第66話 進め
笠原の部屋には二瓶と子供たちが集まっているところであった。いつものミーティングであるといえばあるのだが、今日の犠牲者は昨日までそこにいた少女であった。そのメンバーが欠けるとは誰も予想ができなかった。
最後に有松が訪れると笠原がゆっくりと立ち上がった。
「では……全員揃いましたね……」
彼の声はひたすらに暗い。理由は言わずもがなである。
「今日の……今日の犠牲者は……田辺陽菜さんでした……。残念ですが……」
「誰か、連絡事項はありますか……」
笠原がかすれるような声で言った。しかし、同じくらい静かな衣擦れの音や呼吸音が返ってくるだけである。
「誰も……ありませんね……。誰も……」
その言い方はまるでこれまで誰かが何かを言っていれば、今日のようなことが起こらなかったとどことなく言っているようにも聞こえそうであったが、本心は知る由もなかった。
「では……明日の……明日の投票先は……」
ただでさえ凍えるような部屋の空気が一層冷たくなる。
「中川……中川政人に入れてください。守りの票は……いつも通り、栗林さんと私に分けて入れてください」
誰も声を発さない。小さく頷くくらいのリアクションを取るだけである。
「では、今日のミーティングはこれまでです。お疲れ……さまでした」
その号令をきっかけに参加者たちは次々に姿を消していった。ほんの数分にも満たないミーティングは情報を集約することも何もなく、終わった。
参加者が全員いなくなると、笠原はそこに突っ立ったまま頭を抱えた。
(俺は……俺は……)
今日の話し合いで何故田辺が死んだのか彼にも分からなかった。
(俺は……どうして……)
そして、どうやってそれを回避すればよかったのかも分からなかった。
(どうして俺はあの場で黙ってばかりだったんだ……。あの場で何か話していれば……もしかしたら変わっていたかもしれない。でも、どうして俺はあのまま黙っていたんだ……)
(どうしてだ……どうしてだ……どうしてだ……どうして……)
延々と考え続ける。考えても答えは見えない。
(何故……俺は……何かできることはなかったのか……)
笠原は一層頭を抱えた。しかしそうしても思いつかないものは思いつかない。さらに言えば、そうしたところで田辺が生き返るわけでもない。
「俺は……俺は……!」
笠原はその場に座り込むと身を縮めた。まるで田辺や他に死んだメンバーの亡霊が彼を責めているかのように防御の姿勢を取った。
(俺は……違うんだ……もしあそこで何か言っても変わらなかったんだ。でも……俺の責任なんだ……)
(俺は……)
*
「っし、セーフ!」
森本は自分の部屋で独り叫んだ。
「だよね! セーフだよね?」
「で、実際、昔は魔女狩りとかそういうのがあって無実の人が死んでいくことってあるじゃん? それと比べたら『透明な殺人鬼ゲーム』なんてたかが50人だし、よく考えたら戦争とか、テロとか、そういうのでたくさん死んでいるのに比べたら大したことないって。そう思わない?」
森本が饒舌に話をするも、誰も返事をする者はいない。
「そうだよね、だって毎年何人も自殺しているし、それだって誰かが悪いことをして追い込んでいるからじゃない? それって、犯罪にならないラインのところでいろいろやっているんでしょ?」
森本は手振りを添えながら話すのを止めない。しかし、返事は返ってこない。
「でもさ、そんなこと言っても、自分の命は自分のものじゃない? 逆に言うと、自分にとって大事なのって自分の命でしょ? 他人の命はさ、数字で見れるけれど、自分のはそうはいかないよね? そう、自分の命が一番大事、だよね。だから悪魔と契約しているんだけど……」
およそ自然でない言葉――悪魔と契約という言葉が現れても聞き手は何のリアクションも示さない。何故ならば森本が話している相手は……壁の染みだからである。
「どんなのかって言うと、洗面所からリビングの椅子まで10秒以内に移動しないといけないって賭けをしていてね。あっ、賭けているのは幸運なんだけどね、今のところ全戦全勝なんだ」
森本の目はくすんでいた。
「だからさ、ギリギリ1回くらいは僕に有利になるように働いていると思うんだ。だから、あれやっている意味はあるんだよ。……あるんだってば」
彼は言い訳をするようにブンブンと手を振ると、壁の染みを叩いた。
(だから、意味なくなんてないんだよ。ないんだって……。ないんだ。少しずつ賭けに勝っていれば、少しずつ積み重ねていれば、ピンチの時に1回くらい発動するんだよ……。だから、意味、あるんだってば……)
壁の染みはつまり、汚れである。汚れが残り続けているのは要するに、森本がそれを潜在的に必要としているからであった。
「だからさ、意味ないことなんてないんだよ……。えっ? 賭けを増やさないのかって?」
彼は誰からのものでもない質問を口に出した。
「いや、できるならやりたいんだけれどさ。悪魔側にも事情があるじゃん。そんな不利な賭けにばっかり乗るわけがないからさ。ちょうどいい賭けじゃないとだよ。今の洗面所からここの椅子に移動するときは10秒以内って賭けも、成功したらほんの少しだけ幸運になる代わりに失敗したら死ぬって条件だから何とか乗ってくれているんだって。……でしょ?」
同意を求めて投げかけるも壁の染みから返事は返ってこない。
「他にももっと条件を付ければいい? いや、それだと複雑になりすぎるじゃん。それでミスったら死、だよ。あっ、そうそう、うんうん」
「だからさ――」
**
秋
秋、食欲の秋、読書の秋、色々な秋があるけれどもやっぱりニニィは紅葉かなって思う。一面が落ち着いた色合いのグラデーションに染まっているともう見とれてしまう。でも、注意して。そういうところって大体地元民がいて、それらと利害関係になると色々と要求してくることがあるんだ。だから、正確に言えば知らない土地の紅葉が素晴らしいって話だよね。むしろ地元民と関係があるなら、嫌なことと紅葉を結び付けないようにそこのは見ない方がいい。遠くの山の方が圧倒的にきれい。
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