変人巫女との覚書
1
今日は珍しく部活動への訪問者がいた。
普段、教師から活動しているのかいないのか分からないと言われ続けた幽霊部員ならぬ幽霊部活動「オカルト研究会」の久しぶりの依頼だ。確か最後の依頼は夏休みだったので実に一ヶ月ぶりとなる。
そして今、僕の目の前にいる少女はもの凄く喋りずらそうにしている。
それも無理ないだろう。
彼女は僕がいることで喋りずらいのでは無く、僕の隣にいる部長の顔色を伺っているのだ。おそらくは顔色を伺っているのは間違いで、単に喋りたくないだけだろう。
部長こと渚は僕と同級生の高校二年生。家は神社で霊感がもの凄く強い正真正銘の巫女。
しかし、学校での評判をもっとも簡潔に正確にたとえるならば、残念美女である。
理由はこの部活動「オカルト研究会」を新規創設したとして一年生の時に話題となり、部員集めはせず、彼女自身が気に入った生徒しか入部させないという異色のものだったからだ。
その結果、部員は部長である渚を除いて僕一人である。しかも、勧誘時の台詞は「あんた、もの凄い数の守護霊がついているわよ。一体全体、どんな前世を送ってきたのかしら?」であり、新手の悪徳商法を思わせるものだった。
「ほらほら、黙っていないで何か喋りなさいよ。お茶飲みに来たわけじゃ無いんでしょう?」
腕組み、脚組みしながらやや高圧的に渚は首を傾げる。
あんたのせいじゃないかな、と心の中で突っ込んでおく。
少女もハッと我に返り、裏返った声だったが、用件を言い出した。声こそは裏返っているが、芯はしっかりとしているように聞こえる。
「今、体育祭の準備をしているんですけど、木曜日の放課後に別館の二階で幽霊っぽいものに出会っちゃって……みんなは男子のいたずらだろって言うんですけど、私、確かに見たんです!」
「……わかった。まあ、任せてくれたまえ」
「あ、ありがとうございます!」
少女は明るい声で礼を言うと部屋を後にした。
床を踏むリズムカルな音をバックに渚は呟いた。
「体育祭か。出たくないな、めんどくさい」
2
時刻が午後六時を回った頃。
僕らは別館へと足を運んだ。
別館と言っても、よく漫画で見るような旧校舎だった経緯は無い。
僕らの通っている学校は普通科以外に商業科と福祉科の二つの学科がある。普通科と商業科は別館とは無縁のカリキュラムだが、福祉科は違い、看護や介護の実習で利用している。その他にも、茶華道部や生徒会が使っていたり、学校行事の時しか使われない荷物などが置かれる物置などとして使われている。
「いつもなら作戦を考えた上で見回りに行くのに今回はどうして考えもしないで足を運んだんだ?」
「学校に出る幽霊ってのは相場が決まっているものなのよ。それに、少なくとも私はこの学校で三人の落ち武者と一匹の妖怪と守護霊の強い人間一人にであったわ」
「一番最後は僕じゃ無いですかね? てか、落ち武者いたの!」
ケラケラと渚は笑った。
学校に出る幽霊は相場が決まっている、と言っているところを見ると、おおよその見当はついているのだろう。
一年の時のゴールデンウィークや今年の夏休みの出来事と比べればずいぶんと楽なもので助かる。
「今回はずいぶん楽だなって思ったでしょう?」
「え、どうして分かったんだ?」
「私はこれでも巫女なのよ。読心術なんぞお茶の子さいさいだ」
胸を張って自慢げに渚は言った。
まあ、と続けるようにして再び口を開いた。今度は重い空気を感じさせる。
「ゴールデンウィークで出会った陰陽師なんて今のご時世、そうそう生きているもんじゃ無いわよ。あと夏休みに相手にした妖怪は分が悪すぎるわ。代を重ねるごとに巫女の力は弱まるものだから仕方が無いことなのかもしれないけれど」
鋭い眼光をしていた。
自分自身の力不足を痛感し、怒っているような瞳。そんな渚はちょっとだけ別の世界の人間のように感じてしまう。
二階の大広間に着いた。
体育祭のパネルはここで作っていると話を聴いている。その証拠に床に着いた絵の具が目に留まる。だが、絵の具とパネルがあるだけで人は僕たち二人しかいない。
「ジャストタイムね。この時間には帰り支度をするようにって生徒指導部から言われているらしいから好都合よ」
渚が鼻で笑いながら頬を緩めた。
夕焼けの明かりに照らされる一室。時計は午後六時十分を指している。
時刻的には、放課後と言うよりは帰宅時間だ。依頼してきた少女の言っている時間では無いのでタイムオーバーな気がする。
「痛って」
何の前ぶりも無く、首の付け根、具体的には脊髄に静電気のような感覚が走る。その衝撃は口の中もわずかにシビれさせ山椒を食べたときとは別のシビれを引き起こす。
同時に頭にズンとした重みがのしかかる。頭痛とは違う痛みで目と耳にもその重みが伝わってくる。
「出たのか? 少なくとも私の巫女の力では感じ取れないが――まあ、すでに今日のエンカウント上限なようね。出直しましょう」
渚はそう言うと肩を貸してくれた。
そして今日は家へ帰ることとなった。
翌朝、学校に登校すると僕の席に渚が座っていた。クラスが違うのによくできるな、と感心してしまう。
「あら、ずいぶんと遅いわね。今日も部活はあるわよ。あとこれ」
眠そうな声で言いながら僕に小袋を渡した。
中を見なさい、と渚はジェスチャーする。
袋を開けてみると中には二つのお守りが入っていた。
「無いよりもは気持ちが楽になるって思ってね。まあ、家の神社で売られているものだかそこまで強い御利益があるわけじゃ無いけど」
あくびをしながら手を振りつつ自分の教室へと戻っていった。
3
放課後の午後四時頃。
僕は部室へと向かった。
体育祭が近いと言ってもこの学校は当日の二週間前になってから練習が始まる。そのためか完璧な運営が難しく、運営の主体となっている生徒会でも教職員でも柔軟な対応ができていないことが多い。特に教員の練習不足は見て取れ、言っていることが人によってそれぞれ違うなんて日常茶飯事なものである。しかも、その原因は生徒会担当の教員で無く全くの外野で年配者が作り出していると言っても過言では無い。
その八つ当たりとしてか少しのことで一般生徒に文句や怒るのは教師としてどうか、とよく話題になっている。心底やめて頂きたい。
やる気の無い足取りで部室に入るが誰の姿も無かった。
普段なら部長である渚がすでにいるのだが……珍しいこともあるものだな。
窓の外を眺めると運動部の姿や彼氏彼女連れの姿、イソイソと帰路を急ぐ者の姿があった。 この学校は女子生徒の率が若干高く、その理由には福祉科が関係しているだろう。だからと言うつもりは無いのだが、彼氏彼女持ちが他校と比べ高い。顔面偏差値で言えばあまり高くないし、むしろ低いと言われているらしい。また、目の肥えた人たちが可愛いというような女性とは性格に難があると言われる。その例が渚のような趣味が世間受けしない残念美人である。自分の主観で言うのであれば、可愛い子は多いと思うし、渚も趣味さえ合えば話しやすい人だし残念じゃ無いところの方が多い。
「なあに、物思いにふけっているんだ?」
「え、ああ、ええと……」
声をかけられるまで渚に気がつかなかった。腰を曲げて意図的に上目遣いでのぞき込んでいるように見える。あざといと言うことを分かっていてあざとくしている顔だ。
まさか、あんたのことを考えていたんだなんて答えれるわけも無いし、そんな度胸は僕には無い。
「この学校の生徒の特徴を知るために人間観察を……」
「暇なのね。その様子なら今日は大丈夫そうね」
「体調なら万全だよ。メンタル的にも今朝のお守りがあるし大丈夫のはずさ」
だったらいいけど、と言って渚はハンドサインで行くぞと指示を出す。
4
時刻は午後四時三十分。再び別館に訪れた。
体育祭が近くなってきたからか、パネルを手伝う三年生が増えてきたように感じる。
そんな中に二年生である、僕たちが来たのはまるで異物を見るような視線を感じさせる。
「ったく、あんたたちが気になるからって調べさせている癖してなんて態度かしら」
渚はご機嫌斜めといった様子で別館へと入った。
階段を上り二階へと昇る。
前と違い、頭に痛みは感じさせない。これも、渚のくれたお守り効果だろうか。
「ちょっとお手洗いに行くわ」
「前までついていきますよ」
「……覗くつもり?」
「いやいや、幽霊が出てこられると心配なんで」
「私は巫女よ。トイレに出てくる程度ならなんとかなるわ。それに、私が悲鳴を上げたとして、女子トイレに入られても困るんだけど。逆もまたしかり、最中に出会ってもなんとかしなさいね」
悪党がしそうな笑みを渚は浮かべていた。
二階の奥にあるトイレの手前で渚と分かれる。トイレの前で待っていると、また何か言われそうなので周囲を歩く。
一階とは打って変わって二階には人影が無く、体育祭に使う小道具しか置いていない。しかし、掃除は行き届いており、別館といういかにも学校の怪談になりそうな場所には似つかないような印象を受ける。
僕自身あまり場数をこなしているわけでは無いのだが、幽霊などが出るような雰囲気は全くと言っていいほどに無い。
「ごめんごめん、遅くなったわね。あと、これ。渡しそびれていたわ」
渚が戻るや否や、ポケットから箱を取り出した。
中を開けるとその中には眼鏡が入っていた。
「私は無くても見えるんだけど、君は下級の幽霊が見えないでしょ。私のお父さんが作った伊達眼鏡なんだけど、こっそりと借りてきたわ。壊さないでね」
「持ってきたらお父さんが困るんじゃないのか?」
「もう見えるようになったらしいわ。その眼鏡になれると、瞳になんかが宿るらしいわ」
「そんなもん、いらないんですけども……」
「あら、見えないものが見えるって言うのも面白いものよ」
渚は高笑いを浮かべた。
5
時刻は午後五時を回った頃。
カラスの声が止み、あたりに気味が悪いほどの静寂が襲う。
軽い頭痛と共に髪が少し逆立つのを感じる。
そして、僕の目の前に白すぎる少女の姿が出現した。アルビノとまでは行かないにしても、その透き通るような肌は、健康的という言葉とは正反対に位置しているようなほど病的に白い。
渚にもらった伊達眼鏡を外してみると何も見えなかった。弱い霊のためか、僕には見ることができなかった。
「あなたが今回の幽霊騒動の幽霊ね。まあ、害は与えてないみたいだし、ぞちらが何の目的がなんなのかだけ教えてくれるなら、成仏の手伝いくらいならしてあげられるわよ」
渚はぶっきらぼうにそう言うと幽霊は複雑な表情を浮かべた。
驚きとうれしさ、その両方を併せ持つような顔はやるせなさを感じさせる。
「あなたが……巫女のかたですね。私もお迎え……約束の時が来てしまったようですね」
彼女は少し天井の方を見上げた。その意味はわからないが、微笑みも浮かべていた。
そして彼女は視線を落とし、一呼吸をおいて僕に尋ねた。
「そちらの男子にお願いがあります。あたしと――あたしと一緒に運動会に出てはくれないでしょうか?」
思わずあっけにとられてしまった。渚も二度見をしているほどには驚いていた。
その内容があまりにもタイムリーな内容ということにも驚いたし、なぜ僕なのかと言うことも不思議だった。
過去の無念によって成仏できずにいるということはよくあることらしいが、彼女の色白さを見るにスポーティーな感じがしないので、体育祭という線は薄くは無いだろうか。
それに通常、成仏をしたい場合は見える一般人より巫女や霊媒師といった専門の人間に頼むことが多いと聞いていたからだ。
少なくとも、端っから疑いをかけるのはよくないけれども。
「なんで巫女である私では無くて彼を選ぶのかしら? 巫女の前で取り憑くって宣言することの意味くらいは、あなたくらいでもわかるはずよ」
「もちろんそのくらいは存じておりますとも。ですが、あたしはそちらの男子にお願いしたいのです」
「……」
もの凄く目つきの悪い、具体的にはお嫁に出せないようなレベルの鋭い目つきで渚は幽霊をにらみつける。
それに負けじと、では無いが、確かな意思を持って幽霊である彼女もうつろな瞳で渚を見つめ返した。
その沈黙を破ったのはあきれた顔をした渚であった。
「ふう、そこまで頑固って言うことはそれ相応の理由があるようね。でも、一応の軽い封印だけは受けてもらうわよ」
「ありがとうございます。本当にありがとう」
渚はポケットから白紙の札が貼ってある小さな箱を取り出した。
そして箱を床に置き、手首に付けていたヘアバンドで髪を結う。
何を言うわけでもないのに幽霊はその箱の真上に立った。
渚はその姿を確認し、右袖を腕まくりしながら深い深呼吸をした。
そして地肌の見える右腕を前へ突き出し、左手をそっと添える。
「一つ忠告させてもらうけど、この封印はあなた次第で封印を通り越して成仏もあり得るからね。そのときは恨んでもいいわよ」
目をつぶり、そっと耳元でささやくようなトーンで渚は詠唱を始めた。
なんと言っているのか、どんなに耳を澄ませても僕には聞こえることが無かった。と、言うよりは日本語だが、別の言語を喋っているように聞こえさせる。抑揚をつけず、ただただ読み上げるような感じだ。
そして、僕が箱の方に目をやると一瞬、明るい光に包まれた。
次に僕が目を開けると儀式はもう終わってしまっていたようだった。
儀式が終わると、渚は床に置いてある箱を手に取り僕に手渡した。
箱を見ると白紙だった札から文字が浮き上がっている。なんと読むのかは分からないが、書道の教科書に出てきそうな文字と言うことがわかる。
「我が家に伝わる式神術よ。まあ、レベルは陰陽師の足下にも及ばないけどね。呼び出し方は、『呼ぶ』感じの単語を言えばいいよ。かっこつけて、詠唱してもいいけどね」
結った髪をほどき、ほほえみながら言った。
試しに「出てきてくれ」と言ってみる。
すると、箱が開き中から先ほどの幽霊の姿があった。
「初めてです。使い魔になるのなんて。でも、この状態だと、足が無いのが直ぐに分かってしまいますね」
幽霊は呟いて目線を下にやる。
幽霊に足は無いと言う話は有名だが、先ほどまでも足は無かったのだが、本当に気をつけてみないとわからないほどだった。それが式神化すると無かった部分は封じ込められた場所から出ているように見える。
「擬似的にだけど、足くらいなら限界できるわよ。でも、あなたの体力を使うわよ」
「お願いします」
渚の問いに二つ返事で幽霊は頷いた。
渚はあっけにとられたような表情を浮かべながら、言葉を続けた。
「……えっと、あなたの体力を使うってことはもしかすると強制的にお迎えが来るかもしれないのよ?」
その忠告にも動じず彼女は渚を見つめた。
あきれ顔をしながら渚はその方法を幽霊に教えだした。
その後、一連の儀式を終えて家路へと着くこととなった。
「あの子、強いわね」
「あの子って幽霊のことですか?」
「ええ。何というか、怨念で強いタイプじゃ無くて生前の思いをそのまま受け継いでいる感じって言うのかしらね。私みたいな甘ちゃんじゃないと、式神化するっていいながら封印されてるって言うのに」
渚はあごに手を当て考えながら言った。
6
家に着き、すぐさま自室へ向かう。幸いなことに今、家にいるのは僕一人っきりだ。幽霊を相手に喋っていてもとがめるものは誰もいない。
「出てきてくれ。少し話がしたい」
僕はそう言うと、幽霊は目の前に姿を現した。
やはり、と言うべきか彼女と目は合わない。
「さっき聞きそびれたんだけど、なんで僕と一緒に体育祭に出たいんだ?少なくとも、僕は君と面識は無い」
「あなたは自分の守護霊が見えますか?」
幽霊は質問に質問で返した。上の空で答える彼女を見るに、僕に用があるのでは無く、僕の守護霊に用がある感じだろう。
「残念ながら生まれてこの方、守護霊は見たことが無いね。さっきの巫女は見えたことがあるらしいけど」
「……通りで察しが悪いのね。まあ、あなたにようが無いわけでも無いのだけれども。本命はあなたの背後霊よ。その方に話があるの」
「そうかい。でも、なんで僕の背後霊に用があるんだ?」
「秘密」
彼女はそう言って姿をくらませた。
渚もそうだが、僕の背後には一体全体、どんな霊が憑いているというのだ。
7
その日からしばらく、僕は夢を見た。
断片的だが、同じような光景の夢を見たのは初めてだったのでよく覚えている。
内容は、幽霊の少女と男と何か話していた。男の身なりを見るに、神主と言ったあたりの服装だった。
話している内容は覚えていないが風景はよく覚えている。
桜が舞っていたことを考えると季節が春と言うことがわかる。
だが、雰囲気はやや古風な印象だった。幽霊の少女の着ている服が和服だった。名前は分からないが、明治時代の女性が着ている和服だ。
そのことを僕が認知し始めた頃、幽霊の少女と男は指切りをしたところで目が覚めた。
「どうしたの、なんか夢でも見てた?」
「見てた。あ、君、いつ頃生きてたの?」
「女の子に連嶺を訊いているようなものよそれ。うーんと、軽く一世紀前だと思うけど」
それも、夢だったのかもしれないが、再び、僕は眠りについた。
8
体育祭当日。
それまで特に幽霊が何かしでかすことも無く、幽霊騒動という現象自体が無かったかのように日常は流れていった。
しかし、幽霊の方は役目を終えたようで、上の空気味だった目線が僕の方を向くようになった。
そして欠席者を除く全校生プラス一の人数で開会式が行われた。
やはりと言うべきか、幽霊は体育祭に出たいと言っていた割には乗る気で無いようだ。本命は背後霊、次点が不明だが、体育祭は単純に限界できるリミットと言ったところか。
そんなことを考えている内に第1の競技、第2の競技が終了し、午前の部も終わりが近づいてきた。
「何というか……運動会ってこんな感じだっけかな」
涼しい顔をした幽霊が新鮮なものを見る目でそう呟いた。ガッカリしているわけではなさそうだが、生前よりも体育祭のレベルが低下しているのだろう。
「こんな感じって言われたらそうだな。でも、小学校と中学校の方がもっと力を入れているって思うけどね」
「うーん、確かにそう言われるとそうなの……かな?」
「さすがに二週間の準備期間で予行練習も無いって言うのはやっつけ仕事だろ」
疲れて座っている僕の顔をのぞき込むようにして彼女も座った。
端から見れば一人で座り呟いている変人として移っているのかはわからないが、一つだけ訊きたいことがあった。
「守護霊とはうまくいったのか?」
「……ええ、まあ、そんなところ。だからこうして、運動会に参加しているのよ」
「君のは参加っていうより、見学じゃないのかね」
9
競技がすべて何事も無く終了した。
こう言うのは誤解を生むかもしれないが、少なくとも、僕にとっては何事も無かった。幽霊の件があるが、そのことさえも嘘のように思えてくる。
そして片付けが終わり、各自解散となった。
僕と渚はおもむろに別館へと向かった。
沈黙が続き、微妙な雰囲気の中で渚は口を開いた。
「そこの少年の守護霊の用事は片がついたのかしら?」
「……なんで知っているの?」
「私は巫女よ。そのくらいのことなら直感でわかるわ。でも、厳密にって訊かれると自信は無いけどね」
乙女には分かるのよ、と渚は軽く笑った。
再び静寂か訪れる。
「巫女さんのような性格なら私も悔いが残らなかったでしょうね」
「私は今を生きているもの。過去を生きていたあなたとは違うからね」
幽霊は目をつぶり、一呼吸置いてから口を開けた。
「あたし、逝くところに行くよ。巫女の言う通り、あなたの背後にいる守護霊と約束を果たすことができたから」
じゃあね。
その一言を最後に彼女は消えてしまった。
10
その出来事から一週間過ぎた頃。
渚が一つの絵と共に古い本を持ってきた。
絵は似顔絵のようで下手ながら特徴を捉えているような雰囲気だ。描かれた男は神主のような服装をしていた。まさしく、僕が夢で見たような人物だ。
「その絵みたいな人が君の守護霊なの。そしてこれ」
渚は本を僕に手渡した。
本を手にとってタイトルを見てみるが何も書いてなかった。
ページを少しめくると、日記であることがわかった。文字はかすれて読めないところもあるが、骨董品では無いくらいには新しいものである。
「その日記をつけていた人がこの前の幽霊騒動の子って言うのが私の見解なんだけど。内容をかいつまむと、彼女も見える人だったってことね」
「人の日記を読むのは気が引けるんだけど」
「ん……じゃあ、私が読んだ感想だけ言うと、彼女はかなりの乙女ね」
あらすじにもありますが、作者が高校1年か高校2年の時に書いた物語です。
人に読んでもらいたいな、と感じ作品への供養を込めて投稿させて頂きました。