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時のクリスタル

作者: 零

 理科準備室は、魔法の部屋だと思う。

 フラスコやビーカー、秤、アルコールランプやバーナーが並んでいるのも何だか日常的じゃなくて面白い。そして、たくさん並んだ鉱石の標本。主の趣味なのか、やたらと多い気がする。独特の、薬のような匂いとほこりのような匂いが混ざったような空気も、私は好きだった。古いものと、新しいものが同居しているような、不思議な感覚がする。

 けれど、私がその部屋を好きな理由は、それだけじゃない。

「せーんせ」

かくれんぼよろしく、私は先生を見つける。彼のお気に入りの場所は、標本棚の間だ。決して広くはないそこで、先生は寝ている。机についていない時は、私は真っ先にそこを探す。

 やはり彼はそこにいた。壁際の棚に背中を預けて、反対側の棚の、最下層の空きに足を突っ込んで。私の声にも気付かない。むしろ、気づかれないように言ったのだから当たり前だ。

 先生の膝の上には小さな鉱物図鑑が乗っている。ここで読んでいるうちに寝ちゃったんだろうなと、私は思った。私はそおっと足音を立てずに近づいて、先生の隣にちょこんと座った。ただし、向かい合うように、だ。先生の寝顔を拝める特等席。そこに陣取る。小さな小さな幸せの時間。

 ぽかぽかと、小春日和の温かさが降ってくる。私もなんだか眠くなってあくびをした。すると、先生は小さく息を漏らして薄く目を開けた。私はそれを、ドキドキしながら見ている。

「……何だ、君か。」

先生のそんな言葉に少しだけ胸がちくんと鳴った。彼は気にする様子も無く、大きく伸びと欠伸をした。そんな彼を見ながら、私は、何だ、で、悪かったですね、という言葉を飲み込む。発した所で良い事なんか無い。だから、言わない。私はそんな事が多い気がする。それで損してると思ったこともある。それでも、先生は何かを察したようにふっと笑って

「起こしてくれて良かったのに」

と、言った。レアな笑顔独り占め。ほらね。こんな性格も時には良い事もある。得した気分。何より、先生が何かを察してくれたような気がするのが嬉しい。

「あんまり気持ち良さそうだったんで」

そう言いながら、私はクラスから集めたレポートを渡した。

「ありがとう。お疲れさま」

先生はそれを受け取って、メガネを直しながら立ち上がった。さっきの小さな傷は一瞬にして癒えた。私は現金に上機嫌で先生の後ろから着いていく。

 歩く二人の姿が陳列棚のガラスに映って見える。ガラスの奥には様々な色の鉱石。ふっと二人で洞窟探検しているみたいな気分になる。そんな感じも好きだ。

「先生は、鉱石が好きなんですか?」

「ん? そうだね。好きだよ」

先生の口から出る、好き、という単語に心が躍った。わざとじゃないけど、得した気分二回目。

「どんなところが?」

まるで恋人のような会話。私のどこが好き?って聞いているような。

「そうだね」

先生はそう言って椅子に座った。レポートを書類ケースに入れて、机の引き出しにしまう。私も、対面側に置いてあった、丸椅子に座った。

 先生は引き出しを閉めた手で、一段上の引き出しを開けた。そこから出したのは、小さな透明の石。」

「ガラス?」

私の問いかけに先生は笑って言った。

「石英。水晶って言った方が分かりやすいかな」

そして、先生は今度はピンク色の石と、紫色の石を出した。

「これも全部水晶の仲間。この色は中に入っているものの違いなんだ。それだけでまるで別物のように変わる」

先生はそれらの鉱石を愛しそうに見つめた。

「鉱物たちは地球が何万年、何千年もかけて育てたエネルギーの結晶体だ。その結晶が育った場所の小さな違いで様々なものができる。色はもちろん、形もね。似ている者はあっても、同じものは無いんじゃないかな。僕にはそれが面白い」

「これ、先生が採って来たの?」

そう言うと、先生は黙って首を横に振った。

「採れなくは無いけど、日本ではまだまだ難しいんだ。自分で採って来てみたいけどね」

そう言う先生は少し寂しそうだった。何か事情があるのかな。でも、聞けない。それならせめて明るい話題にしたくて、話を変えようと口を開きかけたら、先生が、でも、と、言った。

「人間も同じなんじゃないかな」

先生が言った言葉が理解できなくて私はオウムのように、人間?と、返した。先生は柔らかく笑って続けた。

「きっと僕らの中にもクリスタルがある。地球が結晶体を作る、何千年、何万年という時間には敵わないけど、僕らが生きて来た、その時間分のクリスタルがあるように思うんだ。鉱物が、ほんの少しの稀なる偶然で色や形を変えるように、異なる環境、異なる経験の中で、その人にしか生成できない稀なる結晶体ができる。その価値は誰に決められるものでもない。それぞれがそれぞれに唯一無二の絶対的な希少価値だと、僕は思う。」

「……先生って、ロマンチストだね」

正直、言っている事はよくわからなかったけれど、話す先生の瞳はキラキラと輝いていた。先生の目を輝かせるようなものが、私の中にもあるだろうか。

「夢を忘れられず、現実だけを見る事が出来ない、ダメ人間さ。でもね」

そう言って先生は紫色の石に指を乗せた。

「こうして見える美しい色合いは結晶体の欠陥が引き起こしている事もあるのさ」

これは私にも何となく分かった。欠陥と言われている事が綺麗な色にもなる。それは、私達も同じってことだ。

 夕陽に笑う先生も、希少価値の輝き。

 先生の中にも、私達の中にも、それぞれに違う魅力のクリスタルがある。それは、欠陥さえも艶やかな色に変えて、これからも成長していくのだろう。

 たとえば、これから私のクリスタルに加わる色は、今この瞬間にも芽吹いているのかもしれない。





以前新潮新人賞に投稿して選外だったものです

鉱石が好きで結構手持ちにありますが、何前年とかけて、その結晶が出来たと思うとロマンだなぁと思います。

人も、期間は短いけれど、そうやって生きてきた時間が結晶しているのかなと思ったので、そんな感じで書いてみました(⌒∇⌒)


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― 新着の感想 ―
[良い点] 水晶に例えて、人の、その人だけの個性の良さが表現されているところが良かったです。
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