城内への死体の持ち込みは禁止とさせて頂きます。
爽やかな朝の陽ざしが、カーテンの隙間からこぼれ落ちる。
自分で作ったキングサイズのベッドには、ふかふかのマットレスにさらさらの布団、そして。
「お、お、お、おはよう、サトー!」
ガッチガチに緊張したドラゴンの美少女が横たわっていた。
「……おはよう」
「ほ、本日は快晴微風にて、飛行には大変適した日である!」
「そか。朝飯は何食おうか」
ベッドの上で身じろぎすると、メリッサがぴぇ、とか細い声を上げた。顔が真っ赤だ。
「あ、あああああ朝からするのかっ、サトー」
「しないよ!? 今朝飯の話したじゃん、ってかするって何を!?」
「ナニ!? ナニって、そ、そんなの私の口から言わせるのかっ」
びたんびたんと大きな尻尾で恥じらいを表現するメリッサ。
「あ、ばか、そんなに揺すると」
「だいたいだなっ、毎朝こうして恥をしのんでベッドに共寝をしてもっ、あなたは手を出してこないではないか、私ばかりがこんなふうに積極的で!」
「朝来られても何もできんて! いや夜来いってわけでもないけど! ってかそれ以上尻尾バンバンすると……!」
顔を真っ赤にし、ビタビタと尻尾を打ち付けまくるメリッサに嫌な予感がする。
ドラゴンにとって、人間の姿を取るためには平常心が必要なのだという。
もちろんメリッサほどのドラゴンともなれば、人間の姿でいるのもそう難しくはない――のだが。
「サトーのばかっ! でもそういう素っ気ないところも嫌いじゃないぞ!」
顔を真っ赤にしたメリッサはきゃー言っちゃった! と叫ぶなり。
ドラゴンの姿に変化してしまった。
もちろん、普通の美少女サイズの数倍はあるだろう大きさに、俺はたちまちベッドから弾き飛ばされる。
めきめき、ごきょ……と、ベッドの木材が白旗を上げる嫌な音がしたかと思うと、俺渾身のキングサイズのベッドは、哀れ中央からひしゃげてぶっ壊れたのでした。
ちなみにこれ、この一週間で四台目のベッドだったんだけどな……。
と、遠い目になりながら階下に向かうと、ベルがにまにましながら俺を見ていた。
「ずいぶん……激しかったみたいねぇ?」
「ああ……。主にメリッサがな……」
「まーっ! やっぱりドラゴンって積極的なのねぇ、ふふふ……」
なんて言ってる下世話な幽霊はよそに、朝飯でも作るか。
ベルのおかげで、この古城のそばには、作物がよく実る畑があることが分かった。
何でも腕の立つ魔導師が、豊かな実りのための魔法をかけた、由緒ある畑なのだという。
そこに女神から貰った種を植えてみたら、あっという間に育ってくれた。
かぼちゃにじゃがいも、ニンジンにピーマンにアスパラガス等々、特に世話をしなくてもすくすく育った。
近くの村で買ってきたヤギのチーズと干し肉、香辛料にこの野菜があれば、そこそこ食べがいのある飯が作れる。
今日は朝からヤギのチーズをとかして、そこににんにくでいためた野菜やカリカリのパンをつけて楽しむチーズフォンデュにした。
「わあ、美味しそう~! 前から思ってたけどサトーくんってマメよねぇ」
「いや、別にチーズとかして野菜つけてるだけだから……」
「あのドラゴン娘を見た後ならそんなこと言えないわよ。あの子ったらね、野菜などそのままかじればいいだろう! って干し肉と交互に口に突っ込んでたのよ?」
「わあ、ワイルド」
まあドラゴンなのだから、お上品さとかは別にいらないのだろう。
案の定、人間の姿に戻って朝飯を食べに降りてきたメリッサは、チーズに野菜をひたす手間を惜しんで、っていうかもはや火を通すのさえ面倒とばかりに、生の野菜をぼりぼりかじっていた。
ベルは幽霊なので朝飯は食わない。ふよふよと浮かびながら、メリッサにちょっかいを出している。
以上、これが俺たちの朝の風景。
朝飯が済んだら、メリッサの荷物の整理に取り掛かる。
彼女が元居た城から持ち込んだ荷物の量はすさまじかった。
なにしろ、一週間前に持ち込まれた荷物をまだ整理しきれていないのだ。
それはどうやらメリッサのため込み癖のせいらしかった。
もっともそれは、ドラゴン全員に共通することらしいが。
なので、今日も今日とて俺は、古城の前に山積みにされた宝物、もといがらくたを前に、メリッサと激しく争っていた。
理由は簡単。メリッサが城に持ち込もうとしていた物が、明らかに要らないものだったからです。
もちろん部屋くらい増築できるよ? だけど明らかに激しくゴミ、みたいなものを置いておくのは『古城清掃人』の美意識に反するので。
「何だこの蝋人形はー!?」
妙にリアルな蝋人形が、がらくたの山に無造作に置かれている。
服のひだとか、顔のしわとか、ほんとにリアル。っていうか、目の感じとか、ちょっとホンモノっぽすぎるような。
メリッサはそれを見るとどこか得意げな顔で、
「それは私を侮辱してきた勇者をかたどって作ったものだな。暴虐なメリッサオイオスの名を広く知らしめた一戦となったのだ」
「今すぐ捨てろ! っていうか妙にリアルなんだけど……なんで?」
「リアル……? 念のために聞くが、サトーの世界で蝋人形とはどういう代物だ?」
「えっ、ろ、蝋でできた人形だけど」
「こちらの世界で蝋人形は、死んだ人間の上に蝋をかぶせて作る死体保存のやりかたで」
「ぎゃー!」
死体、触っちゃった。
蝋人形を掴んだところがなんかべとついてて汚いような気がする。
何度も草むらに手をこすりつけていると、メリッサが至極不思議そうに、
「幽霊は平気なのに、蝋人形はだめなのか」
「現代日本人は、死体ってのに耐性がないんだよ……」
「なんだ、かわいらしいところもあるのだな」
ニマニマ笑っているメリッサ。かわいいけど、その手には蝋人形。蝋人形かぁ~。
かわいさ、五割減。でも元々かわいさ200%くらいあるので、何の問題もないかもしれない。
「それもとっとかなきゃだめか? 城に置いときたくないんだが」
「むむ……。しかしこれは私の功績でもあるからな……。あっそうだ!」
メリッサは立ち上がると、蝋人形を両手でつかんだ。
「むんっ!」
「~~~~!!!」
ぶちぶちぶちいっ! という筆舌尽くしがたい音がして、蝋人形の頭がもげた。
素手で。死体の。頭。もぐとか。
もう死んでるから、血とかは出ないね。よかったー。
いやいっこもよくねえよ。
「首だけならばさほどスペースもとるまい? そうだなこれは……食堂の壁にでも飾っておこうか? マントルピースの上なんかいいと思うんだが!」
「だめっっっ! うちの城をそんなホーンテッドマンションみたいに治安の悪いところにはしませんよっ!!!」
「幽霊がいるのに今更ではないか?」
「幽霊は部屋を汚さないけど、死体は汚すだろ、いろいろと。というわけで死体は持ち込み禁止にする!」
俺はびしっと言ってやった。最初のしつけが肝心だというしな。
メリッサは、なぜ怒られたのか分からない大型犬みたいな顔になって、
「し、しかしだな、ドラゴンの中で首級を飾るというのは相当な名誉で、」
「するなら外にしろ外に」
「ああ、野ざらし! 確かにそちらの方が侮辱的でいいな。ふふ、さすがだなサトー」
「そういう話じゃないんだけどこの際もうそれでいいや」
とにかく城に死体がなければなんでもいい。
そう言い切れるくらいには疲れてきた。
「はい、ちゃっちゃか行くぞ。この服は! いる、いらない!」
「い、いらないっ。……けどちょっと待って、もしかしたらワンシーズンくらいは部屋着としていけるかも」
「そう言って一体何着部屋着を増やす気だ。はいいらない、次ッ! ……ってこれなんだ、ずいぶん古めかしいな」
埃をかぶっている小さな丸い箱……箱だよな? ちょうつがいがあるし、鍵穴もある。
綺麗な彫り物がしてあって、彫り物は金で縁取られている。
高級そうな、いかにも大事なものが入っていそうな感じ。
と、それを見たメリッサが、ヒェッと鋭く息を呑んだ。
顔がみるみるうちに青くなってゆく。
「どした」
「そ、それは……! お母さまの……!」
「へえ? お母さんの持ち物か。なんできみんとこの荷物に入ってんの」
「か、か、返し、忘れてた……!」
「え。結構大事なものなのか?」
メリッサはこくこくこくと頷く。なるほど。
「じゃ、早めに返しに行こうぜ」
「そうだなっ! 善は急げだすぐに行こう! 今すぐ行こう! とりあえず飛び出そう!」
と言ってメリッサはドラゴンの姿に変身した。
いやそれはいくらなんでも性急すぎ――と思う俺の体が、ぐいっと引き寄せられる。
メリッサの長い尾で引き寄せられた俺は、彼女の背中の上に軽々と放り出された。
「鱗を掴んで構わない。案ずるな、あなたが落ちても絶対に拾いに行く」
「やなこと言うなよなー!? でも、飛ぶのはちょっと楽しみかも」
「ふふ。……ついでに結婚の報告もしなければな」
恥ずかしそうに呟くメリッサは、ドラゴンの姿だというのに、かわいらしかった。
人はこうして爬虫類沼に落ちてゆくのだな……と思いつつ、彼女の赤い鱗をしっかりと握りしめた。