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第4話 選ばれろ

 柘植は瑞葉と共に自室に戻ると、冷蔵庫から水を出して椅子に座っている瑞葉に渡し、自分も座り、深く息を吐いた。それから水を一口飲んでようやく気持ちを切り替えると、自分を見ている瑞葉の方を向いた。


 「大丈夫?」

 瑞葉は頷いた。


 「それなら、また明日」

 柘植はそう言ってから声に出さずに口だけで、「30分後に、教えたとおりに」と続けた。瑞葉は小さく頷くと、スマホの「カードキー」を使って自分の部屋に戻っていった。


 柘植は洗面所へと向かった。そして無造作に、しかしやや心地悪そうに服を脱ぐと、用意していた洗濯籠に放り込み、湯を張り、スマホとタオルを持って浴室へ入った。


 (2日目からする人物がいるとは思わないが……、いたとしても私たちを狙う理由は……、どんな情報でも手に入れる価値があるか。弱みを握れば、自分の生き残る確率が上がる。ただし――)

 湯船に浸かりながら柘植は考える。

 (気づかれたら、どうする? 積極的に全員を敵に回、さないのか。その人だけが狙いだった、理由は、何でもいい、因縁をつけて。それが全員のためであるかのようにアピールすれば、話し上手なら、誤魔化しきる事ができるだろう)


 (むしろ、積極的に探していた方が怪しまれるだろうか? 自分がした、あるいはするつもりだからそういう考えで行動すると……。まあ、何にしても、両方とも投票されて終わりか)


 柘植はそうやって頭を動かしながらも、その豪華な風呂で何とかリラックスするように努めた。そうしなければ残り最大で48日、乗り切れるとは思えない。


 (さて、あるかな)

 浴室から出ると、柘植が洗濯籠に入れた服はきれいになくなっていた。そして、代わりの衣類がその横と近くのポールにかかったハンガーに用意されていた。


 (流石に……、盗聴器も盗撮機もなかったか)

 柘植は肌触りの良いタオルで水気を取ると服を着て、ドライヤーで髪を乾かし、洗濯籠から参加票を回収した。



 柘植が時間ぴったりに来た入室申請に応じると、やや上気した瑞葉が先ほどと同じ恰好で現れた。


 「あった?」

 瑞葉は首を横に振った。

 (服の折り目も……元に戻っているな)


 「今日の話し合いで何となくグループが分かった。寝室で話そう」

 柘植は、一旦キッチンに向かい、ペレットを棚から取り出すと、寝室の前で立っている瑞葉に気付いた。


 (ああ、鍵をかけていたんだった)

 柘植が鍵をポケットから出して扉を開ける。瑞葉は柘植の後に続いて寝室に入ると、隅に置かれた椅子2脚とラウンドテーブルのところまで行き、その一つに座った。


 柘植はそのテーブルに自分と瑞葉の分のペレットを置くと、ベッドのフットボードの傍まで行き、その下を持って思い切り持ち上げた。ベッドの裏側にはホワイトボードが打ち付けられており、各参加者の名前と顔が入ったマグネットが貼られていた。


 (……)

 柘植は青井のマグネットを剥がすと、草野のマグネットの上に重ねた。瑞葉はそれをじっと見ていた。それから柘植は自分の分のペレットの袋を開けて数個口に入れると手を拭き、ホワイトボードの近くに椅子を持っていった。


 「瑞葉。食べながらでいいから聞いてくれ。今日分かったのは参加者が7グループ程度に分かれていることだ」

 柘植は瑞葉がペレットの袋を力いっぱい開けようとしているのを見て、自分がやった方が部屋中に飛び散る心配もないのだろうかと考えて、手伝おうと腰を上げようとしたとき、袋は無事に開いた。


 「うん。それで、分かった7グループは、まず時田と中川、後はこの辺りの――」

 柘植がマグネットをいくつもまとめて摘む。

 「が、1つ目。時田か中川がリーダーに見えた。2つ目はその隣にいた野口たちだ。同じような年の子供たちだな」

 「3つ目は……あれだ、水鳥だ。彼と、女子や若い女性のグループ」

 柘植は自分で言いながらも、本当にこのグループは存在するのか、自分が知らないだけで、あの年代にはそれほどまでに人気があるのだろうかと考える。柘植は、マグネットを動かしているうちに、そう言えばそうだったことに気付いた。

 「瑞葉。水鳥はそんなに人気があるのか?」


 瑞葉は首をかしげるとメモ帳とペンを取り出した。

 『よく分かりません』


 「そうか。それならこのグループは仮にしようか。4つ目が、吉野が率いる中年以上の女性たち。これは分かりやすかった。明らかに頼りにしていたからな」

 柘植はマグネットを手早く剥がすとまとめて隅に貼りつけた。それから、一旦水を飲み、同じように水を飲んでいる瑞葉を見て、話しについて来ていることを確認した。

 「それで、5つ目が影山たちだ。ざっくりと同じ年代くらいの男女だろうか、よく分からない。瑞葉は?」


 『よく分かりません』

 先ほどのページにはいつの間にかデフォルメされた猫の顔が描いてあった。年相応のところもあるのか、と柘植は思った。同時に、本当に話を理解しているのか不安になった。マグネットを簡単に動かすと柘植はペレットを口に入れている瑞葉の方を向いた。


 「6つ目は松葉と別宮のいるグループ。まとめ役は……いないのかもしれない。ここも分からない。7つ目が笠原と子供たちだ。笠原は中学校の校長だったな。最後に、その他だ。どのグループからも声がかからなかった、そうだな、中年以上の男性たちが主だろう。自分たちでグループになるにも、頼りになる者がいないようだ。私たちも、分けるとすればここだ」

 私たちという言葉で瑞葉の顔は嬉しそうに変化した。


 (もしかしたら、たまたま懐かれただけで普通の子なのかもしれない……のか?)

 何となく、柘植はそう思うようになっていた。


 「それで、私たちのすることは基本的に徹底的に隠れることだ。集団になっていれば確かに投票先をコントロールできるが、投票先の候補にもなる。もう少ししたら、まずは、自分たちのグループよりも力のあるグループの人数を減らすようになる。そうしないとグループになったメリットが全くないからだ。その他を狙っている余裕はなくなるだろう」


 瑞葉が何かを書き出したのを見て、柘植は一旦話を止める。

 『グループ同士は協力しないんですか?』


 「私の予想では、しないと思う」

 柘植は自信なさげに言った。

 「協力していることがもし明るみになったら、制限人数よりも多いグループと見なされて全滅になるからだ。ただ、スパイや裏切り者は必ずいると思うから、少しは協力しているように見えるのかもしれない。瑞葉はどう思う?」


 『それで合っていると思います』


 「それなら良かった。何かあったら遠慮なく言ってくれ。それで、しばらくはグループ同士の潰し合いが起こる。悪目立ちしなければ少しは安全なはずだ。だが、それだと最後の方でヘイトが向かいうる。何もしていないのに卑怯だ、と。そうなれば全員から投票されて終わってしまう。だからこの後でどこかのグループに接触しようと思う。上手くいけば、お互いに得をする関係になることができる」

 柘植は自分の話術に自信を持っていないが、そうしなければ生き残ることができる確率が非常に低いことも分かっている。


 「それで、グループ同士の潰し合いだが、基本的にそのグループの中で守られていなさそうで、中途半端に頭の切れる人間が狙われるはずだ。優秀な人間は守られているから投票が無駄になる。頭の悪い人間は相手の足を引っ張るから放置される」

 「そうやって人数が減っていくと、どこかで自分のグループの人間に投票するときがやってくる。その時に狙われるのはその味方の足を引っ張る人間だ。勿論点数に差がつきすぎて守り切れなかったり、わざと狙われそうな人に守りの票を固めたりすることも考えられるが――」

 柘植は深呼吸をする。

 「誰が誰に入れたか分からない中で、敢えて逆を行くことは難しいと思う。そう信頼し合っているわけでもないし、一極集中型のグループはリーダーが死ねば後は厳しい。自分の命をリスクにかけてまですることはできないだろう」


 「私たちは、どこかのグループに所属すれば、ほぼ確実にどちらかから狙われて終わる。どちらかが死ねば……もう一方も死ぬ」

 だから、柘植たちはこの絶妙なポジションを確保しなければならないのである。


 「瑞葉、分かったか?」


 『はい』


 それから柘植はいくつか質問をしたが、瑞葉は正確に答えた。呑み込みが早くて助かる、と柘植は思った。





 水鳥の部屋のリビングには、いくつかの椅子がちょうど学校の教室のように並べられていた。そこには何人もが座っており、その前方にいる水鳥に熱い眼差しを送っていた。その内の1人、美容師を夢見る専門学校生、住本理沙もやや後ろの席に座って同じく熱い眼差しを送っていた。


 (やっぱりかっこいいな……)


 「じゃあ、みんなの自己紹介も済んだし、僕から説明することは大体終わったよね。これからみんなに仕事、あっ、仕事といってもそんなに難しいことじゃないよ。仕事を割り振っていきたいんだ」

 水鳥が聞き手を安心させるような優しい声で話を始めると、皆が体の向きを変え、真剣に耳を立て出した。生き残るために話を理解することはもちろん、アピールの意味も込められている。いかに水鳥に気に入られるか、それは生き残るためでもあり、もしかしたらその先も……、と考えてしまうのはこの状況ならまともなのかもしれない。


 「じゃあ、加藤ちゃん」

 名前を呼ばれた小学生、加藤芽衣は「はいっ!」と起立して固まった。

 「そんなに緊張しなくてもいいよ。座ってね。それから優香ちゃん」

 人文学部人文学科の北舛優香が「はいっ」と返事をした。

 「それから、早矢香ちゃん」

 ボレロ姿の女子高生、沓内早矢香が「はい」と小さく声を出した。


 「3人には交代で広間に行ってほしいんだ。それで、何か理由、そうだね……、眠れなかったとかでいいかな、そういうことにして、他の人がいつ頃来て、誰と誰がよく話をしているかだとか、気になることを教えてほしいんだ」


 「えっ、でも、そんなことしたら……」

 沓内は自然に声を漏らした。


 「もちろん、メモを取ったり、写真を撮ったりしたらダメだよ。僕たちはあくまでもこのゲームに乗り気じゃないようにしなきゃだから、ね。絶対に無理をしないで、でも、変だな、って思ったら覚えておいて」

 乗り気であることが早くに公になれば、それはつまり他の者にとっては、自分を嬉々として死なせることを大っぴらにしていることと変わらないのだから、当然、標的になる。無論すでにこのゲームに積極的に参加している者が大半を占めていたとしても、建前は、何となく嫌々参加していることになっているのだから、堂々と明らかになってしまえば、水鳥も、それを黙っていたということで他のメンバーも、生き残ることが難しくなるだろう。


 「だからね、朝一番じゃない方がいいな。でも、できるだけ長く広間にいて、そっと観察をしてね。話しかけられたら自然に、あくまでもこのゲームには気が乗らないって立場でね。頑張ってくれると、とても嬉しいな」

 水鳥が優しく話を締めると3人は高揚して、「はいっ」と口々に言うばかりであった。


 (やっぱりかっこいいな……。私は何をするんだろう? 何であってもがんばろっと。でも……)

 住本は最前席に座って身を乗り出している人たちを見る。

 (私は近くで顔見ていられればいいや。やっぱりかっこいいな)


 「じゃあ、次はね――」





 学生服を着た太り気味の男子、有松大学は自分の部屋で電気も点けず、ベッドに横たわりながら抑えきれない動悸を少しずつ、少しずつ元に戻そうとしていた。


 (危、なかった……! 危な、かった……! 危、なかった……!)


 (危なかった……、危なかった……。青井さんが、いなかったら、自分だった……、絶対……)

 有松は自分が死というものに耐性を持っていると思っていた。動物の死体にも、身内の遺体にも、それから今日昨日のあの死に方にも、人並みの感情を持つも、それは憐惜であって、恐怖ではなかったからだ。しかし今日、青井が死んだ後にニニィが言った言葉で有松は気がついた。死そのものよりも自分の死が眼前に迫っていたことで、有松は死が恐ろしいものであることに初めて気がついた。


 (青井さん……多分、何も、話していなかった……。そうだよ、目立っていない……、だから絶対そうだ……! だって……、理由……、理由……)


 (というか……、ニニィが、気を利かせてくれなかったら……、僕、明日、死んでいた……)

 有松は頭の中で自分が透明なケースに入って、ぼんやりとその外を眺めているのを想像した。それからどうやって死ぬのか、そのことは考えるだけでも恐ろしく、考えたとしても想像できることではなかった。そしてその死は自分の一番大事な人をも巻き込むことに、有松は吐き気を覚えたが、何とか食い止めた。


 有松は何とかして上体を起こすと、枕元に置いてあった水を飲み、再び倒れて静かに目を閉じた。そうして、ようやく、鼓動が緩やかになり始め、長い時間をかけて元に戻ろうとするそばで、ある考えが顔を覗かせた。


 (待って……。ニニィが、ニニィが青井さんを参加者に選ばなかったら、僕、死んでいた……?)

 有松はだんだん自分が考えていることがよく分からなくなっていた。おもむろにスマホを手に取ると「7SUP」を起動し、そして宛先に笠原を選択したところで……「7SUP」を閉じた。


 (そうだよ。ニニィが僕を助けてくれたんだ)

 暗い部屋の中で、有松の顔をスマホのバックライトがぼんやりと照らしていた。


 有松は「ににぅらぐ」を立ち上げた。そして、「お休み中です。ごめんね」とニニィの絵付きで表示されている画面をずっと見つめ続けた。動悸はすっかり治まっていた。





 農作業着を着た麦藁帽が似合いそうな中年男性、高邑義雄は自分の部屋で作業着姿の中年男性2人、加藤育夫、田名網十三と一緒に缶ビールを飲んでいた。彼らもまた、自分たちの身構えや何と言っても服装で、お互いが似たような仕事に就いていると思い、会話を始めて何となく固まるようになっていた。後に高邑は他の2人と職種が違っていると分かったのだが、それは分裂するほど重要なことではなかった。


 テーブルの上には蓋の開いていない缶ビールが何本も置かれていて、つまみに出した枝豆はほとんど減っていなかった。3人はそれを囲って時々思い出したように手元にある缶を口に持っていっていた。

 「あれですよね、青井さん……」

 高邑がその続きに何を言おうとしたのか、2人には分からない中、高邑はビールを飲み干して空き缶をテーブルの上に置き、新しい缶を開けた。そうして少し口に付けて、置いた。田名網は自分も何か思うことがあるのか、口を開いた。


 「俺、年近そうでした……」

 出てきた言葉は、それだった。


 加藤もそれに倣う形で口を開いた。

 「俺も、かもしれません……。何も話していないけれど……」


 「だからと言って、こうしているだけではいられないですよね……」

 高邑の言葉で、3人は出だしに戻った。


 彼らは青井の死に対する、自分たちへの慰めの言葉を持っていなかった。ぼそり、と誰かが言葉にならない音を出して、ごまかすように缶を口に付ける。そうやって、缶が空になって、新しい缶を開けて、また誰かがぼそりと話す。それを何度も繰り返して、いったい何のために集まったのか、酔いが回って分からなくなったころ、高邑が立ち上がった。


 「よし!」

 高邑が空元気で大声を出すと、2人は何となく自分たちも大きな声を出した方が良いような気がして、立ち上がったが、酔いがふらっと来て、言葉は出なかった。高邑はそんな2人を気にすることもなく、続けた。

 「悔やんでも仕方がない。自分と、自分の一番大事な人が生きるためにも、頑張って行きます! 行きましょう!」


 「そうだな、俺たちがどうこうできるものでもないし、それより自分だ」

 加藤が同意すると田名網も「そうだな」と短く答えた。


 「俺は、豚カツ定食! あと冷や奴!」

 高邑が声を張ると「ににぉろふ」が起動して、テーブルの上に料理が現れた。高邑は上手く説明できなかったが、近所の店のとは輝きが違う、と思った。


 「じゃあ、俺は竜田揚げ、の定食だな。定食。やっぱり」

 田名網が同じように声を出すと、同様のことが起こる。田名網好みのさっぱりとした味付けなのが不思議と見た目だけで分かってくる。


 「やっぱり定食ですよね。俺も……、迷うなぁ……、ステーキ定食にしようか」

 加藤の言葉に応えてジュウジュウと音を立てる鉄板の上に、ちょうど良い焼き具合の歯ごたえのありそうな分厚い牛肉が現れた。


 「それ、美味そうですね、明日、俺、そっちにしようかな」

 田名網が加藤の分を見てそう呟くと、誰となく、3人とも顔がほころんだ。


 それから3人は夕食を楽しんだ。食べることで、それもまさに好みのものを食べることで3人とも自然と体がリラックスしていくのを感じた。


 腹も膨れたところで加藤が自分のスマホに目をやると、右上が光っていた。画面を開くと、「7SUP」のアイコンの右上に「1」と表示されていた。3人が、いったい誰から来たのだろうかとそのアプリを立ち上げると、それは時田からのもので、『同じチームにおいて投票しませんか? 入室申請にてお待ちしてます』とあった。高邑と田名網も自分たちのスマホを見ると、時田から全く同じ文が届いていた。


 「どうします?」

 田名網は怪しみながら文章を読み返している。


 「どうって……、みんなが組んでやっているのなら、俺たちもそうしないとじゃないか?」

 加藤も何となく時田のことは好きになれそうになかったが、他に行く当てがあるのかと考えると、特になかった。かといって、3人だけでこのゲームを乗り切れるほど、3人は賢くなかった。


 入室申請はすぐに承諾された。そして、3人が時田の部屋へ向かうために、酔った頭で「カードキー」を使うと、いつの間にかテーブルの上のビールや空き皿は影も形もなく、高邑がこぼしたソースさえも、全く存在していなかったかのように消え去っていた。





 太った中年女性、沼谷光代はリビングでソファに座りながらモニターに映したお気に入りのドラマをぼーっと眺めていた。


 「やっぱり相方は彼よねぇ」

 沼谷は独りで頷くとスマホで音量を少し上げ、その右手でバウムクーヘンを1つ掴み、顔の向きを変えないまま口に入れて、咀嚼した。テーブルの脇には包装用のビニールがいくつも積み重なっている。


 沼谷は部屋に戻ってから少しの間を除いてはこのソファに深く座り、ずっとバウムクーヘンを口に運びながらこのドラマを見ていた。元々ただの気晴らしのために出したのであったが、今はすっかりはまってしまい、ずっと同じものを楽しんでいる。もっともドラマの方は話が進んでいるが。


 「アハハ」

 モニターの中の俳優が滑稽に転ぶシーンで沼谷は野太い笑い声をあげると、ペットボトルのジュースを一気に飲み、再びバウムクーヘンを口に入れた。


 (あー、家事しなくていいのって楽よねー。うちの旦那もたまにはやってくれてもいいのにねー。稼ぎも少ないのに……)

 沼谷は一瞬、今までの生活のことを考えた。しかし、現実に引き戻された。

 (何食べても美味しいし、掃除はしなくていいし、化粧品も何なのかねぇ、絶対高級よね、あれ)


 (それに吉野サンの言う通りにしていたら2000万円よ。何に使おうかねぇ。服……この服、着なければよかったわ)

 沼谷は自分が着ている服のほつれのあるところをベタついた指で無意識のうちに触った。部屋着にしているくたびれたそれは、「ににぉろふ」で真っ先に取り替えたいものなのに、どうしてか服を呼び出すことはできず、クローゼットにある替えは全てがコピーされたものしかなかった。

 (ホント、嫌よねー。でも、ペンキの付いた服よりましねぇ)


 沼谷は欲しいものをあれこれ考えながら引き続きドラマに夢中になっていたが、ちょうど1クール分見終わると、急に現実に引き戻された。


 (まあ、でも結局何かあった時か、大学に行くとき……あの子大学行くのかねぇ)

 ふと沼谷がスマホを見ると、すでに普段寝る時間をとうに過ぎていた。もう1話見ようか、と沼谷は少し迷ったが、重い体をゆっくり持ち上げて、服にこぼしたバウムクーヘンのかすをパッと床に落とすと、寝室に向かった。沼谷がスマホを忘れたことに気づき取りに戻った時には、床に散らばったクズも、包装用のビニールも、飲みかけのジュースも、きれいに片付いていた。





 君島は他のメンバーが自分たちの部屋に帰った後も影山の部屋に残っていた。彼らはそこで、どこの産地かも分からないが甘みの強い高品質な赤ワインを一杯飲みながら、自分たちが立てた策について話し合った後であった。


 「君島さんは藤田さんと鷲尾さん、どちらと組んだ方が良いと思いますか? 率直に聞かせてください」

 前の話題が終わるとすぐに影山が次の話題へと移った。つまり、君島に残ってもらった本当の理由はこれであった。


 「藤田さんは、まあ、あれでも高給取りでしょうから、何かしらの強みを発揮するかもしれませんし、無理に拒むこともないでしょう。私たちがしっかりしていれば彼が邪魔をするようであっても、どうとでもなりますし」

 君島は藤田が集めたメンバーではなく、藤田のことを判断の材料とした。ワインを少し口に含ませるとゆっくりとグラスを置く。

 「鷲尾さんの方は、今日も何かしていましたね。明日からは投票箱とモニターで出席者と欠席者が分かるようになりますが。誰かがニニィに言ったのでしょう。それはともかく、彼らも、特に私たちの話が分からないような人たちではなさそうです。松葉さんには注意が要りますね。自分たちの内に抱えても内部をコントロールされかねませんし、相手にいれば厄介なことには変わりません」

 君島は難しい顔をして、そこで黙った。


 「私はどちらにしても気を付けなくてはならないのなら、味方にした方がリスクは小さいと考えます」

 それを影山は意見を求められていると解釈した。

 「権力争いではありませんから、長くても50日ですし、双方が生き残っても双方が得をする。むしろそうあるように動くと思います」


 「影山さんの言う通りでしょう。念のため他のメンバーには事前に伝えておき、諸々の事項を明確にまとめて署名させますか。効力があるとは言えませんが、やらないよりましでしょうから」

 君島は補足を入れるともう一度グラスに口をつけた。空になる。

 「つまり、両方と組んでもそう不都合はないと思います」


 「しかし、書類にすると相手に悪用される可能性が考えられないでしょうか? 彼に約束の形を知らせる必要もありません。私たちの前で口にさせたところを隠し撮りしておけばよいだけではないでしょうか」

 およそ刑事とは思えない、いや刑事だからこその考えであろうか。影山は君島の案をより犯罪性の高そうな形に加工する。


 「ええ、その方が確実と思います。あの手の人間には警戒するに越したことはありません」

 君島の顔がわずかに翳る。


 「全くおっしゃる通りです。それなら、明日の早朝までに要項を作って送りますから、一度目を通してください」

 影山の顔も一瞬小さく曇るが、すぐに元に戻る。


 「ええ、お願いします」

 君島は自分のスマホを取り出して部屋に戻ろうとしたが、影山は、君島が帰る前にもう1つ、話題を入れ込んだ。


 「それで、君島さん、さっきの彼、柘植さん、どう思います? 私としては提案を受けても良いと思いますが、理由が一応あるにしろ……、この状況でどうしてでしょうか?」

 影山この件に関してどうするかすでに殆ど決めていたのだが、どうしても影山には理解ができなかった。


 「間違ってはいないと思いますが、まあ、そうですね、人によって価値観は違いますから、彼にとってそれは自分と、自分の一番大事な人の命と同じくらい大事なことなのでしょう」

 君島も本当の理由は分からなかった。それでも柘植の考えを尊重してはいた。

 「私たちにとってもデメリットがあるわけではないですから、彼の提案を受け入れませんか」


 「そうですね、そうします」

 影山は残り少ないワインを飲み干した。



 君島が自分の部屋に帰った後、影山は柘植に入室要請を送った。その直後、影山の少し離れた先に柘植が現れた。一瞬、カーテンの向こう側を興味深そうに柘植が見つめていたように見えたが、すぐに影山の方へ向いて、気さくに近寄ってきた。


 「ありがとうございます、影山さん。おかげで助かります。よろしくお願いしますね」

 にこやかに笑う柘植に影山も同じようにする。どちらも笑うのが苦手であると顔に書いてあるが、お互いにとってそれはどうでもよいことだ。

 「こちらこそ助かります。よろしくお願いします。それで、この話は――」


 「ああ、影山さんと君島さん、お二人の胸中にどうか留めてください。そうである限り、私は協力を惜しみませんから。微力ですが」


 「もちろんです。よろしくお願いします」


 「それじゃあ、またよろしくお願いします」

 柘植はそう言い残すとスマホを取り出し、姿を消した。そうしてやっと影山の目は柘植の一挙手一投足を観察する突き刺すような勢いを弱めた。


 影山には、やはり理由が分からなかった。何か隠していると刑事としてのカンで分かっていたが、自分たちを騙そうとしていない、必死の行動であることも同時に分かっていた。だからますます不思議に思っていた。





 暗い中にぼんやりとスマホのバックライトが見える。


 『participant.49.jpg を寝室の壁紙に設定しますか』


 『participant.49.jpg を寝室の壁紙に設定しました』

 『拡大しました』『拡大しました』『複製しました』『拡大しました』



**



 人名


 人の名前は難しい。それ自体は良い言葉であったり、由緒ある言葉であったりするはずなのに、どうしても連想させてしまう同一あるいは類似の何かを理由に、その名前が別の意味を持ってしまっていると考える人がいることは事実であると思う。Picassoさんならそうだし、そうでない方もそうではないだろうか。だから将来的にそうならように唯一無二の名前を付ける気持ちも、逆に連想させないように唯一無二の名前を付ける気持ちもわかる。それで頭を捻って付けると一般に理解しにくくなることがあるし、そうだろうと思ったらど真ん中直球ストレートのときもある。難しい。ニニィはルビなしで参加者の名前、全部読めないよ。みんなは読めるかな?


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