蠢く龍の影
政府の人間から招集を受けた俺は、案内役である西條恭太郎と共に移動していた。出頭場所は半壊してしまった東京都内の中央支部。そこに軍の日本支部が存在しているらしく、俺はその場所から呼ばれているという事だ。
呼ばれた理由は龍災の影響である龍を滅ぼす為、その協力者になって欲しいというのが政府側の主張らしい。未成年である俺に白羽の矢だ立つ程、現状況は苦しいのかもしれない。だがしかし、それでも頼るのが未成年のガキというのは納得したくない部分である。
「このまま道なりに進めば、軍が所有している区域に入る。民間人も居るだろうが、ちゃんと礼節を持って発言してくれよ?」
「こんな子供を相手しようとする奴なんて居るのか?」
「居るさ。相手が誰であろうと一人の人間として対応するのが、現状での最善と考えての判断だ。子供だろうが、戦力になる人間は大いに歓迎されるだろうな」
「へぇ……そこまで切羽詰まった状況なのか?」
「切羽詰まっているかどうかは定かじゃないが、少なくとも龍に関して何も打つ手が無いっていうのは確かだろうな。軍機密ではあるが、各国にお前と同じような力を持った奴を探しているらしいぞ」
西條は話ながらに車を進めて行く。その後部座席で頭の後ろで手を組みながら、俺は壁しか見えない窓の外を眺める。しばらく進んでいるが、未だに出頭場所である目的地に辿り着く様子は無く、同じ景色だけがフロントガラスを通じて続いているのが良く分かる。
移動をし続けている事もあり、俺も退屈で仕方が無くて買い物時に買っていた握り飯を口にしていた。バックミラー越しに見えた西條の視線と重なり、俺は少し口角を上げながら言った。
「――何だ、お前も食べたいのか?」
「んなわけあるか。こちとらプロだ。たかだか朝食を抜いた程度で空腹に負けたりは……」
――ぐぅぅぅぅぅぅぅ~~。
負けたりはしない……と言おうとしていた西條なのだろうが、俺の耳にまで届く程の腹の虫が車内を包み込む。俺に聞こえた事が悔しいのか、それとも羞恥心に落ち着かないのか。西條の表情からは、照れ隠しのような居た堪れない様子が表れる。
「……それで?『負けたりは』何だって?是非とも先輩の御言葉を聞かせて欲しいんですがねぇ?まぁ、先輩がどうしても欲しいと頭を垂れるなら考えて差し上げない事も無いけれど?」
「くっ……この期に及んで言いてぇ事を!」
「さぁ先輩、空腹感を取るか自制心を取るか。二つに一つですよ~」
俺はバックミラーで見えるようにわざとビニール袋を左右に揺らす。くしゃくしゃとビニールが擦れる音が鳴る中で、西條は自動車のブレーキをして停車した。その表情からは、先程までおちょくられていた屈辱的だと感じる表情ではなく、軍人である西條恭太郎の顔を見た気がした。
停車した自動車の窓へと近付いた人影は、コンコンと西條の居る運転席の窓ガラスを軽く小突く。このノックに応えた西條は、ゆっくりと窓ガラスを開いて顔を出して何かを話している。声は俺には届かないが、チラチラと俺の事を見る限り通行する理由を知ろうとしているのだろう。
「おい霧原、降りるぞ。ここからは歩く」
「あ?……って事は、あともう少しって場所までは来たのか。ここまで来るのに外が壁しか見てなかったから、距離と時間が掴みにくいんだよな」
「それなら安心しろ。俺の腕時計も端末も軍からの支給品だ。時計は正確だから安心しろ。軽く二時間もあるけば目的地だ」
「ドライブの次は散歩か。誰が嬉しくて男と二人きりでこんな遠出をしなくちゃならないんだか」
俺は呆れながら乗っていた車内から外へと身を投げる。勢い良く降りた事によって、多少ユラリと自動車が揺れる。片手で持てる荷物を肩で担ぎ、俺は西條の歩こうとする方へと歩を進める。その際、擦れ違う見張り役の軍人と思わしき人間と目が合った。
『……』
「……」
わずか数秒間だけの沈黙だったが、俺は肩を竦めて頭を少し下げて西條を追った。だが隣を通った瞬間、俺にしか聞こえない程度の呟きが聞こえて来たのである。
『ただのガキじゃねぇか。遣えんのか?』
そんな言葉を聞いた瞬間、俺は目の前で足を止めている西條に言った。
「西條恭太郎」
「あ?フルネームで呼び捨てしてんじゃ――お、っと」
西條の事を呼びながら、予め軽く投げていた荷物をキャッチさせる。荷物を投げた動きから、俺は何の躊躇も無く背後に立っている軍人の足を払って転倒させる。気をすっかりと抜けていたのだろうが、軍人ともあろう者が油断をしているのが悪いのだ。
ただの子供であろうと、油断をすると痛い目を見るという事を教えてやろう。
『ぬおっ……このガキ!』
反撃をしようとしたのか、馬乗りへと移ろうとした瞬間にそう言って腕を伸ばす。だがしかし、それよりも先に俺の方が早く腕が伸び、倒した軍人の首元に向かって支給されていたサバイバルナイフを喉元に突き付けた。
「喋るな。喋ればこのまま刺し殺す」
『ぐっ……』
「何をされてるのか分からないって顔だな。分からないなら教えてやるぞ。――お前は今、俺が子供だからと馬鹿にした発言をしたな。多分西條には聞こえないように言ったんだろうが、そんな事を思うなら銃で撃ち殺せば早い話だろうが。つまらない事を言う暇があったら、テメェら軍人が少しでも被害を減らしたらどうだ?」
『……っ』
「本当に遣えるかどうかが分からないのは、テメェらみたいな軍の人間の事を言うんだ。まともに救助活動にすら移れない奴らが、何を言っても負け惜しみにしか聞こえねぇよ。……次言ったら、容赦なくテメェを殺してやるから言葉を選ぶんだな」
俺はそう言いながら、逆手に持ったサバイバルナイフを喉元から離す。生唾を飲み込んだ相手を見下しながら、俺は倒した軍人から離れて西條の元へと戻る。
呆れた表情を浮かべる西條から荷物を受け取っていると、背後で立ち上がるような音がすると同時に駆け出した足音が耳に入る。反撃というくだらない行為に移った軍人へ振り返る前、動こうとした西條を俺は制した。
「西條、何もしなくて大丈夫だ。俺を背後から攻撃する奴をアイツは放置する訳がない」
「……あいつ?」
そう俺が言った瞬間、あと一歩までに迫った足音は止まる。足音しか聞こえなかった様子から一変し、俺と西條のすぐ隣でドサッと何かが倒れる音が聞こえてくる。西條は言葉を失った様子で、荷物を渡しながら俺に問い掛けた。
「お前、……今、こいつに何をした?」
「何もしてないさ。……こいつを殺したのは、俺じゃないからな」
そんな俺の言葉を聞いた西條は、目を見開いて俺の事を見ていた。きっと西條には、見えているのだろう。倒れた軍人の死体には、赤い水溜りが広がり始めている。その死体に俺の体から徐々に伸びている影を見て、西條は言葉を失っているのだろう。
俺は死体へと視線を向けたが、その視界には壁に反映されている影を見つめた。そこには俺と西條ともう一つの影、まるで別の何かがその場に居るかのように蠢いていた。
それは――俺の身体に刻まれた龍紋から溢れている影である。