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カーテン裏の恋めまい

作者: 七瀬夜香

「時間もったいないから、さっさと患者さん呼んどいてよ。」


まだ働き始めて2日目。

はじめての医療現場で、最低限のことしかわからない時。

そう言われても、どの人を呼べばいいのか、全くわからないのに

…と辛くなったのが、先生との最初の思い出。


「はぁ………。来週行きたくないなぁ…。」

先生も曜日シフト制、スタッフも曜日シフト制。

どうあがいても、あの先生のシフトと私は被っている。

「わからなかったら指示するから。それやってくれたらいいから。」

と言われても、その指示された内容も、まだわからないこともあって、でも先生に聞ける雰囲気でもなくて…。

先輩スタッフが、楽しそうに先生と話しているのに。

でも、私が話しかけると、ちょっと面倒臭そうな話し方をするのが、より辛くて悲しくなってしまう。


働き始めて3ヵ月ほどたった頃。

相変わらず、先生のことは苦手だった。円滑に業務が進まないと機嫌が悪くなるし、私が業務のことで話しかけても、ひと言ふた言で答えるだけ…。

嫌われてるのかな…と思いながらも、その曜日だけ耐えれば良い話なので、考えないように努めた。


そんな時、突然スタッフがたくさん辞めてしまった。

仕事を経験して覚えるしかない職場なこともあり、とても大変だったが、仕事は忙しかったことで先生への苦手意識も忘れる程忙殺されたのは救いだったかも知れない。


でも、その忙しさと連勤のせいで、私は仕事中に突然のめまいをおこしてしまった。

最後の患者さんの診察がちょうど終わり、あとは片付けだけすれば帰れるという時に、その場で座り込んで動けなくなってしまった。


(…よりによって、この先生の日に…。でも、もう診察終わったから、先生は着替えて帰るはず…。)


片付けをしていた同僚スタッフが、座り込んで立てなくなった私を心配して集まってきてくれていた。

「大丈夫?片付けはいいから、とりあえず診察用のベッドに寝てていいからね。」

先輩スタッフが、私を立ち上がらせ寄り添いながらベッドまで肩を貸してくれる。

そして、私が横になったのを確認すると、カーテンをひいて見えないようにしてくれる。


(お言葉に甘えて、片付けが終わるまでは横になってよう…。帰りは…これは自転車は無理だな。ここに置いていこ…。)


そんなことをまだ少しボーッとするような、くらくらする頭の中で考えていたときのことだった。


「大丈夫?めまいで倒れたって聞いたけど。」


私が返事をする間もなく、私服に着替え終わった先生がカーテンをあけて、淡々と話しだす。


(いや、せめて返事をしてから開けてほしかった…)


そんなことを思いながらも、ベッドの側にきた先生に「大丈夫なので気にしないで下さい。」と伝える。


「いや、倒れてんだから大丈夫じゃないよね。一応検査するから。」

「もう先生帰られる時間ですよね。明日院長先生がいらっしゃるので、勤務前に診てもらいますから大丈夫です。先生、もうお帰りの時間ですから…。」

「いいからとりあえず検査ね。」


かわらず淡々と受け答えをしながら、先生はめまいの検査機器を手際よく準備していく。

そして、あれよあれよとベッドに寝ている私の検査をひととおり終えた。


「めまいはまだ続いてるね。処方箋出しとくから。」

「ありがとうございます。お仕事終わりにお手数をおかけして申し訳ありません。」

「…とりあえず寝てて。」


いつも診察が終わればさっさと帰る、勤務外の労働をいやがりそうな先生にお礼を伝えると、先生はカーテンをしめて出ていった。


(処方箋受け取って、薬局いかなきゃ…。門前薬局まだやってたっけ…。あー…これはまだきついかも…。)


少し身をおこしてみるも、目の前が軽くだけれどゆっくり回っていた。

今はまだ立ち上がるのをあきらめて、もう一度ベッドへ横になる。


(保険証はこの間出してたはずだけど…もう閉めちゃったかな…)


そんなことを考えながら、15分ほどたっただろうか。

片付けが終わって、皆が帰る準備をはじめているような声が、カーテンの向こうから聞こえてきた。

先輩スタッフが、開けるよーと声をかけてからカーテンをあけて入ってくる。


「大丈夫?着替えて帰れそう?」

「あ、大丈夫です…。私も帰ります…。片付け手伝えずすいませんでした…。」

「そんなのお互い様だから、気にしないで!無理しないでね…とはいえ、今は人手不足で、どうにもできずごめんね。先生に診てもらった?」

私はゆっくりと起き上がりながら、ベッドに腰かけた。

「はい…まだめまい続いてるみたいです。…先生もう帰られましたよね?」

「そうね、院内にはいらっしゃらないんだけど、帰ったかしらね。帰る時は声をかけてくださるけど、聞こえなかったのかも。とりあえず、着替えられそう?」

「大丈夫です。着替えます。」


先輩に支えてもらいながら、更衣室まで向かう。

中では数人のスタッフが既に着替え終わっていて、「大丈夫?」「ここのとこハードだったもんね…」と声をかけてくれる。

まだクラクラしている中で着替えを済ませ、荷物をまとめて他のスタッフと更衣室を出ると、先生が診察室で座っていた。


「あら先生、帰られたんじゃなかったんですか?」

先輩スタッフが先生に声をかける。

「ちょっと外出てただけ。皆もう帰れる?」

「ええ。彼女も着替たので、全員帰りますよ。」

「わかった。じゃあ俺も帰るわ。先出るね。」

先輩スタッフにそう言うと、先生は荷物を持ってさっさと裏口へ向かった。


「先生、お疲れ様でしたー。」

「お疲れ様でーす!」

他のスタッフがそれぞれに挨拶をして、お腹空いたね~、ご飯何にしよ~なんて話をしながら、先生の後に続く。


(あ!しまった!先生に処方箋もらうの忘れた!会計も済んでないし!…いいや…明日やってもらおう…。)

「どうしたの?大丈夫?帰れそう?」

裏口で靴を履き替える間ボーッとしていた私に、先輩スタッフが心配そうに声をかけてくれた。

「大丈夫です!今日は自転車おいてバスで帰ろうと思ってるので…。」

「そうね、それがいいわ。危ないからね。」


靴を履き替えて院の外にスタッフ全員がでたことを確認して、先輩スタッフがセキュリティスイッチをいれ、鍵を閉めた。


「じゃあ、気をつけて帰ってねー!お疲れ様ー!」

「明日体調悪かったら、気にせず休んでね。」

スタッフ皆から声をかけてもらい、それぞれが帰宅する方向へ向かっていった。

私が向かう近くのバス停方向へ行く人はいないので、一人歩きだしたその時だった。


「お疲れ様です。」

「へっ!わっ、先生お疲れ様です!あっ…」

後ろから声をかけられ驚いて振り向くと、クラっとして倒そうになった身体を、先生が片手で身体を包み込むように支えてくれる。

「すっ…すいません…!ありがとうございます!」

「急に声かけた俺が悪いんで。これ、持ってきてもらったんで今晩から飲んでください。」

私を支えていない手には、レジ袋に入った調剤薬局の薬があった。

「あっ、えっ?ありがとうございます!」

「車で送っていくんで」

「へ?」

先生が見た方向をみると、ハザードをつけた車がとまっていた。

「送るんで」

そう言いながら支えていた手をはなし、レジ袋を渡す。


「あの、バスで帰れるので大丈夫ですから!」

「倒れたら迷惑なんで」

「あ………………えっと…」

「とりあえず乗ってください」


先生はそういうと、私の腕を優しくつかんで車の方へと歩いていく。そして、助手席の扉を開けて、有無を言わさずに乗せられる。


(なんでこんなことに…!?)

なんとなく断りづらく、そのまま流されて乗ってしまったけど、苦手な先生とふたりはかなり気まずい…。

(あ、すごくいい香りが…好きな香りだ…)

車内はほんのりとベルガモットやミントを混ぜたような爽やかな香りがして、きつくないその香りには少し癒されていた。


「さっきの薬、飲む時の注意事項とかは書いてもらっていれてあるんで。」

運転席に乗り込んだ先生が、シートベルトをしながらいつも通り淡々と話し出す。

「あの、ありがとうございます。お金…」

「いいです」

「いやでもそこまでして頂くわけには…」

「いいです。とりあえず住所教えてください。ナビにいれるんで。」


(いやいや!話そらされたしー!)

「あの、先生お金を…」

「住所」

「…………はい…………」


仕事中のような淡々とした会話が続きすぎて辛くなってきた私は、諦めて郵便番号から住所を伝える。

ナビを入力する先生との距離が少し近くなると、これまで気づかなかったけれど、先生からも車内と同じ爽やかな香りがした。

(職場じゃ匂い系NGだから、なんか不思議な感じ…。)


入力が終わって、経路を確認している時間がなんとなく気まずく、先生に話しかける。

「先生、何か香水とか」

「つけてないですけど、なんか臭いますか?」

言い終わらないうちに、かなり早口で言葉を遮られてしまった。

「いえ…なんだかいい香りがするので、何かつけてらっしゃるのかと思ったんです。」

「………オイル」

「オイル?」

「……………………」

「あぁ!アロマオイルですか?」

「道わかったんで。」


話をそらされてしまうと同時に、車が動き出した。

ひとりぐらしの我が家までは、ほぼ一本道なので、ナビの案内表示では10分もかからず着く予定だった。


「…………………」

「…………………」

(沈黙がつらいっ…!)


見慣れたいつもの夜の道路だけど、無限に続いてしまう気がするようだった。

先生もただ前をみて運転するだけで、わたしを気にするようなそぶりもない。

(なんで送ってくれたんだろ。医師としての責任感とか?クレームだされたくなくてとか?)


「ご飯は?」

「へっ!?」

心の中で色々と考えていたときに、信号待ちで突然話しかけられて変な声が出てしまった。

ご飯?ご飯は食べますけど、それがどうしたと…。

あーでも最近は、疲れはてて食べずに寝ちゃうことも多いけど。


「この道コンビニあるみたいだけど」

「あの、なにか買うかという確認でしょうか?」

「…めまいあるなら、飯作るの大変でしょ。」

なるほど、先生なりの気遣いだったのね。

「お気遣いありがとうございます。作り置きかあるので、ご飯は大丈夫です。」

「わかりました。」


その返事の後は、またしても沈黙がはじまる。

信号が青になり、その先にあるコンビニも通りすぎる。我が家までは、あと5分程で我が家に着くだろう。

それでも、この気まずい雰囲気に耐えられず、当たり障りのないことを話しかける。


「…アロマオイル、お好きなんですか?」

「俺は別に興味ないです。」

「あ、じゃあ奥様がお好きとかですか?」

「…結婚してませんけど。」

「あ、そうなんですね!すいません。院長の後輩だとうかがってたので、もう結婚されてるのかと思ってました。じゃあ、彼女さんがアロマオイルお好きなんですか?」

ご機嫌を損ねたような先生の返答に、あせって言葉が多くなってしまう。


「…彼女もいません。忙しくて暇もないんで。」

「失礼しました…。」


我が家まで残り3分ぐらいだろうか…。より気まずくなってしまった。

アロマオイル、私はけっこう好きで集めたりしている。あくまで、趣味程度なので詳しくもないけれど、家では毎日使っていた。

(先生がアロマオイル好きだったら、多少話ができるきっかけになるかと思ったんだけどな…)

結局その後は沈黙のまま、マンションの前まで着いてしまった。


「ありがとうございました。本当に助かりました。」

シートベルトを外し、降りる準備をする。

「…アロマオイル…」

「え?」

先生が、助手席とは反対側の窓を向きながらポソリと呟いた。


「…入ったばっかりの頃に、家で使ってるって話してましたよね。」

「え?あ、そんな話、しましたっけ?」

「…スッキリした香りが好きだって話してました。」

相変わらずこちらを見ることなく、先生は続ける。

「こういう系が好きなのかと思って使ってみました。好きじゃなかったですか?」

「あ…えっ…かなり好きな香りです…。」

「なら良かったです………。」

「「…………………………………」」


なんて答えればわからず、沈黙してしまい降りるタイミングを逃してしまった。

(え?私がアロマオイル使ってる話を覚えてて、使ってくれたってこと?でも、先生に直接話したことなんてないんだけど!)


「あの…………送って頂いてありがとうございました。診察もお薬も、ありがとうございます。改めてお礼をさせていただきますね。」

この気まずさから早く解放されたくて、荷物を持ってドアを開けようと手をかける。

「……なら、今度ご飯付き合ってください。」

「へっ?」

想像もしていなかった言葉に、思わず裏返った変な声が出た。


「嫌ですか?」

さっきまで反対側を向いていた先生が、思いっきりこちらに振り向いた。その顔は暗い車内でもわかるほど、かなり真っ赤になっていた。

「え、いや、ではないですけど、え?私でいいんですかね?」

「あなたがいいから言ってるんですけど。」


アワアワする私に、先生が早口でぶっきらぼうに答えた。

相変わらず、先生の顔は真っ赤のまま。


「体調良ければ、今度のシフト帰りに付き合ってください。」

「は、はい!わかりました…。」

「「…………………………」」

またお互いに沈黙してしまう。

(とにかく、なんだかわからないけど恥ずかしいし気まずい!降りよう!)


「あの、今日ありがとうござい…」

「…連絡先交換してもらってもいいですか?」

早く降りたくて呟いた言葉を、先生に遮られてしまった。

「あ、はい!」

断れる雰囲気もなく、言われるがままに連絡先を交換する。


「…もし症状悪化するようなら、連絡してください。夜中でも構わないんで。」

「わかりました。あの、ありがとうございます。」

お礼を言って、今度こそ助手席のドアを開けて降りる。

ドアを閉めると、先生が助手席の窓を開けた。


「……………なんです」

「えっ?なんですか?」

「…好きなんです。初めて会った時から。」

「…………へっ!」

「おやすみなさい。お大事に。じゃあまた。」

先生は早口でそう言うと、窓を閉めて車を発進させた。


「……な…なんなのもう……」


体調不良のめまいと共に、ドキドキしすぎてめまいを起こしそうな夜になりそうだった。

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