楠木副官と壬生岬玲奈の対談Ⅰ
――零と玲奈が訓練が終えた頃、汗を拭う為に玲奈は一度自室に戻っていた。
「ふぅ……いつつ……」
シャワーを浴びながら、玲奈は自分の身体に付いた擦り傷や切り傷を指でなぞる。ヒリヒリした痛みが微かに伝うが、玲奈は目を細めて口を尖らせながら呟いた。
「もう……霧原くん、乙女の柔肌を何だと思ってるんだか……」
そんな事を呟きながら、玲奈は汗を流し終えてシャワー室から出る。ドライヤーで髪を乾かしながら、ベッドに座って先程までの訓練を思い出す。
零に何回転ばされたか不明だが、それよりも気になっていたのは自分の弱さだった。零よりも玲奈の方が日本支部に入ったのは早かったが、実力差は歴然。自分と同い年でありながら、あそこまで龍紋の扱いに長けている人間を見た事が無いのである。
「……弱いなぁ、あーしって」
――コンコン。
「ん?はい」
そんな考え事をしていた玲奈の部屋の扉からノック音が響き、玲奈はタオルを肩に掛けたまま扉を開けた。そこには、茶髪ポニーテールの副官である楠木穂波が立っていた。
書類の束を挟んだファイルを抱き締め、玲奈の扉に一体何の用なのかという疑問の視線を送る。その視線に気付いた楠木だったが、溜息混じりに玲奈に平坦な口調で言った。
「閣下からの伝言を頼まれましたがその前に……少しは女性らしく、慎ましい身なりで行動しては如何ですか?壬生岬隊員」
「っ……ちょ、ちょっと待ってて下さいっ」
風呂上りでラフな格好で肌着同然だった玲奈は、ハッとした様子で自室に戻った。ドタバタと室内から聞こえる音を耳にしながら、楠木は肩を竦めつつ扉の横に背中を預けた。
楠木はファイルを抱き締めながら、目を細めて彼女……壬生岬玲奈について情報を脳内でピックアップし始めた。
「(壬生岬玲奈、小学生時代に龍災の被害に遭い、施設に保護されてから数日で覚醒。瞬く間にその優れた運動性と汎用性で軍事に足を踏み込んだ龍紋保持者。霧原零と同じ施設という報告を受けているが、両者共に覚えていない様子。……それとも、互いに成長していたから思い出せないのか)」
「はぁ~、お待たせしましたぁ~」
「(少なくとも……我が部隊に必要不可欠な両者には、仲良くしてもらいたいものですね)」
「ん?どうかしましたか?」
「いいえ、何でもありません。伝言を伝える前に一つ、頼みたい事があるのでこちらへ」
「あ、はい」
下半身は軍服だが、上半身は黒のタンクトップで現れた玲奈。そんな玲奈の服装を見て、楠木は歩きながら指摘する事にした。
「壬生岬隊員、もう少し女性らしい服装は無かったんですか?」
「ええっと、気に入ってた服は家に置いてきちゃったので……軍から支給された服しか無いんですよね。あはは」
「はぁ……近い内に休暇命令が出ると思いますので、その際に衣服の購入は認めます。女性がお洒落をしてはいけないという規則は、我々の部署に存在しませんのでそのつもりで」
「は、はぁ……あの、もしかして心配してくれてるんですか?」
「っ……勘違いをなさらぬように。これはあくまで仕事の一環です。他意などありません」
楠木が振り返らずにそう言うと、その背中を眺めつつ玲奈は口角を上げて言った。
「じゃあお言葉に甘えさせてもらいますね。流石に訓練服や軍服だけじゃ、休暇に楽しみようが無いので」
「ええ、そうして下さい」
そんな何の変哲も無い会話をしながら廊下を進み、やがて辿り着いた扉の前で楠木は足を止めた。そこは日本支部ドラグーンの地下であり、隊員達が出入り出来る数少ない訓練場でもある。その場所で訓練出来るのは、救助訓練と対人訓練。
立体映像で保存してある実体を映し出し、そのデータを相手に訓練が出来るという科学の最先端技術で生み出した光学訓練場とでも言うべき場所である。
「楠木副隊長、ここで何をするんですか?」
「そうですね。まずは伝言を伝えながら、私と組手を致しましょう」
「へ?副隊長と、ですか?」
「私では不服ですか?霧原隊員より強く、そして閣下に引けを取らないと自負していますよ」
「っ……じゃあ、お相手を宜しくお願いします」
「ふふ、良い返事です。では……参りますね」
「はいっ」
玲奈が構えた瞬間、即座に間合いを詰めに接近した楠木。そんな楠木の動きを見た瞬間、龍の力を使った際の零と面影が重なり、玲奈は一歩も反応する事が出来なかった。
喉元まで迫った手刀を回避する事も出来ず、楠木の放った手刀は玲奈の眼前で寸止めされた。強張った身体のまま、玲奈は動けずになっている。そんな玲奈を見据えたまま、楠木は平坦な口調で告げた。
「――壬生岬隊員、貴女は今……何の為にここに居るのでしょうか?」
「っ!?」




