強敵・母
「ふんふん、お母さん的には保管してある宝物を種類別に分けたいと」
『そうね、でもしまい込んじゃうのは嫌よ。コレクションに囲まれてる感じが好きだから』
「なるほど」
メリッサのお母さんに、お嬢さんをください、をやった後。
俺が『古城清掃人』であることが良かったのか、それともこの真摯な申し込みが功を奏したのかはよく分からないが、お母さんの態度が柔らかくなった。少なくとも尻尾のフルスイングを食らうことはなくなった。
代わりに、俺を試すかのように、この城の模様替えと整理を依頼されたのだ。
もちろんやります。気に入られるには、まずこっちから下手に出ないとだしな! ついでにあのアホみたいな延滞料も安くなると良いんだが。
俺、メリッサ、そしてメリッサのお母さんは、バルコニーに座り、模様替えについて話し合っていた。
「部屋は作らないほうがいいですか」
『そうよ、せっかく苦労して全室ぶち抜いたんだもの!』
「ワイルドですねー。じゃあ基本的な形はこのまま、巨大吹き抜けな感じで」
『ええ。私は天井からぶら下がって寝るのが好きだし、急降下してからホバリングして急浮上、っていうトレーニングもやってるから、空間は広くね』
「さすがお母様、戦闘トレーニングに余念がありませんね!」
何それ戦闘トレーニングなの。怖。
俺は再度城の中の様子を確かめる。『古城清掃人』は、城がどんな風に使われているかもなんとなく分かる。
お母さんの言葉通り、彼女は上下運動がしたいのだろう。城のてっぺんと、地上の床部分には、いくつものかぎ爪あとがついていた。何か猫みたいだな。
あとは……。体の大きさに比べて尻尾が長いし、その力も強いから、尻尾を巻き付ける所があると便利なんだろうな。
「一番よくいる場所は寝床ですか? 天井からよくぶら下がっている感じ?」
『そうね。寝床は日当たりのいい場所がいいから、いつもこの辺で寝てるの』
この城はあまり日が差し込まない。窓はそこそこあるのだが、壁面に漆喰や木材がでたらめに押し付けられているせいで、昼間でも真っ暗だ。
恐らく、部屋をぶち抜いた際に、城の強度が心配になり、適当に壁を補強したのだろう。
さらにそこに、お母さんのコレクションである宝石やら絵画やらタペストリーやら生首やら熊の皮やらがごてごて飾られているので、もうなんていうか、ひどい。食べかけの牛とか果物? とかもあるし。
要するに、汚部屋、なのだ。
でも、メリッサの城も、正直同じ状況だった。大きな体を押し込めるために城の内部を破壊し、そこに宝物を大量に持ち込む。レイアウトや収納方法なんて発想があるはずもなく、ただただジェンガみたいに積み重ねられてゆく。
ドラゴンの体の大きさや、必要とされる運動量、そしてコレクションため込み癖のことを考えると、これはメリッサ母娘に限った話ではないのかもしれない。
「ドラゴンは全員もれなく汚部屋の可能性がある、ってことか……」
なんか夢、壊れるな。今さらだけど。
「うん、じゃあまずはいったん日差しを確保して、それから寝床スペースを広げて、コレクションのしまい方を考えましょう」
業者みたいに言って立ち上がると、城に向かって『模様替え』を命じた。
「まずは邪魔な補強材を取り除いて日差し確保。城の壁は適当に補強しとくか。んでコレクションは一か所に集めといて、と」
洞窟のように真っ暗だった城に、一気に明かりが差し込んでくる。埃が待ってキラキラ光った。
それから、あちこちにばらまかれていたコレクションを一か所に集める。壊さないように丁寧に。特にこの何かの臓物の乾いたのとか、明らか人間の耳っぽいネックレスとか。うひい。
目の前をびゅんびゅん飛び交うコレクションたちに、メリッサのお母さんは唖然としている。
「でー、天井の空間はもっと広げるか。余計な梁を取っ払って、ぶら下がれる場所を、高さを変えて複数作ると」
イメージは文鳥の鳥かごだ。ドラゴンの城のモデルが文鳥の鳥かご、なんて口が裂けても言えないけど。
城の骨格をざっくりと作ると、横でメリッサとメリッサのお母さんがびっくりしていた。悪くないリアクションだ。
「コレクションをどうしまうかだよなー……。魅せる収納的な感じで……あー、そうだ」
俺の母さんが、アクセサリー類をしまっていた箱を思い出す。細かく仕切りで区切られていて、それを何段も重ねられるというやつだ。
まあ収納するのは指輪とかじゃなくて、生首なんだけど。ライオンとか熊っぽいバケモノ? の生首でも、人間の生首とそんなに大きさは変わらないから、しまいやすくていいな!(白目)
「廃材が使えるかな。『修繕』っと。ガラスは……あー、外のガラクタ類の中にいくつかあったかな。あれを材料にして『修繕』すればいっか」
「ガラスだな? 私が取ってこよう!」
メリッサがドラゴンの姿に戻り、得意げに翼を広げる。
「そうか? 助かるけど、手とか切らないようにしろよー」
『任せろ!』
勢いよく降下してゆくメリッサを見送ってから気づく。
お母さんと二人きり、だ。