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第2話 選べ

 柘植は咄嗟に瑞葉の腕を掴むと「カードキー」を使った。視界がほんの一瞬暗転すると、そこは野口が言っていた通りの部屋だった。隣には瑞葉が、柘植の直感通り、腕を掴まれたまま楽しそうに付いてきている。入り口からすぐに高級そうなダイニングキッチンがあって、他に部屋が2つと――。


 (待て……、それは後でいい! 何故だ? 私が何をした?)

 柘植に思い当たる節はない。人間なら誰もがするように、子供に対して親切にしただけなのだから。


 「瑞葉ちゃん、……本当?」

 柘植は何かの冗談であること――欲を言えばこの状況、草野が死んだことも含めて――を期待して、ニコニコしている瑞葉に問い尋ねた。瑞葉は柘植の問いかけに幸福な反応をして頷いた。

 「誰にも……、言っていないよね?」

 再び瑞葉は頷いた。


 (どうする? 瑞葉が死ねば私も死ぬ! 気付かれたら、どうだ? 一度に2人なら、狙った方が得になる……。 明かしてはならない!)

 柘植は備え付けの椅子に腰かけ、思考を巡らせる。対面に瑞葉が座った。その顔は、何を考えているのか分からない。ごく自然な子供の顔だ。すでに柘植の頭の中では草野の死に様が衝撃的なものから客観的なただの事実へと切り替わっている。


 (待て……。逆に、瑞葉がすぐに他人に依存すると説明すれば、私が死んだら次は誰かになると脅すこともできるのではないか? そうすれば、私を狙うリスクが付く。どうだ? だめだ、厳しい、それでも3人、いや瑞葉の2番目に大事な人がこの会場にいなかったら2人、減らすことができる。確率的には得になる。それでも、万が一を考えたら人はそう簡単に決心できないのではないか? 票数に関係なく、貫通する死だ……。だめだ……。ブラフをかけて生き延びるにはリスクが高すぎる……)


 『大丈夫です』

 瑞葉は笑顔を浮かべて柘植にメモ帳を見せた。


 (何がだ……?)


 『つげさんが死んだらすぐに私も死にます』


 「それは……」

 柘植は反射的に椅子を引きそうになったが、無意識のうちに足を止めていた。つまりこの少女が言っているのは、自らの意思である。柘植にはこの少女がここまでする意味の深さを分かろうとすることができなかった。


 (それだと……、誰もが瑞葉の対象になるには時間が足りない! 説得? 無理だ! いや、瑞葉に言わないように強要……、命を握られているから……、そう、頼めば……、自分が死んだ後は好きにしていいと、いや違う! 何にしてもリスクは変わらない! あの人を巻き込むわけにはいかない!)

 柘植は決めた。


 「瑞葉」

 敢えて呼び捨てにする。瑞葉は大きく目を広げてから、心地よさそうな顔をして、次の言葉を待っている。

 「組もう。2人で生き残ろう」

 瑞葉は強く頷いた。


 誰か会話をする相手がいることは、例え自分の考えを反芻するだけの存在でも、正気を保ち、狂った考えの底なし沼にはまらず、冷静に自分を見ることを可能とする。命を懸けたこのゲームを有利に生き残るためには重要なことだ。図らずとも柘植たちはその重要な契約を、柘植にとっては不可抗力であったが、手に入れた。


 「瑞葉、まず私がこのゲームをどう解釈したか、聞いてくれないか」

 瑞葉は嬉しそうに足をパタパタとさせながら柘植の顔を見ている。柘植はそれを了承したと理解した。


 「まず、大事なのは票を入れられないことだ」

 柘植は立ち上がると無意識にごく狭い範囲を歩き始めた。

 「そのためには、つまり……」

 柘植が瑞葉を見る。その意図をすぐに理解した瑞葉はメモ帳を開いた。柘植はうつむいた瑞葉のつむじを見つめる。

 (泣き喚いて現実逃避をしないのは助かる。それに、このゲームについての理解も――)

 『私たちに票を入れそうな人を減らすこと』

 (早い)


 「そうだ。そして、人の思考を変えるのはまず難しい。私たちは話が得意ではない。劇的な何かに期待しても、今の状況の方がよっぽど劇的だから、そう上回る物はないだろう。こういう時、人は元々持っている考えに固執する。変化を恐れる」

 だから、と柘植が続けようとする言葉を瑞葉は心を覗き込んでいたかのように書いていた。

 『だから、死なせる』


 「そうだ」

 自分が生き残るために、一番大事な人が生きるために、他の者を死なせる。それは、このゲームにおいては不可避だ。いや、元々、世界はそうだ。競争だ。自分と自分にとって有益である人物が、得をするように、究極的に言えば生きるために、それ以外がそうならないようにする。むしろ、公平で平等なルールが明示されているこのゲームの方が、その点においては道徳的だ。


 「まず、参加者だ。ニニィはランダムで集められたと言っていたが、それはまず違う。なぜなら――」





 同時刻、吉野和枝は醜い顔に刻まれた皺を歪ませながら、老眼鏡越しにこのゲームのルールを読んでいた。

 (倍率がランダムになるって言ってもねえ、結局は多数決でしょ。だから手数は増やしたいのよ。でも――)

 吉野はすでにこのゲームを生き抜くことに乗り気であった。元来の性質と自信がそうさせていた。

 (8割が揃わなかったらゲームオーバー……、つまり終わりねぇ)

 吉野はペレットを1つ肥えた腹に放り込むと、ごつい宝石の付いた指でコップを掴み、水を飲み干した。


 (参加者はもう99人。20人以上のグループは、だめねぇ、開き直ってみんな引きこもったら死んじゃう。そりゃ、裏切って代わりに助けて、なんてできるけれど、他の人の処分が終わったら、生き残れるとは思えないのよ)

 吉野はすでに自分は生き残るという驕心――無論誰もが持っているものだが、この老婆の場合は群を抜いている――を基に思考している。

 (19……、18人、それで固まって投票するのが安全ね。操作は、他に任せて失敗するより、自分でした方がいいね。少し目立つけれど、その分守りの票を入れさせればいいでしょ)


 「さて、と……」

 吉野はルールブックを閉じると、「7SUP」を開いた。

 「やっぱりあんまり考えなくて、固まるのが好き、それであたしの言うことを聞きそうなのは――」

 すでに登録されている名前の一覧とプロフィール写真を見ながら吉野はふと頭を掻いて思った。

 (身分で票数を変えてほしいものだけどねぇ)





 丸橋明莉は部屋の隅に体育座りをして、電気も点けずにただただ恐怖で泣き怯えていた。彼女は自分から友達に言うくらいにごく普通の中学生である。このゲームと草野の死をすぐに受け入れることができないのは当然だろう。


 (あれ?)

 丸橋は涙の止まらない目の端に滲んだ青白い光が映っていることに気がついた。スマホの通知ランプだ。震える手でそれを取ると、「7SUP」の右上に「1」と表示されていた。丸橋は誰から連絡が来たのか見当もついていなかったが、おそるおそるそれをタップした。


 『急にごめんね。水鳥究です。今日は驚くことばかりだったけれど、大丈夫?』


 「えっ! えええっ!」

 丸橋は驚きのあまり今まで怯えていたことも忘れかけて、そのメッセージを二度見した。丸橋が投票箱を開いて名簿を調べると、件の水鳥の名前があった。端正な顔写真付きで。


 (水っ、水鳥究ってあのテレビに出ているあれだよね? なんで? いたの? どうしよう、返事、返事しなきゃ)

 丸橋は同世代なら知らない人はいない、憧れの水鳥への返事をテンパりつつも完成させると、震える手で送信ボタンを押した。

 『はい! もしかしてあのサバイバルP.Iに出てた、俳優の水島さんですよね?』


 丸橋の恐怖は、薄情のようだが薄らいでいた。見ず知らずの老爺の死よりも、水鳥とのやり取りや自分の今後の方に意識が傾いていた。ようやく空腹を思い出した丸橋はペレットをほんの少しかじって味を確かめると、残りを口に入れた。それから冷蔵庫のドアを開けて、ペットボトルを取り出したところでスマホの方から鈍い振動音が響いた。


 (わっ、もう返ってきた!)

 ちょうどふたを開けていた丸橋はそれを落としそうになるも、何とかそれを掴み、それから一気に飲み干して、ケホケホとむせてから、スマホに手を伸ばす。


 『そうだよ。日高霞役の水鳥です。大丈夫なんだね。よかった』

 『サバイバルP.Iは好き?』


 丸橋はこのアプリにスタンプも絵文字もないことに、それに通話機能もないことに、本当に気持ちが伝わっているのかと不安と少しの不満を抱きながら、しかし水鳥を待たせてはならないと急いで返事を入力した。

 『はい! 大好きです!!!』


 『良かった。僕も大好きなんだ。それでね、お願いがあるんだけど、いいかな?』

 丸橋は自分のメッセージがどうやら水鳥に好印象をもたらしたということに喜び、更には頼みごとをされたせいで舞い上がり、『何ですか???』とメッセージを送ると、その勢いのままベッドに飛び込んだ。


 (お願い……お願い。何だろう?)

 丸橋はスマホを握ったまま、画面から目を離さない。返事はすぐに帰ってきた。


 『一緒に生き残るのに僕と協力してほしいんだ』

 僕と一緒、という言葉に丸橋は自分と水鳥が手を取り合って地下から脱出している姿を想像する。彼女の頬は赤くなっているが、本人は分かっていない。


 『そんな方法があるんですか?』

 丸橋は水鳥に感心しつつ、その方法は何だろうかと少し頭をひねったが、分からなかった。水鳥に感心しきりで真剣に考えようとしていないだけだった。彼女の中ではすでに水鳥が何でもできる白馬の王子様に加工されている。


 『うん。数人で協力するんだ』

 丸橋はその言葉にがっかりしたが、次のメッセージを見て心臓が飛び出しそうになったように感じた。本当にそう感じることにも驚いた。

 『詳しいことは僕の部屋で話したいんだけれど、来てくれない?』


 (え? 部屋? どうしよ? 制服しかない……。臭くないかな?)


 「しょ、消臭剤! じゃなかった消臭スプレー!」

 テンパりながらも丸橋がスマホに向かって声をかけると、一瞬のうちにテーブルの上に消臭スプレーが現れた。

 (これで、大丈夫、かな……?)


 まあ、丸橋はこの後水鳥の部屋で自分と同じようなことを考えている人たちに遭遇して、再びがっかりするのは容易に想像できるが、彼女はまだそのことに気づいていなかった。





 「こいつもしつこいですね」

 Tシャツに雑貨屋のエプロンを着た女性、妹尾律子は同じ部屋にいる文学部史学科の男性、東利晶に自分のスマホの画面を見せると、早速返信を打ち始めた。東はどう返事をしたものかと迷い少し間を空けるも、当たり障りのないコメントをどうにかして答えた。

 「それだけみんな必死なんだと思います。僕たちと同じだと思います」

 東は水を一口飲んだ。それから、うんざりした顔の妹尾に何か慰めの言葉をと思い、さらに間を空けてから口を開いた。

 「それに、彼から連絡が来たということは若いということですよ」


 彼らがいる部屋はすでに柘植の、つまりデフォルトの内装と異なっていた。作業机とキャスター付きのオフィスチェアがいくつも並べられており、壁の1つの面にはホワイトボードがある。そこには印刷したルールが貼り出されており、その横にはマーカーで注釈書きがなされている。Ave = 3n*1.45/2, n ∈ Odd ⇒ μl = (3n-1)/2, μu = (3n-1)*1.9/2-1 ――直感通り、倍率があっても基本は人数――2グループ間が対立する場合、票を入れられる人の倍率は関係ない――その日に決まりそうな人に入れる、あるいは無関係な誰かに――。


 ブレザーを着た容姿の整った女子、関口里奈は灰色のレディーススーツを着た女性、竹島喜乃と共に、いくつもある白のポーンに竹島が打ち出したネームラベルを貼りつけていた。

 「やっぱりモノがあると分かりやすいんですか? スマホで表示するんじゃなくて」

 関口が「七里創」と書かれたラベルをポーンへ念入りに貼りつけながら竹島に尋ねた。自分より年上なら知っているだろうといった漠然とした問いかけだったが、竹島は少し考えた上で、自分の推測できる範囲で答えた。

 「そうだと思うよ。見た目も大事だけれども、触った感触なんかも脳に刺激を与えるし」

 竹島も確信は持っていない。何しろこれをするように頼んだのは彼女よりも頭の切れる人間だ。そして、彼女は曖昧な理解で無責任な伝言ゲームをするような性格ではなかった。

 「あ、なるほど。ありがとうございます」

 関口は本当に知りたくて尋ねたわけではなかったし、知らないと答えが返ってきても何も不満はなかった。それでも、それらしい答えが返ってきたことには多少の感嘆を覚えた。

 「それに、これを作ったから分かったこともあったよね」


 「確かにそうですね」


 会話は一旦途切れて、その部屋にいる人たちは面々の作業を黙って行っていた。関口は竹島ともう少し会話を続けて親しくなろうと、「白川彩々」と書かれたラベルをポーンに貼りながら声をこぼした。


 「でも、影山さんが誘ってくれなかったら、私、怖くて。ほんと、どうにかなりそうでした」

 影山と関口はあのとき偶然近くにいた。影山にとって、それが誘った理由だった。独力では先手を打つことができないと判断して、近くにいる中でもっとも適切と思われる人物に声をかけただけだった。

 「私もだよ。関口さんと影山さんが声をかけてくれなかったら、多分、あっちに行っていたと思う」

 竹島は微笑みながら関口たちに感謝の言葉を伝えた。彼女は自分から言おうと思っていたが、中々切り出すタイミングがなかった。その話をするきっかけを作ってくれた関口をいい子だと思った。


 横で聞いていた影山も少しだけ照れくさそうな、渋そうな顔をしたが、すぐに元の表情に戻り、説明をするように声を漏らした。

 「まあ、どの道いつかやることですから。早い方が生き残り易いでしょう?」


 「そう、いつ選択するかの話です。U.Nオーエンがこの中にいないようにやることをやりましょう」

 君島が軽く言葉遊びを交えて同意して、濃い青のネクタイを肩にかけた。



 「こっちもまたですよ」

 妹尾が再び東に自分のスマホの画面を見せて、鬱陶しそうに返信を打ち出した。

 「まあ、みんな死にたくないと思います。あー……」

 東も先ほど同様にフォローをしようとして、言葉が詰まった。

 「彼女から連絡が来たってことは、老けてるってことですか?」

 先の言葉を模倣したその続きを妹尾は笑いながら冗談っぽく言ったが、その眉は少し吊り上がっていた。

 (それに、後から誘われた方は先に切り捨てられるじゃない?)





 時田直之は自分の部屋で畚野康介、中川政人と一緒になって缶ビールを飲みながら、それまでの出来事を話していた。彼らは日頃から外で働いている身、ブロックを動かしていたときにその身のこなし、風貌、言葉遣い、何よりも全員作業服姿であることからお互いが同類だと分かり、時田が2人を誘ったのであった。


 「やっぱこれウマいっすね!」

 普段発泡酒か強い系のチューハイしか飲まない時田たちにとって、例え不自然な現れ方をするものであっても、コンビニでいつも見ている物とは別物でも、何であれアルコールは疲れた体に素早く滲みこんでいった。酔いは、彼らがつい先ほどまで感じていたわずかな恐怖を簡単に溶かしてしまった。


 「だよな! こっちのも美味えよ」

 畚野の言葉に賛成した中川はちょうど電子レンジから焼鳥を取り出すと、油汚れの滲み付いた指で1本取って、黄ばんだ歯で咥えて、それから空き缶や汚れた皿が散らかっているテーブルの上まで持っていった。


 「これ、普通にいるよりヨくない? あ、灰皿」

 時田がそう言うと畚野がさっと彼の近くに灰皿を寄せた。時田は太い指でグリッと煙草を押し付けて、ビールを飲み始めた。


 「あれだよな! 種類選べないのはあれだけど、その煙草も美味えし」

 中川が食べかけの焼鳥の串を時田の方に向けながら同意する。一般的には無礼なこの行為も彼らの間では取るに足りないことだ。


 「いやマジで。後は服選べんのがなぁ。ずっとこれだし」

 時田が自分の着ている作業服の社名を鬱陶しそうにかきむしった。彼は日頃から会社や会社のホワイトカラーをそうやってけなしてはもっともらしいことを言って、現場で支持を得て、上手くフラストレーションの行き場をコントロールしていた。そうして、たまの会議に出ては借りてきた猫のようにおとなしくなり、それでもその後で、そこにいた誰かの失敗を語っては喝采を浴びていた。


 「で、これからどうするよ? 結局、人数が多ければ勝ち残るんだろ?」

 中川がアルコールの勢いで気が大きくなったところで、集まった本当の目的について口にした。時田は飲みかけの缶ビールを飲み干すと、缶を手でシンプルに潰し、近くに置いてあったビニール袋に放り投げた。


 「だな! 誰か誘おうぜ」

 時田がスマホの「7SUP」を立ち上げて、早速メッセージを送ろうとしたところで、手が止まる。

 「これ宛先1人ずつしか設定できないのかよ! 使えねえな。めんどいし、明日にすっか」





 笠原義忠は中学校の校長である。滅私奉公を己の信念として、実直に生きている。そんな彼からすればこのゲームは全くもって理解しがたい。だが、無抵抗は簡潔に死、である。彼は自分の部屋で自宅にあるのと同じ水墨画――どこで買ったのかも覚えていない、ともすると貰い物だったかもしれないもので、審美眼のある者には無価値と切り捨てられる有象無象の作品だが、彼はそれを気に入っている。自分の身の丈に合うからだ――を前に、あぐらをかいて思考していた。


 (俺は、どうすればいい? ここには子供たちもそれなりにいる。だから……、違う!)

 彼は長年の経験で滲み付いた思考を振り払う。

 (それは、違う……。俺だ。俺だけなら、どうだ? 俺の1票が直接人を殺すわけではない。しかし、1票差で決まったら? それは分からない。だが、どうあれ、俺は他人の命よりも自分たち、そう、自分たち、だ。その方が大事なのだ。それは、事実だ。それは人の前に立つ身としてふさわしくなかろうか? だが、事実だ)

 滝の流れは黒々と滝壺へ注がれている。岸壁から迫り出す松の木の葉の先は鋭く空を突き刺している。

 (俺はそれを受け入れる。できてしまう。だが、子供たちにはどうだ? ボタンを押すことは……できたのだろう、か。その重さが彼らの、生き残った後の人生にどうのしかかる? 草野さんは、自分から志願した。明日からはそうでない。俺は彼らにどう……、どう向き合って行けばいい?)

 急峻な岩肌は荒々しく、むき出しているが、暴風暴雨があれば崩れそうな傷が付いている。それは偶然何かの折に付けたものであるが、すでに画の一部として定着している。

 

 笠原はそうやって何分も画の前で思考し、そうして雲がかったその麓を覗こうとしていることに気付いたとき、彼は立ち上がった。

 (まとまらざるを得ない)

 スマホをポケットから取り出そうとする手が止まる。

 (……その考えが、言い訳だ。俺は、自分たちが生き残るためにまとまる。子供たちをまとめる。そうして、彼らに、何をさせる? 自分たちだけが助かるなど言語道断……なのか? 一緒になった子供たちも助からなければならない)

 笠原は立ち上がったまま壁の一部をぼうっと眺めていた。水墨画は目に入っていない。

 (どう……させる? 1人1人に別の人物に、票の集まらなさそうな人物に入れるように指示すれば、直接手にかけた責を負わせることはなくなるだろうか。……ただの逃げじゃないか。俺が綺麗であるように見せたいだけじゃないか。俺と、子供たちの死ぬ確率を高めるだけだ。それならば――)


 (全ての罪は私がかぶろう)

 笠原は長い間握りしめていたスマホをポケットから出し、老眼鏡をかけると、まず、見るからに幼くみえた渡辺百夢を宛先に選び、すでに脳内でとっくに出来上がっていた文章を打ち始めた。





 「FSH、hCG」

 柘植は瑞葉にひとしきり自分の解釈したこのゲームの仕組みを説明した後で、スマホの音声召喚機能で何が出てくるのか試していた。それらは、無論自分たちに必要だからという理由だけではなく、誰かの手中にそれがあるかもしれないことを推量するためでもある。柘植は傍らの紙にチェックを2つ入れた。


 「鉈……、包丁……、果物ナイフ、昨日の新聞……、夏目漱石の『こころ』」

 出てきたものは使われることもなく、部屋の片隅に積まれている。瑞葉はその近くに置いた椅子に座って、望遠鏡を興味深そうに触っている。


 「火星の石、牛……、牛肉、亜ヒ酸……、ヒ素、テトロドトキシン……、フグ……、フグ肉、ダイヤモンド、天然痘ウイルス……、E. coli。瑞葉、テーブルの上のを持って行ってくれないか。そっちのは冷蔵庫に」

 その言葉を聞いた瑞葉は椅子から降りて望遠鏡をそこに置くと、テーブルの上に置かれていた物を丁寧にバスケットに入れ始めた。柘植はその姿を見ながら次は何を試すべきかと考える。ふと、柘植が時計を見るとかなり時間が経っていた。


 「瑞葉、それが終わったら寝よう。休んでおかないと。自分の部屋に戻って」

 瑞葉がうなずいた。片付けは終わっていた。


 瑞葉が自分のスマホを出して、「カードキー」を開いた。それから、指が少し止まって、スマホをテーブルの上に置いた。柘植がどうしたのかと思っていると、瑞葉はメモ帳を取り出して何かを書き出した。

 『声を録音させてください』


 「声?」

 要領を得ない柘植のそばで瑞葉が続きを書く。

 『お水と、ペレットと、ハーモニカが欲しいです』


 「ああ、そうか。音声認識だからか。いいよ」

 瑞葉がスマホをたどたどしく操作しているのを見ながら、柘植は、このゲームで使うスマホは便利なようで却って不便だと考えた。無論ニニィに使い方を聞こうと「ににぅらぐ」を開いたのだが、繋がらなかった。柘植は自分も「ににぉろふ」を準備して、瑞葉の望んだ通りのものが出るか確かめることにした。


 「……準備できた? じゃあ」


 「水」 「ペレット」 「ハーモニカ」 「……録れた?」

ペットボトルに入った水、紙袋に入ったペレット、紐付きの小さなハーモニカが現れた。


 『水』

 柘植は機械を通して聞こえた自分の声に変な感じがした。それでもペットボトルは出現した。瑞葉は柘植の出したハーモニカの紐を掴むと首からかけて「ピー」と可愛らしい音を出した。それに満足しているようであった。緊急時に吹く笛の替わりか、と柘植は思った。


 「大丈夫だね。また何かあったら連絡して。……じゃあ、また明日」

 パタパタと手を振る瑞葉が部屋からいなくなると、柘植は寝室へ向かい、ベッドに潜り込んだ。連絡を取って協力すべき人物がいることを当然柘植は知っていたが、そのタイミングが――特に瑞葉がいる分――非常に微妙だった。少なくとも今ではないと判断していた。


 (時間が惜しい。寝なくては)

 柘植の思考はすぐに鈍くなった。ベッドは何を特別に使っているからなのか、恐ろしいほど寝心地がよく、使用者をあっという間に眠りへと追いやった。





 『水』



 『水』 『ハーモニカ』


 『水』『ハーm』

 『水』『ハ』


 『みず』『は』『みず』『は』『みず』『は』……



**


 サバイバルP.I


 主人公の磯嵜鬼熊が行く先々でサバイバルの知識を活かして難事件、珍事件を推理する探偵もの。山で遭難したときのような自然を相手にするものから、災害が起きた都市で何が危険か、平時から何をすべきかを伝えるものまで内容は多岐に渡る。日高霞は訳あって野宿している主人公に主に調味料を提供しているエリート階級のサラリーマンで、彼も事件に巻き込まれることがほとんど。主人公のワイルドなイケメンっぷりと、クールな日高、天変地異に関心を持つ時流のおかげで視聴率は非常に良かった。ニニィはコージーミステリー好きだよ。


いつも読んでくださってありがとうございます。

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(ノ・ω・)ノよろしくお願いします!ヾ(・ω・ヾ)

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