実家への手土産に生首を持っていくのはどうかと
メリッサの背中の上は意外と快適だった。多分、彼女が快適にしてくれてるんだと思う。
急降下や急停止のない、安全かつ手慣れた飛行だ。乗っていても全然酔わない。
……まあ、一つ難点があるとすれば。
俺の横にしなびた生首が五つほどぶら下がっていることだろうか。
「ねえ~生首と超目が合うんだけどさっきから~」
『死んでいるから大丈夫だ。噛み付いたりしない』
「いや俺シラスとかの小魚でも、目が合うから苦手なタイプなんだよな~……。ってかなんで生首なんか」
『実家に行くのに手土産も持っていかないのは失礼だ。 新鮮なものではないが、手ぶらよりはましだろう』
「ああ、そゆとこちゃんとしてんのね」
一応王女様だけのことはあるわけだ。と呟けば、メリッサは照れくさそうにぶんぶんと尻尾を振っていた。
足元に見えるのは小さな村々や森、牧草地ばかりで、のどかな郊外といった感じだ。
数少ない人間は、メリッサの姿を見て慌てて屋内に逃げ込んでいった。
当然だろう。生首、ぶら下がってるもんね。
そうして飛行すること三十分。
『見えてきたぞ。お母様の城だ』
顔を上げてみれば、巨大な廃城がそびえていた。
かつては大きな城だったのだろう。けれど向かって右側の塔は崩れ落ちているし、左側の塔も崩壊は時間の問題と言った感じ。
恐らく城下町であっただろう廃墟の群れには、ガラクタが脈絡なく転がっていた。
なるほど。コレクションに値しないゴミは、城の外に投げ捨ててるわけか。
メリッサは城のてっぺんのバルコニーに降り立つと、俺をそっと降ろしてくれた。
人間の姿になったメリッサは、両手であの丸い箱を抱えた。背中には、部活帰りのサッカー部員の要領で、生首五つをボールみたいにぶら下げている。
「うむ。やはり夫を初めて引き合わせるというのは、緊張するな!」
「う、うん」
そう言えばそうだった。俺はメリッサの「夫」として、今からお母さんに会うんだ。
緊張で汗をかいている俺の手を、メリッサはきゅっと握りしめた。
「……待ってお前も負けず劣らず手汗びったびたじゃねえ!?」
「うううううだってこの先に待ってるのは控えめに見ても地獄なんだぞ!? あのお母様が容赦してくれるわけないんだから!」
「じ、地獄っておま、その箱の中身は何なんだよ!」
「大丈夫だ、地獄だろうとどこだろうと、絶対にあなたを守って見せる! 行くぞ! ……お母様! メリッサオイオスが参りました!」
メリッサはバルコニーから城内に呼びかける。
と。
『よく来たわねぇっメリッサ!』
うきうきとした言葉と共に、凄まじい勢いで飛び出してきたのは、一頭の小さなドラゴンだった。
体色はほとんどピンク色で、大きさは大型犬ほど。メリッサの五分の一くらいの大きさしかないけれど、顔の周りにはエリマキトカゲみたいな膜があって、それで少し大きく見える。
その膜にはレースの飾りがつけられていて、首には巨大なダイヤのネックレスが、そして尻尾には、太い金の鎖がじゃらじゃらと巻かれてあった。
なんていうか。名古屋のギラギラに飾ったセレブのおばちゃ――お姉さん、という感じだ。
『元気だった? 人間に怪我を負わされて再起不能、なんて看過しがたい噂を耳にしたけれど――その様子だと大丈夫そうね』
「え、ええ、お母様も息災のようで何よりです」
言いながらメリッサは、手にした箱をずいっと差し出した。生首五つを添えて。
『あら! これって、前に貸したバッドアクスの角だわね! これが鳴ると震動して狩りにはちょうどいいのよねえ~』
「は、はい……貸して頂いてありがとうございました!」
『料金は五千七百三十二万ルピアね』
メリッサの顔が引きつる。
「……お母様、今、何と?」
『貸出料金が一万ルピアで、返却日から六十三日と十二時間過ぎているから……うん、五千七百三十二万ルピアであってるわね』
「娘に延滞料金請求するか普通!?」
思わず叫んでしまった。いやだって五千七百三十二万ルピアって、日本円で言うと一億円近いぞ!?
「お、お母様はその……倹約家でいらっしゃるのだ!」
「いや家族価格とかないの!? 確かにずっと手元に置いといたお前が悪いけどそれにしたって限度ってもんが」
「面目ない……」
悲鳴を上げる俺たちを見、メリッサのお母さんがヤモリのようににじり寄ってくる。大型犬ほどの大きさだけれど、後ろ足で立ち上がればそこそこ大きい。
桃味のカルピスみたいな目の色が、じいっと俺を観察している。
『あらぁ、メリッサのお土産かしら? 乾いた生首なんかよりこっちの方がいいわ』
「違いますお母様、彼は……私の夫です!」
メリッサのお母さんの顔から表情が消える。今まで明るい声音と同じ朗らかな表情を浮かべていたのに。
『人間が夫、ですって?』
「そうです、でもただの人間ではな――」
『ハッ。馬鹿馬鹿しい。消えなさい』
そう言ってメリッサのお母さんは、そのしなやかな尾をぶんっと振り上げた。
「え」
何と言えばいいのか。大縄跳びの太いバージョン、とでも言えば分かるだろうか。
それが俺の腰をしたたか打った。尻尾で横薙ぎにされた俺の体は、あっけなく吹っ飛び――。
城の中へと放り込まれた。
「でぇああああ!?」
しかも驚くべきことに、城の内部は空洞だった。部屋なんてどこにもなくて、当然床も壁もなくて、スケールのデカい吹き抜け状態だ。
つまり俺は、そのまま城の一階へと落下することしかできなかったのである。
胃がぐうっとせり上がる気持ち悪い浮遊感にオエっとなりながら――まあナメられたもんだよなあと、俺はため息をついた。
「『模様換え』」
一階にあったダンスホール――ほとんど部屋のていをなしてないけど――を、最上階へ。
床がせり上がってきて、俺の足元に吸い付くように寄せられる。そのまま床材を足元に集めて、メリッサたちがいるバルコニーへと戻った。
ボロボロの床材を従えて、それでも城の底から這い上がってきた俺を見て、メリッサのお母さんは目を丸くする。
火とか噴くかな。まあ、ここでは俺が最強なんだけど。
「えーと、改めて自己紹介とか。『古城清掃人』サトーです。……ねえこれ、お嬢さんをお嫁に下さいとか言った方がいいやつ?」
と尋ねれば、メリッサは顔を真っ赤にして、それでもこくこくと頷いた。ので。
「め、メリッサを……お嬢さんを、ください!」
なんて言ってみたら、メリッサのお母さんは後ろにぶっ倒れてしまった。
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