古城に幽霊はつきものです
いかにも幽霊! といった感じの半透明の女性は、ふわりと空中を移動し、メリッサの後ろに降り立った。
そのまま、青白い腕でがばりとメリッサを羽交い絞めにする。
「ひゃあっ!?」
「あらぁ~? 案外かわいらしい声を上げるのね、ドラゴンの女の子って?」
「ひゃ、ひゃめろっ! 幽霊は苦手だと言っているだろうっ!?」
「だからいじめたくなるんじゃないのぉ~」
昔の貴族みたいな、ウエストが強調されたドレスを着たその人は、メリッサの脇をこちょこちょしたり、胸を好き勝手に揉んだりしている。
メリッサは相当幽霊が苦手みたいで、涙目になりながらも、その手を払いのけられないでいた。
背後に幽霊がいるという事実がもう耐えられないのだろう。その顔がどんどん泣きそうになってゆく。
まあ、あんまり放っておくのもかわいそうか。
「おいあんた、その辺にしといたらどうだ? メリッサが泣きそうだ」
「な、な、泣いてなどいないっ! いいか、断じて泣いてなどないぞ……! ぐすんっ」
幽霊はメリッサから離れると、ふわりと俺の前に降り立った。
よく見ればドレスはボロボロで、血色も悪い。
それどころか、喉には真一文字に切り裂かれた傷口があった。血は出てないみたいだけど。
「なるほど。マジで幽霊だ」
「ほんものだよぉ。それであたしね、あなたにクレームをいれにきたの」
「クレーム? 俺に?」
「そうよ。せっかく百年くらいぐっすり寝てたのに、あなたが急に部屋をごちゃごちゃといじくりまわすから、目が覚めちゃったじゃないのぉ!」
部屋をいじくりまわす?
「……ああ、『模様替え』したからか! そうか、悪かったな」
「『模様替え』……? もしかしてあなた、普通の男の子じゃないの?」
「うん。『古城清掃人』だ」
「しかもこの私、メリッサオイオス専属のな!」
横からひょこりと出てきたメリッサは、先ほどまで涙目……っていうかほとんど泣いていたにも関わらず、気丈にも幽霊を睨みつける。
「サトーは私のものだ! 急に出てきたお前にはやらんぞ!」
「急に出てきた? 違うわよぅ、あたしはここに住み着いてる幽霊だもの。あなたの方が新参者なのよね~」
「なっ……。だ、だが! サトーは私の命を救ったという縁がある!」
「あたし幽霊だし。命とか言われてもよく分かんないし」
直情型のメリッサに対して、のらりくらりとそれをかわす幽霊。
なるほど、ドラゴンは幽霊に弱いというのはほんとうみたいだ。
「あー……幽霊さん。悪かったよ、部屋をいじりまわして、起こしちゃって」
「まったくだわ。ぷんぷん」
「でも、城を移動させなきゃいけなかったんだ。俺のジョブは『古城清掃人』だから、城の中でしか魔法を使えない。泉で倒れてる彼女を助けるためには、こうするしかなかった」
「……ふうん?」
幽霊の、薄もやがかかったような灰色の目が、きらりと光った。
「城を移動させられる『古城清掃人』なんだぁ……。それって、とっても、とぉっても、レアじゃない?」
「そのくらい私も分かっている! だから私の専属に……」
「じゃああたし、その手伝いをしたげるわぁ!」
幽霊はにこっと笑って、ぼろぼろドレスの裾をつまむと、優雅にお辞儀をした。
「あたしはアナベル・グラッドウェル。気軽にベルって呼んでねぇ~」
「グラッドウェル……って確かこの城の名前だよな。元住人か?」
「正解~。隣の隣の国の第一皇位継承者と結婚する予定だったんだけどねぇ、婚約の前日に、押し入ってきた野盗に喉を掻き切られて、死んじゃった☆」
それは語尾に星マークをつけて言うようなことでもない気がする。
「幽霊ってことは、なんかこう、人生に未練とかあるのか? だから成仏できない、みたいな」
「ジョーブツ? なあにそれ?」
そうか。幽霊は成仏するものというのは、ここの常識ではないのか。
この世にいたければ、いてもいい。いたくなければ、消えてもいいのだ。
緩くていいなと思っていると、メリッサが面白くなさそうに唸った。
「サトーは私の『古城清掃人』だ。お前の助けなどいらん! そうだサトー、この幽霊を『駆除』してやれ!」
「やだ~っ、それじゃあたし、ネズミみたいじゃない~」
「ネズミの方がまだかわいげがある!」
もちろん俺は古城の中なら万能なので、ベルを消滅させるくらいは朝飯前である。
けれど、元々いた住人を無理やり消してしまうのも、なんだか乱暴な話だ。
「まあ、別に変なことをしなければ、いてくれて大丈夫だけど」
「サトー!?」
絶叫するメリッサ。それとは対照的に、にんまりと笑うベル。
彼女はするりと俺の後ろに降り立つと、冷たい手で俺の胸元をぞろりと撫でた。
思わせぶりなしぐさなのに、あまりドキドキしないのは、やっぱり彼女が幽霊だからだろうか。
「変なことってぇ、どんなことかしら? 例えば……夜中のベッドに入り込んじゃうとか? 着替えを覗いちゃうとか? 一緒に狩りに出て朝まで帰ってこないとか~!?」
「だめだだめだ! サトーは私のだっ」
メリッサが鱗を逆立てながらベルをつまみ上げようとするが、何しろ幽霊である。つかみどころがない。文字通り。
ぬるぬると逃げ惑うベルに、メリッサはいよいよ地団太を踏み始めた。マジで相性悪いな。
「サトーはもう私のものだ! それに、専属の『古城清掃人』がいれば、私だって名誉挽回できるんだし!」
「名誉挽回?」
首を傾げるベルと俺。
メリッサはぐぬぬと唇を噛み締めていたが、
「……情けない話なのだが。私の首に致命傷を与えたのは、その、たった五人からなるニンゲンのパーティでな。一個師団ならともかく、たった五人にやられるなど、メリッサオイオスの名が汚されたも同然だ」
「ドラゴンをたったの五人で? すごいわね、その人たちったら、何かずるでもしたんじゃない?」
「うむ。彼らはドラゴンの巣に潜り込み、卵を破壊しようとしたのだ。母ドラゴンが卵を持って逃げる隙をかせぐため、私は彼らに応戦した」
メリッサは卵を助けるために体を張ったというわけか。
こう見えてなかなか優しいドラゴンのようだ。
「私の方が状況は不利だった。しかしそれでも五人に押し込まれたのは、連中が常人離れした魔法を連発してきたからだ。およそ普通のニンゲンとは思えない魔力量、作戦、身のこなしだった」
「なるほどねぇ。でも卵は守りきれたのよね? ならあなたは自分の職務を立派に果たしたんだわ」
ベルの言葉に、メリッサが複雑な顔をする。幽霊に褒められても、といったところだろうか。
「でも卵を狙うなんて卑怯よね。どういうやつらだったのかしら」
「司令官は確か、マツダとかいう名前で呼ばれていた」
「ま、マツダ!?」