彼女の名前は……
自己紹介のような場を設けられたのは別に気にしないが、敬礼していても納得のしていない人間というのは表情や態度を見れば一目で判断出来る。その者達が視界に入った俺は、腕や足の一本や二本を引き千切ってやろうかと思ったが動けなかった。
何故ならそれは、敬礼をさせた張本人が俺の頭を鷲掴んで固定しているからだ。動こうにもすぐには動けず、俺は微かな苛立ちを視線に込めて男を見据えた。
「霧原零隊員、君には先日言ったはずだぞ。最低限の規則には従ってもらう、とな。無用な事を引き起こして、せっかくの人員を失う訳にはいかないのだ。分かるな?」
「……チッ、分かったから離してくれます?俺はあんたのペットじゃねぇ」
俺はそう言いながら、上官である男の手首を掴んで強く握った。その男の屈強な身体と相俟って、手は大きく腕も太い。子供の俺が握ったとしても、大したダメージにはなる事は無いだろう。だがしかし、俺はそこら辺に居る子供とは違う存在だ。
「……何をするつもりかね、霧原隊員?」
「離せ。離さないなら、このまま腕を切り落とすっ」
俺は圧力を込めた視線を向け、男にそう告げた。完全なる脅迫なのだが、軍での行為では裏切り行為と見做される可能性が十分にある。それは十分に理解しているが、それでもいつまでも俺の頭に手を置かれた状態は我慢ならない。
このまま龍の力を使い、宣言通りに男の腕を切り落とす。そうすれば、少しでも刺激してはならないと印象付ける事が出来るはずだ。そう俺は思って行動していたのだが……男から出た発言は、俺の予想の斜め上を行ったのである。
「腕の一本や二本、別に構わない。それで君が私の言う事に従うのであれば、安い取引だ」
「――っ!?」
『閣下っ!!!』
男の言動に驚いた観衆は、慌てた様子でその場から動こうとする。だがしかし……
「狼狽えるなっ!!こんな事でいちいち動揺をするな!!それでもお前達は軍人かっっ!!」
『――――!!!!』
大した物だ。隣に居た俺はともかく、この場に居る全員の精神を無理矢理に押し込めた。ただの一声で、ここまで観衆を黙らせる光景は見た事が無い。読んだ事のある本の世界で、何度か見た事があるぐらいだ。
こんな事が出来る人間が、今の世の中に残っているというのは貴重だろう。だからこそ、きっとこの男はこの場を治めているのかもしれない。そんな事を思った俺は、男の手首から手を離していた。
「む?……どうした?怖気づいたのか?」
「いや……あんたの思想は知らないし、分からない事が多過ぎる。そんな世界の中で、俺は初めて誰かの指示で動いてみたいと思ったらしい。……――俺はあんた、いや、閣下に従います。数々の御無礼、失礼致しました」
「っ……そうか。こちらこそ、宜しく頼む」
自然と外れた手はゆっくりと差し出され、二度目の握手を俺は交わした。まだ納得出来ないという空気を持っている者が視界に入っても、俺は元居た場所へと戻った。今度は壁に背中を預けるのではなく、男を――閣下を見据えるようにして立った。
『ふん、今更あんな態度取っても印象が変わる訳じゃねぇ。やっぱ所詮はガキだな』
『無駄口叩かない。閣下に聞こえるわよ?』
「……」
他人にどう思われようが関係無い。俺は、俺の信じた道を進み続けるだけだ。龍を滅ぼすという目的の為、その為に必要な事なら……俺はなんでもやってみせる。それが例え、命を奪う仕事であっても構わない。
「……(ここからだ。ここが俺のスタートラインだ。……父さん、母さん、咲……)」
◇◆◇
ブリーフィングルームで自己紹介的な事をされた俺は、解散となった途端に部屋へ戻っていた。いや、正確には解散になった訳では無い。新人である俺に話しても、訳の分からないだろうという判断から除外されただけだろう。
今頃はきっと、俺の事を必要か不要かという話し合いをしているのだろう。十中八九、俺を不要と発言する者の方が多いはずだ。そんな事を思いながら、俺は身に着けていた装備品等を外していた。
「……閣下、か」
自分が言った事と行動を思い出した俺は、肩を竦めながら首の骨を鳴らす。窮屈な場所に居た所為か、少しばかり身体が硬くなっている事に気付いた。手首を回してみたり、足を振ってみたが硬さは抜けない。
そう思った俺は、軽い服装へと着替えて運動場へと向かう事にした。
「待機とも言われて無いし、運動場に居るぐらいは良いだろ」
そう呟きながら、俺は運動場へと向かった。だがしかし、誰も居ないと思っていた運動場には先客が居た。
「およ?」
「……」
準備運動をしていたのか、足を大きく開脚して背筋を伸ばしていた少女と遭遇した。髪の毛を横に結っていて、見た目が騒がしい女子を想像させるメイクをしている。容姿や身長、体格を考えて俺の同じ年ぐらいだろう。
そんな事を思っていると、彼女から口を開いた。
「……君も訓練しに来たの?」
「……」
そんな事を問い掛けられたが、俺は開脚を止めた彼女の横を通り過ぎる。だがしかし、すぐに声を掛けられて動きを遮られる。
「ちょ、え?ちょっと待ってよ!無視する事無いじゃん」
「……何か用?」
「いやいやいや、明らかに面倒そうな顔しないでよ!何かあーしが悪いみたいじゃん!」
戸惑った表情を浮かべる彼女は、不服そうな雰囲気でそう言った。いや、事実としてお前が悪いという事は言わないで様子を伺ってみる。
彼女の考えている事が読めないと思った俺は、彼女の言葉を無視しながら準備運動をする。その様子に納得出来なかったのか、彼女は無理矢理に俺の目の前に手を差し出して来て言った。
「――あーしは壬生岬玲奈!!同い年っぽいし、仲良くしよ!」
「断る」
俺は彼女の言葉をすぐに拒否し、準備運動を続けた――。
ご拝読、感謝致します。
ついに前作キャラの一人が登場しました!!やっと物語が進んだ感があって、作者である僕は非常に嬉しいです。これからの展開を書くのが、かなり楽しみです!!
また次回、お会い致しましょう!!ではでは!




