再生
例えるなら、飛行機から雲越しに街の様子を見降ろすような。
アリが巣から出入りするのを観察するような。
波の動きを描き移すために、刻一刻と姿を変える水しぶきを見つめているような。
……と、並べてみたものの、実際の俺の感覚を表すには全然足りない。
それくらいの情報量が俺の頭に流れ込んできていた。
「大丈夫か、サトー」
額に汗をにじませる俺を見て、メリッサが心配そうに顔を覗き込む。
ドラゴンの「元」皇帝は、どこか憐憫の情のこもった声で言った。
『無理もない。ドラゴンを統べるものという概念は、ただの人間には重すぎる』
俺は今、ドラゴンの皇帝となり、広大な領土をものにしていた。
ドラゴンの皇帝になるための儀式は、想像よりはるかにシンプルだった。
「権限を委譲する」とドラゴンの皇帝が宣言し、鱗を一枚もらって、それでおしまい。
俺の意識は、領土内の全ての事象を観察する。
――なんていうとなんかかっこいいけど、実際は腕が三十本くらいに増えたような感じだ。ムズムズす るがスペックの向上は自覚できる。
領土内の全てが俺の『城』であり、この中にいる限り俺は無敵である。その確信があった。
けどこの作戦が上手く行って良かった。俺のジョブの練達度が低かったら、あまりの情報量に頭持ってかれてたかも。
そう考えると――油断は禁物。早めに事を終わらせた方が良いだろう。
心配そうな顔をしているメリッサに、笑みを返す。
「大丈夫そうだ。ただやっぱり長くはもたないと思う」
「そうか。不要かもしれんが、私たちドラゴンの力が必要になったら、いつでも言ってくれ」
さて。『古城清掃人』のスキルから見る、オルキルオトの光の柱について、だが。
アレを『大掃除』で消してしまうことは可能だ。
神話級の武器を強引に消してしまうことによって、俺に強大なフィードバックがかかることに目をつぶれば、それが一番簡単なやり方だろう。
しかし俺に死ぬ気はないし、そもそも邪魔なものをただ削除することについては抵抗がある。
――だってそれって、俺のことが気に食わないからって理由だけで、即追い出した松田と、あんま変わんなくなるし。
「とすると、取りうる手段は結局『模様替え』だな」
『模様替え』は何も、石の壁を自在に操るだけが能じゃない。
この力のポイントは、元々あったものを「解体」して、思うがままに「再構築」するところにある。
この力を使って、オルキルオトが取り込んだ松田と女神、それを解体して、元通りに組み立てなおす。
……人間を組み立てなおすのは初めてなので、上手く行くかは分からないけれど、やってみるしかないだろう。
松田も女神も、ほとんど原型をとどめないまま、オルキルオトに飲み込まれていっているようだ。
同じ人間である松田はともかく、女神を再構築できるか全く自信がないが、余ったパーツをつぎはぎすれば何かしらの形にはなるだろう。
昔からブロック遊びとかは得意じゃなかったけど、まあ、人生得意なことばっかりじゃないよな。
「――『模様替え』」
世界がうごめく。オルキルオトにゆっくりと手を伸ばし、その要素を無慈悲に解体する。
言うまでもないことだが、俺は神話級の兵器であるオルキルオトを破壊できる力は持たない。何しろ一般人である。
しかし、俺の『城』の中であれば。俺に変えられないものはないし、俺を上回るものは存在しない。
要するに概念の問題。俺が最強である、という状況を作り出してしまえば、相手が何だろうと関係ないのは楽っちゃ楽だな。
『……!?』
動揺の気配。果たして誰のものなのか。
俺は気にせず光を解体してゆく。純粋なパワーとしての魔力と、松田や女神が持っていたたくさんのジョブやら魔法道具やらを仕分けして、残ったもので松田をもう一度作り上げる。
パーツの数はざっと数百。これはめんどくさいと思い、松田に話しかける。
「松田。まーつだ」
『……』
「おい狸寝入りすんなよ、お前の腕どこやった」
『……』
「返事しないとコブラみたいにするぞ。それはそれでかっこいいかもだけど」
ふっと誰かが笑う気配がした。姿はない。
ただ、声が聞こえた。
多分ここにあるのは、松田の精神なのだと思う。よくわからないけど。
『……元々もう、ほとんど人間じゃなかったからな』
「どういうことそれ」
『女神にそそのかされて、たくさんの魔物を殺した。俺の全身はほとんど奪った魔物の体でできている』
「あーそういやそうだったな。そしたら適当に組み立てていいか」
『何のために』
「オルキルオトからお前を分離させるためにだけど?」
またしても嘲笑の気配。分かっちゃいたが失礼な奴だよほんとうに。
だけど、女神に心を操られている、みたいな気配はない。松田の心の剥き出しの部分を見せてもらっている感じだ。
意外と静かな人間だったんだな。松田。
『お前なら、俺ごとオルキルオトを破壊することもできるだろう。分離してどうする。ああ、俺を人間に戻して、それから復讐したいのか』
「は? なんの復讐?」
『お前を追い出したことへの』
「それ俺心めっちゃ狭くないか? いや野村さんが一度お前をぶん殴りたいって言ってたから、人間のカッコに戻しといた方が楽かなって」
『……そうか。そう言えばそうだった。俺は最初からお前に相手にされていなかったんだよな』
淡々とした、けれどどこか寂しそうな声。
「相手にしなかったのはお前の方じゃんか。ねえ待ってマジでお前の体再構築するのめんどくさいんだけど、大まかな所は俺がやるからあとは自分でやってくんね?」
『相手にしなかったのは、俺の方?』
「うん。だってお前、クラスにいる時からずっと、俺が何言っても反応しなかったじゃん。だから俺とは関わりたくないのかと」
文武両道である松田が、スクールカースト最下層の俺に何か用事があるとも思えなかったし、それはそれで良いんだと――あるべき姿なんだと思っていた。
けれど、今松田がびっくりしているところからすると、意外とそうでもないらしい。
ま、今となっては気にすることもない話だけどな。
「両手両足はくっつけた。細かいとこは自分で頼む」
『佐藤』
「ちゃんと野村さんに殴られておけよ。あんな穏やかな人が怒るのって相当だし」
松田はため息のようなものをついた。
『……及川たちはどうしてる?』
「無事無事。上手く逃げたみたいだぞ」
『そうか。ならいい。佐藤、すまなかったな』
一人の人間が形作られ、オルキルオトの外に再構築された。野村さんが迅速に見つけて、ぶん殴ってくれることを祈ろう。
さて、次の問題は、女神をどう構築するか、だな。




