りにくい物をくれたんじゃないかな」
言ってセドリックは考え込む。
待つルナにようやく口にした。
「これ、くれたのは誰だっけ?」
聞かれて執事長のバルドーさんだと答える。流れとしては、ハリーのワインの時のようで、ルナには嫌な予感しかしない。
「バルドー、バルドーねぇ」とセドリックが、復唱する。ルナに言うというよりは、思わず繰り返しているといった様子だ。
「つまり、こちらは鏡文字が読めます、書いてある意味がわかります、あなたにこれが作れますか? って事でしょう……?」
いえ、そんな嫌味な事を執事長は言ったりしないし、もちろん考えたりもなさらないと思う、とルナは言いたいけれど、今のセドリックが聞く耳を持つ気配はない。
「へぇ、面白い。受けて立つよ」
黒い笑みを浮かべた良家のご子息なんて見たくない。ルナは目を逸らした。
「ヘザーがお付き合いをするシャルル様ならともかく、バルドーさんに興味をお持ちになるなんて。執事長さんは本当にいい人ですよ」
力なく伝える。
「ヘザーの恋のお相手なんて、欠片も興味を持てないね。そもそも僕は執事という肩書きの人で『いい人』なんて見たことがないよ」
きっぱりと言い切るセドリック。爽やかな声なのに言うことはひどい。
どうやら公国男性は王国の男性に敵愾心を持つものらしい。それも一方的に。
ハリーに次いでセドリックまでとは。
ルナは密かに嘆息して、遠い目をした。




