意外と、いやかなり楽しい古城生活
「んー、古城つってもこんなでかいのか」
俺が飛ばされたのは、静かな森の中にある古城だった。かなり大きい。周りに人の気配は全くない。
早速中に入ってみると、古城の様子が自動的に頭に入ってきた。
「おっ。城の名前はグラッドウェル城で、グラッドウェル伯爵の以前の別荘だった、と……」
ダウンロードされるみたいに、城の情報が入ってくる。俺の脳内に、古城のマップが形作られた。
それを自然に受け入れている自分が面白い。なるほどこれが『古城清掃人』特有の能力か。
「部屋数二十三、東のダンスホールが特に修繕が必要で、最上階の開かずの間には幽霊がいる……ゆ、幽霊? 何それそういうのを退治するのも俺の仕事なわけ?」
でもなんとなく、幽霊を放置していると居心地が悪く感じるのは、俺が『古城清掃人』だからだろうか。
例えるなら床にこぼしたジュースのように、ふき取りたくてたまらなくなる。
まあ、幽霊はもう少しこの生活に慣れてから対処しよう。
「掃除したからって、魔物が倒せるわけじゃないし、誰かに褒められるってこともない。そもそも誰にも使われてない場所だし、手を加えても意味なんてないんだろうけど――」
でも『古城清掃人』は俺にだけ与えられたジョブだ。
最弱ジョブだし、何の役にも立たないけれど、だからこそ俺がそのジョブを堪能して、活用してやらねば報われない。
「掃除して悪いこともないだろ。綺麗になった城なら、買い手がつくかもしれないし」
金があれば、村に住むこともできるだろう。異世界人ということで最初は警戒されるだろうけど、まあそこは何とかするとして。
当面の間は一人を楽しもう。そして、人恋しくなったら、古城を売って金を作って、手近な村を訪ねてみる。
――うん、現実的なプランだ。
将来への見込みができてくると『古城清掃人』というのも、なかなか悪くはないのでは、とさえ思うようになる。
クラスメートから使えないヤツというレッテルを貼られた時は、どうしてこんな目に……と絶望感を味わったけど。
「そもそも俺、元居た世界でも、使えないヤツだったしな」
友人と呼べる人間も少ないし、家族関係も良いわけじゃなかったし。
そう考えるとこれは良い人生リセットかも。
俺はあっさり割り切って、古城の清掃に取り掛かった。
古城の清掃は、意外なことに、ほうきや雑巾を持って行う仕事ではなかった。
ゲームみたいな感じで、部屋に入って特定の呪文『清掃』を唱えれば、もう部屋がぴかぴかになる。
「う、この部屋はネズミが多いな……。『駆除』っと」
そう唱えれば、部屋じゅうにいたネズミはぱっと消えうせた。
埃には『清掃』を、害虫や害獣には『駆除』を。
部屋の家具を、自分のイメージしたい場所に置きたいときは『模様替え』と唱えれば事足りた。
「肉体労働がないのは楽だな。この調子だと一日で掃除が終わっちゃいそうだな」
東のダンスホールは、床にあちこち穴があいていたけれど、『修繕』と唱えたら自然に直った。
修繕に使う木材は、勝手にどこかから運ばれてきたようだ。
「ふーん、修理する場合でも、材料を調達する必要はないのか」
ふと思いついて、椅子を作ってみる。簡素な木のロッキングチェアだ。
「『製造』。……おおっ、イメージ通りの椅子だ。これで暖炉の前でゆらゆらしたら楽しいぞ」
暖炉の火も、俺が手をかざすだけで灯る。古城に引きこもっている分には、そうとう便利な能力だ。
ただ、古城の外でこの力は使えない。あくまで俺は、古城の中で、古城での暮らしを豊かにするためならば、魔法を使い放題ということらしい。
「これって、テレビとかも出せたり……。あー、さすがにこの世界にないものは作れないか」
紙か羊皮紙くらいならあるだろう。『製造』の呪文でこの国の本を大量に出しておいて、暇ができたら読むことにした。
転生してきた時に、このブラックフット国の基礎的な知識は女神に教えられたし、文字や言葉に苦労はないけど、歴史とかまでは分かってないしな。
さらに俺は、部屋の場所を自由に変えられることにも気づいた。
パズルみたいに好き勝手に組み替えられるので、極論、城の形を変えることもできる。
例えば自分の寝室の周りに、風呂や図書室や遊戯室を集めて、城の端から端まで移動しなくてもオッケーなようにする、ということもできるのだ。
俺はさっそく寝室を二部屋ぶち抜きにして、キングサイズほどのベッドをしつらえた。
そうして俺は、古城の中を清掃し、家具を整え――飽きたら本を読む、という最高のスローライフを送り始めたのだった。
*
瞬く間に二週間が過ぎた。古城での一人暮らしは、俺の性に合いすぎていた。スローライフ、最高。
散歩がてら、森の中にある泉に、冷たくて新鮮な水を汲みに行く。
「今日の朝飯は、ヤギのチーズとハムでホットサンドにしようかな」
ホットサンドメイカー、なんてものはこの世界にはないけれど、鉄でできていて、具材を挟める構造になっていれば、だいたいホットサンドっぽいものが作れる。
暖炉の直火で作るホットサンドは、かりかりのとろとろで美味しいのだ。
「なんかこう、自分で作った道具で料理するのって、いいよなー。そのうちヤギとかも飼ってみようかな。育て方とか教わったりして」
充実感がある、とでもいうのだろうか。自分の意思で行動できることが、こんなに精神衛生上良いものだとは思わなかった。
掃除すると目に見えて古城が綺麗になっていくのも、良い。努力が正しく報われる感じがする。
「さーて泉は……って赤っ!」
透明度が高く、いつも澄んだ青色をしている泉が、今はどす黒い赤で染まっている。
赤黒いそれの出どころをたどっていくと、信じられないものを目撃した。
泉のほとりには、一頭の大きなドラゴンが横たわっていた。




