ドラグーン日本支部Ⅳ
「お待たせしました。――閣下」
「うむ、良く来てくれた。霧原くん」
「俺が呼んだんですから、遅れる訳には参りません」
「はっはっは、相変わらず君の敬語は違和感があるな。ん?」
閣下は俺と軽い挨拶を交わした後、すぐに俺の後ろへと視線を向ける。そこには、少し遅れて地下訓練場に入った壬生岬の姿があった。
「壬生岬くんも、元気そうで何よりだ」
「ハッ……閣下こそ、お元気そうで良かったです」
「そう堅くならなくても良いと言いたいが、壬生岬くんには無理な話か」
「そ、そんな事は……」
壬生岬は両手を前に出して、微かにオドオドしながらそう言った。俺はそんな会話に割り込む形で、閣下の前で龍の影を出して言った。
「む?」
「閣下、そろそろ始めましょう。俺は今日、無駄話をする為に来た訳じゃないんで」
「……うむ。壬生岬くん、少し下がっていたまえ。君はゆっくり観戦すると良い」
閣下の言葉に対して「はい」と小さく頷いた壬生岬は、そっと部屋の隅まで跳び下がった。俺と閣下との距離は数歩歩けば届く距離だが、閣下は腕を組んで目を細めた。
「さぁ、遠慮なく来たまえ。君の成長を私に見せてくれるのだろう?」
「……ウロボロス」
「むっ!?」
俺の声に反応した影は、ロシアの時と同じように亀裂から黒い大剣を出現させた。俺はその剣を握り、剣先を閣下へ向けて斬り掛かった。勿論、本気で殺すつもりで。
◇◆◇
「……っ!?」
黒い大剣を振るった彼に対して、閣下は目を見開いて彼の腕を払った。そして間合いに入り、彼へと拳を突き出した。
「くっ……(本当に人間かよ、この人は)」
「どうしたのかね?私を本気で殺すつもりだった気迫はどこへ消えた?」
「普通ならあそこで反応出来るはずが無いんですけどね。あんたはやっぱり規格外だ」
彼は数秒しか動いていないにもかかわらず、頬には冷や汗が伝っていた。だがその表情には、笑みを浮かんでいるように見えた。再び剣を握る彼は、閣下を見据えて構える。そんな彼の様子を見た閣下は、口角を上げて手招きをして言う。
「――さぁ、来なさい」
「っ……!」
その手招きを挑発と受け取ったのだろう。彼は閣下の間合いへ素早く入り込み、黒い大剣で閣下を薙ぎ払おうとした。だがしかし、思い切り振るった彼の剣を閣下は彼の手首を掴んで防いだ。
「っ……」
「そのままでは、まだ合格点はあげられないぞ?」
「くっ……そうやって俺を見下すんじゃねぇよっ!!!」
「っ!?」
彼はそう言いながら、龍の影を掴まれた手首から閣下を侵食しようとした。ハッとした閣下は彼の腕を離した事により、彼は閣下の拘束が解けた瞬間に真横へと移動する。
「(しまった。影は囮か)」
「終わりだ」
そう呟いて剣を振るおうとした瞬間、閣下は口角を上げて彼へ告げる。
「フッ……この程度で終わると思ったのなら、私も舐められたものだな」
「がはっ!?(な、何をされた?)」
龍の影に包まれたまま、閣下は彼へ拳を突き出した。咄嗟の事で防ぐ事に失敗した彼は、壁に激突して微かに血反吐を吐いた。その時、私と彼は目を疑っていただろう。
何故なら、閣下の片腕を侵食したはずの龍の影が、まるで自分の技として消化されているからだ。龍の影を出したのは彼が発現させた物である以上に、驚いたのはそこではない。
「あんたは、本当に龍紋保持者じゃねぇのか?そんな事しておいて?」
冗談だろ、と彼は立ち上がりながら閣下に問い掛けた。しかし閣下は腕を払って、絡み付いている龍の影を振り払って言った。
「私は正真正銘の人間だが、正確には人間でも無い」
「じゃあ、保持者なのか?」
「いや?……どちらでも無い半端者だよ、霧原くん。良い機会だろうから、君達には教えておくとしよう」
閣下はそう言って、自分の片目を塞いでいた眼帯に手を伸ばした。やがて眼帯は外され、彼は目を見開いて黒い大剣を再び持ち直して構えた。そして私も、眼帯を外した瞬間の寒気に身体が動いていた。
「そう身構えなくて良い。これでも私は正常に人間として機能しているのだ」
「「っ……」」
何故、私達が構えたのか。それは閣下の眼帯の下にあった目は、龍紋を発動させている時の彼同様。龍眼となっているからだった。だが龍の気配もしないし、ドラグマの気配もしない。しかし、身体の奥から衝動的に込み上げる寒気は一体何なのかと思ってしまうのだ。
その寒気を感じている事が閣下には分かるのか、肩を竦めつつ再び眼帯を付けて口を開いたのである。
「安心したまえ。――私は人間だ。正真正銘、ただの人間なのだ。今は、まだ」
「(今は、まだ?)」
「だがこれで、君達は私の秘密を知った事になるが……どうするかは君達に任せよう。引き続き龍を殲滅する為に私と戦うか、私を龍と見做して排除するか。その判断は君達に委ねるとしよう。今日の組手は、ここまでで良いかね?」
閣下はそう言って、彼の前から出口へと歩いた。彼は閣下から目を逸らして、黒い大剣を消滅させている。私も臨戦体勢を取り止め、壁の前に立つ彼の方へ向かった。
「……」
「霧原くん、怪我は?」
「問題無い。ただ、少し考える時間が必要だな」
「うん、そうだね」
そう短く言葉を交わした私達だったが、この時の私達は知る由も無かっただろう。各地で出現していた龍が狙いを定めたのが、私達の居る日本支部という事に。そして……地下訓練場を出て行った閣下の身に何が起きているのかを、私は知らないのである。
「……(もう時間は無い、らしいな)」




