『古城清掃人』は最高レアジョブ、らしい
鉄格子の中に立つ少女は、人間離れして美しかった。
燃えるような赤い髪色に、神々しく輝く金色の瞳。
すらりと伸びた手足と、豊満な胸元に目を奪われそうになる。
革でできた茶色のスカートに、刺しゅうの入った白いトップスを合わせていて、そのまま元居た世界の街を歩いていてもおかしくない格好だ。
――尻の辺りから生えている、鱗に覆われた赤い尾と、耳の上から突き出している角を除けば。
いやいかついな、おい。
「鱗の姿でお話しておりました、申し訳ございません。人の身で話すことを失念するなど不甲斐なし」
「……へ? きみ、人間の姿にもなれんの」
「はいっ。というか、ニンゲンどもが我らドラゴンの第二の姿を真似たのであって、我らが後発というわけではございませんので、お間違いなく」
と念押ししてくるあたり、プライドは高そうだ。
彼女は優雅に一礼すると、朗々(ろうろう)と名乗りを上げた。
「私の名はメリッサオイオス。その意味するところは、蜜蜂に連なるもの。我が金色の瞳は、勤勉なる蜜蜂が生み出す太陽のしずく、命育みし聖なる蜜の色でございます」
「へー。確かに、きみの目ってよく見ると、ちょっと濃い金色なんだな」
鉄格子に近寄って、じっと瞳を覗き込む。金色と琥珀色の間という感じだろうか。
メリッサオイオスは少しきょとんとしていたが、ややあって微かに頬を赤らめ、はにかんだ。
「ええ、自慢の色なのです。どうか私のことはメリッサとお呼び下さい。あなたは何とお呼びすれば?」
「佐藤」
「サトー様、ですね!」
「サトーでいいよ。てか敬語もいらない」
「そんなわけには! 何しろ希代の『古城清掃人』でいらっしゃるのですから!」
「……あのさあ、さっきから絶滅とか、希代とかいうけど。『古城清掃人』ってそんなすごいものなのか?」
先ほどから抱いていた疑問をぶつけると、メリッサは首がもげるほど頷いた。
「もっちろんでございます! 最高のレア度であるSSRに位置するジョブですよ! それに、私たちドラゴンにとって、『古城清掃人』つきの城に住むのは、王侯貴族並みの贅沢ですから!」
「へー、そういうもん」
「な、なんだかドライですね……。でもそうか、サトー様は私たちドラゴンの性質をご存じないのですね」
「うん。ていうかこの世界に来たのも二週間前とかだし」
「この世界……?」
「んー、色々話さなきゃいけないことがありそうだ」
俺は鉄格子を解除した。
メリッサは特に襲い掛かるでもなく、俺の様子をうかがっている。
「座って話そう。あと様づけと敬語なしな」
「む……じゃ、じゃあ、そうしま……そうす、る」
「ん。三階の方に風通しのいいサンルーム作ったんだ、そこへ行……って、そうか、城ん中ぐちゃぐちゃなんだった」
城を移動させるために、部屋をあちこち入れ替えたので、サンルームも悲惨なことになっていそうだな。
なんかこう、パソコンみたいに、前に戻るってコマンドがあれば楽なのに。
「ちょっと待っててくれるか? 部屋、直すから」
「直す、とは?」
「うん。『模様替え』」
俺はできるだけ元通りに部屋を配置し直した。
覚えている範囲ではあるけど、まあ元々使っていない部屋もあったし、ざっとでいいだろう。
俺たちの目の前を、部屋の塊がびゅんびゅん飛び交う。
メリッサはそれをあぜんとした顔で見ていた。まあ初見ではびっくりするよな。
「部屋を自在に動かせる、だと!?」
「『古城清掃人』のスキルの一つだよ。これがあれば城も動かせる」
「いや、これほどのことができる『古城清掃人』など聞いたことがない! 私の見たことある『古城清掃人』は、せいぜい部屋を一つか二つ増やせる程度で……!」
「へー。あ、城の中だいたい整理できたから、座れるとこ行こうぜ」
「か、軽いぞっ。ほんとうにすごいことなんだぞ、あなたがやったのは! さすが私の夫となる……」
「おっと? ごめん、何か言った?」
「ごほんっ。な、なんでもない」
そうして俺たちは三階のサンルームに向かったのだが。
「この窓素敵すぎないか、背が高くて日光がたくさん差し込むし、窓枠の飾りも粋だ!」
「なあこの踊り場は最高じゃないか!? ちょうど私の翼を広げられる大きさだぞ!」
「もしかしてアレは武器庫か? ドアは小さいが中は広いだろう? ふふ、私ほどにもなればそのくらいすぐに分かる、しかもドアはいかにも隠し扉らしいデザインだし、わくわくするな……!」
……とまあこのように、メリッサがあちこちで城の感想を言うもんだから、途中でめちゃくちゃ恥ずかしくなった。
と同時に、その誉め言葉を嬉しく聞いてる自分もいて。
なんだかんだで、作ったものに感想を貰えるというのは、嬉しいものだ。
やっぱり人間、他人との交流が不可欠なんだな。こいつはドラゴンだけど。
――そう言えば彼女の首の傷、一体どこでできたんだろう。だいぶ致命傷だったけど、やっぱり戦場に出ていたのだろうか。
後で聞いてみようと思いながら、俺は三階のサンルーム――天井がガラスになっていて、日光がさんさんと差し込む部屋に足を踏み入れた。
「ここがサンルームか! ほんとうだな、すごく日が当たる!」
「ちょっと暑いか? 日よけになる植物とか置こうかなって思ってるけど」
「いや、ドラゴンは日光が必要だからこれでいいと思うぞ。寄生虫を殺すために、定期的に日光浴しなければならないんだ」
「ほー、なるほどな」
俺は暖炉に火を入れて、お茶をいれた。女神がくれた物資の中に紅茶も入っててよかった。
メリッサは熱いカップを苦も無く受け取っていて、熱に強いんだなあと感心する。
しばらく満足げに部屋を眺めていたメリッサだったが、ややあってがばりと立ち上がり、俺の手をぎゅうっと握りしめた。
「――頼みがある、サトー」
「なに」
「私の専属『古城清掃人』になって共に暮らしてくれ!」
「……はあ?」
専属とは何のことだ。話が読めない。
っていうかメリッサの手汗がすごい。
「私たちドラゴンは、宝石や宝飾品、高価な武具といったきらきらしたものが大好きだ。だがそれより大事なものは、それをコレクションし、自分が寝起きするための場所――すなわち、城である」
「はあ」
「城といってもそこいらにあるような、ニンゲンの居城を借りたようなものではないぞ?」
「あ、人の作ったお城はだめなんだ」
「だめに決まっている! ドラゴンの城はな、自分の大きさに程よくフィットして、お宝も大量にしまえて、居心地が良くて、他人に自慢できて他人を招待できて内装は品よくだけどゴージャスで武張っていてユーモアもあって楽しくて、」
「お、おお……」
その後のマシンガントークは正直よく聞き取れなかったが、要するにドラゴンにとって、住まいというものは非常に大きなウエイトを占めるらしい。
メリッサは白い頬をうっすらと赤く染めながら、理想の城について語り続けている。
「そんな私たちの理想を叶えてくれるのが『古城清掃人』なんだ!」
「おお、俺が出てきた」
「そう、あなたの出番だ! 『古城清掃人』は城の中の全ての権限を持っている」
「まあそうだな」
「『古城清掃人』がいれば、毎日内装を変えることもできる。お宝を大量に持って帰ったのはいいけどしまう場所がないな、なんてこともないし、急に来客が来ても安心だ! 要するに『古城清掃人』を有しているのは、ドラゴンにとっては一種のステータスなのだな!」
なんか、めっちゃ有能な専業主婦、みたいな扱いになってないか『古城清掃人』?
まあいいけど。
「でも俺、異世界から来たし、そこまで役に立てるかは正直分からんぞ」
「異世界?」
俺はメリッサに、クラスごと異世界から魔物を倒すために召喚されたこと、女神によってこのジョブが与えられたことを話した。
「まあ、俺のジョブって戦闘向きじゃないじゃん? だからその、ついてくるなって言われて、一人でこの城に住んでるわけだけどさ」
「確かに戦闘向きではないが、唯一無二の貴重なジョブだぞ!? そんなあなたを置いていくなど……ふん、女神が召喚したといっても、阿呆の集まりなのだな。価値の分からぬサルどもめ」
そう言ってくれたので、少しだけすっきりした。
確かに。異世界に来て早々グループを追い出すとか、なんていうか、せっかちすぎるよなー。
ところで、魔物の中にはもちろんメリッサも含まれるので、俺と彼女は敵対することになっていたわけだ。
そのことについてはどう思っているのか聞いてみると、メリッサはふっと笑った。
ちょっと皮肉っぽいけど、かわいい笑顔だ。
「私の命を救っておいて、今さら私と殺し合いをするとでも? サトーがそれほど好戦的なニンゲンであるようには見えないが」
「まあ、基本的には争いごとは嫌かな……。運動神経とかあんまないし」
「だろう? だからあなたは私専属の『古城清掃人』になって、わ、私と一緒に暮らすべきゃ……暮らすべき! なのだ!」
「なんか噛まなかった今?」
「噛んでないっ」
メリッサ専属の『古城清掃人』になる、か。
まあ、ここで一日城の中をいじくるのも飽きてきたし。
この世界でドラゴンがどんなふうに生活しているかも気になるし。
ここはいっちょ、やってみますか。
俺は心なしかそわそわしているメリッサの方を見る。
なんでそんな落ち着きないんだ。告白の返事を待ってるみたいだぞ。
「俺は専属の『古城清掃人』になって、きみの城を掃除したりすればいいのか?」
「そして共に暮らす! ここ、大事なところだぞ!」
「ああ、うん、きみが良ければ一緒に住もう」
「~~~~~~まことか!! 前言撤回はなしだぞ!!」
メリッサの尾が犬みたいにぶんぶん振り回される。
彼女はにっこり笑って身を乗り出すと、ちゅ、と俺の頬に触れるていどのキスをした。
お、おお。ドラゴンって意外と情熱的。
「これが誓いのキス、というやつだろう? ではこれからよろしく、サトー!」
「ん。こちらこそ」
誓いのキスなんてオーバーだなぁ。さすが異世界。
メリッサは満足げににこにこしていたが、やがて何かに気づいたように渋い顔になった。
少しだけ声をひそめて、耳打ちするように、
「あと……その、私たちドラゴンがそこまで得意じゃない、幽霊についても、対処できるよな?」
「え? 幽霊? きみたちは幽霊が苦手なんだ?」
「にっ苦手とは言っていないぞ。ただちょーっと、そこまで親しくはなれないっていうか……」
「つまり苦手なんだな」
そう言うとメリッサはぷんすこしながら、
「だってずるいじゃないか! 火を噴いても酸をかけても死なないから、脅して言うことを聞かせることもできない! それでいて、財宝の影からひょっこり顔を出して、私たちを驚かせるし!」
「ドラゴンの苦手なものが幽霊とか。面白いな」
「だから苦手ではないと言っているだろう!」
そう言えば『剣闘士』になった松田は、このことを知ってるのかな? 一生教えてやる気なんかないけど。
引き続きぷんすこしているメリッサを、にまにまと見つめていると。
「へええ、苦手なんだぁ?」
と、背後から声がした。
慌てて振り返った、そこには――。
体が半透明で、長い髪を海藻のように揺らめかせながらぷかぷか浮いている、女性の姿があった。