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ハリーさんにお土産

教会に戻ったルナを待っていたのはハリーだった。


「ちょうど良く仕事の都合がついて、ルナちゃんの戻るのに合わせられたんだよ」


 いつもの人好きする笑顔で迎えられたルナは「お帰りなさい。お疲れさま」と労われた。帰って来たという実感がわく。


教会の応接室でお土産のかわりにと、ロベールからもらったワインを渡す。


「あら、それ」


ハリーより先に、少し離れた場所で何かしら作業をしていたシスターリリーから声が上がった。


「それ、国賓級のお客様に贈られる超高級品よ」

ルナにくれたの? と、砕けた調子で問われる。



 今年に入ってからのシスターは「お母さん」より「お姉さん」の雰囲気で接してくる事が多い。

ロージーに話すと「私たちが春から独り立ちするから、大人として扱うようにしてるんじゃないの?」と簡単に言われ、そういう理由かと納得した。



ワインを手に取ったハリーは、考え込む様子でボトルを睨んでいる。


「お口に合いませんか」

ルナが恐る恐る聞く。


「いや。ボクなんかが持てる品じゃないから、すごく嬉しいんだけど……これ、誰から?」


ワインのラベルから目を離さずに問う声は、いつもより硬い。


「侯爵家のご令息からです」


「どこの?」

すかさず次の質問が飛ぶ。


言ってハリーにわかるのだろうか? 返事をためらうルナに、シスターリリーが助け船を出した。


「そのワインで侯爵家なら、シャトーを持ってるソシュール家でしょう。長男はもう交流会に出るような歳でもないから、ルナと会う機会があるとしたら次男よね。……ロベール様か」


シスターリリーの博識ぶりに、ルナが目を丸くする。


「本当に。あなたは。何でも良く知っていますよね。ボク以上ですよ」


 ハリーの褒め言葉が嫌味のように聞こえる。ルナがシスターリリーに視線を送ると、シスターも肩を竦めて「同意する」と返してきた。


「で、どうして侯爵家のご子息が特級のワインを下さることになったのかな? ルナちゃん。ご令嬢でもないルナちゃんに、これほどの品をホイホイくれるなんてとても思えないんだけど?」

「まさか、そこにいた全員に下さった、なんて事もないよね?」


 ホイホイって……ハリーの笑顔にのぞくよく分からない圧が怖い。良いワインを差し上げて威圧されるなんて、理由がわからない。


口ごもるルナに代わって、シスターリリーが平然と答えた。


「意外に察しが悪いのね? そんなの、ルナに失礼をした詫びか。ルナを気に入ったか。また会いたくて自分を印象付ける為のどれかか、もしくはその全部に決まっているじゃない」


 さすがシスターとルナは感服する。口にはできないけれど、ひとつ目が当たりです。二つ目もパトリスさんによれば当たりですと、心のなかで拍手を送る。


「ボクはルナちゃんに聞いてるんですけどね? シスターリリー。あなたじゃなくて」


ハリーがわざとらしい溜め息をつく。

反応してシスターリリーの眉が片方、綺麗に上がった。


「あら? 私はルナを助けるフリをして、あなたを助けているのにね。もらったお土産から妙な詮索をして、しても意味のない嫉妬をするような狭量な男である、とルナに知られたくないだろうと思って」


そこで一旦間をおいて、シスターリリーの唇が三日月の形になった。にんまり。


「それともなにかしら。『ルナになら』嫌われてもいいのかしら」


「―――わかりましたよ。『しても意味がない』とあなたが言うならそうなんでしょうね」


この勝負から下りるとばかりに、手の平を見せるハリーにルナはほっと息を吐いた。


ハリーの表情は、もとに戻っている。よく分からないが、ハリーの機嫌がなおったならそれでいい。


「ねぇ、そのワイン飲みたくないなら下さらない?」

なかなか手に入らないし、自分で買っては飲みたくないのよね。出来れば人から貰いたいわ。


シスターリリーが言い募る。


「恐れ多くてとても飲めませんが、あなたには差し上げませんよ。絶対に」


追い打ちをかけるシスターリリーに、ハリーはもはや切れ気味だ。


「どこかへの貢ぎ物にでも使うつもり? あなたが持っていると知れたら、取り上げられるわよ。そうなる前に飲んじゃえば?」


 ハリーはもう聴こえないフリを決め込んでいる。

からかうように言うシスターの言葉の後ろに「残念」と聞こえるようだ。


ハリーに見咎められないように気をつけて、ルナはこっそりと笑った。



 ミモザの城はとても美しく、貴重な体験をたくさんさせてもらった。エステレイル姫のお部屋にも入り、セドリックの為に冊子も持ち帰ることが出来た。


コルバン家の方々には本当によくして頂いたし、久しぶりにヘザーと過ごす毎日は楽しかった。


 初めて国外に出て、したことのない長旅に加えて慣れない場所でのメイド仕事は、身体の芯まで疲れたと感じる。至らない部分を自分でも感じたので、また教えを乞うて向上させなければいけない。


 さっきまでのやり取りを忘れたかのように、お酒についての会話を弾ませているシスターとハリーの様子に和みながらも、ついルナの意識はミモザの城へと向かう。


感じるこの物寂しさはどこから来るのだろう。きっと疲れ過ぎたせい。


「今日は早く休みなさいね」とタイミングよくかかったシスターの声に「はい」とルナは笑顔を返した。



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