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7節 愛とは尊いものでしょう。

今回も最後の方に若干アレな描写があるかもしれません。

 午後8時、крив(クリヴ)の家のインターホンが鳴る。それに、なんの疑問も抱かずに家のドアを開けると、小柄な少女がタッパーを持って立っていた。


 「こんばんは、染野ちゃん。」


 「こんばんは、кривさん。」


 ふわふわと、触れたら柔らかい感触のしそうな髪が、首を傾げるのに合わせて揺れる。ほとんど水色に近い澄んだ湖の色の髪は、どういう訳か毛先、というか影になる所が薄桃色に見える。そして、その少し大きめの閉じられたタッパーを差し出してきた。


 「今夜の分です。」


 「なんかいつもごめんね?」


 「いいえ、кривさんが体調を崩される方が困りますから!」


 いつも、このやり取りをしている。目元に朱を散らした紅顔の美少女は。数年前に、кривとちょっとした縁ができて以来、同じマンションの同じ階に住んでいることも相まって、随分仲良くしてくれていて、野菜関連は調理がめんどくさくて足りてない気がする、という話をしたら、週に2回、野菜が多めなご飯を分けてもらえることになっていた。крив(クリヴ)自身、それは非常にありがたいと思う反面、学生に過ぎない彼女の負担になってはいないか不安なところである。

 それを素直に以前聞いたら「一人分だけ作る方がめんどくさいので。」と返された。


 「今日のは、カレー?」


 「いえ、ハヤシです。кривさん、以前辛味は得意でないとおっしゃってましたし、カレーは作りませんよ。」


 「よく覚えてるね。」


 「食べてくれる人の好みくらい、覚えてますよ。」


 こういう受け答えを聞く度に、本当に真面目な子だと思うし、優しい子だとも思う。彼女の家庭事情を知っているとあの環境でよくぞここまで、人に真摯でいることの出来る人に育ってくれたと、身内ヅラで喜んでしまうほどだ。

 というかほとんど、кривは染野を娘のように思っている。と言うよりむしろ、染野が自分の娘とか妹とかであったなら、どれほどよかったかと、本気で思う。


 「では、確かにお渡ししたので帰りますね。」


 「うん、そんな距離じゃないけど気をつけてね。」


 「はい!」


 「じゃあ、おやすみ。」


 「おやすみなさい。крив(クリヴ)さん。」


 些細な挨拶ひとつにも、目元を緩ませ、頬に朱を上らせて笑う少女は、客観的に魅力的だと言えるだろう。こつ、こつ、とマンションの廊下に響く靴音を見送りながら、ひとつ、息を着いた。


 「今のがソメノか、可愛い子だの。」


 「……母上」


 「そう怒るでない、(わらわ)とて、吾子(あこ)をいじめたい訳では無いのだぞ?」


 部屋の奥から、くすくす、と喉の奥に溜めた笑いを響かせる母にкривは諦めと共に項垂れた。この母が自分の都合を慮ることなどほとんどない。


 「しかし吾子よ、妾はかように、そなたを残酷に育てたであろうか。」


 「なんの話しですか。」


 「……分からぬのか?」


 母はその美しい青い瞳を真ん丸に見開いて、幼い風情で首をかしげた。なんとなくの無邪気な風情に釣られて、кривも同じように首を傾げる。しかし幼げにしても、背丈が185を超えるкрив(クリヴ)だ、ただ不格好になるだけである。


 「なればよい、分からぬまま、残酷な男で居るがよい。いつまでも」


 呆れたような、冷めたような眼差しが、кривを射抜いた。


 「いつまでもその傷の記憶を愛して、抱きしめておるがよい。それもまた愛であろう。」


 心の臓が、痛い。



 午前七時半。

 大多数の生徒が登校する時間を外すために染野はいつも少し早めに登校する。喧騒を嫌う訳では無いが、ガラガラの教室を見るのは気分がいいし、人の気配のしない通学路はほんの僅かだが特別感がある。子供っぽいとは染野自身思うが、それでも、誰が咎めるわけでもなく幼さを謳歌出来るのだから、やはり染野は早めに登校するのが好きだ。

 今日は一際、人が少ないらしい。誰ともすれ違わないし、車も横を通らない。

 少し、不自然なくらいに。


 「そーめーのーちゃん!」


 「は?」


 音もなく、視界の端から伸びた腕に染野の体がまるっと絡め取られる。聞き覚えのある声で、随分体格がいい。肩と腰を抑え込まれ、ぐい、と背中を男の体に押し付けられる。


 「っは、知ってたけどほっそ……ちっちゃい……」


 恍惚とした呼吸諸共、耳の中に押し込むような粘ついた声に、ぞわ、と首から皮膚が粟立つ感触が余計に気持ち悪い。


 「あ、ごめんな?吃驚してもうたん?」


 柔らかく、滑らかに、そして粘っこく問いかけてくる声とは裏腹に、染野の肩と腰を掴む手には力が篭もっていく。顔は見えない。ただ、首に押し付けられた鼻筋の感触からして、そして絡め取られたからだの体格差からして、日本人ではない気がする。


 「……誰?」


 何とか声を振り絞れば、背後の生き物がする、と拘束を緩めた。けれど、腕は掴まれたままで、向かい合う形にされただけだった。

 右手を左手に掴まれたまま、男は余った右手で染野の頬を優しく撫でる。

 心底幸せだ、とばかりに蕩ける金色の瞳には、覚えがあった。


 「一昨日の……」


 「覚えててくれたん?嬉しいわぁ……」


 その瞳が1度、見開かれてからそこかしこふにゃふにゃにとろかして、男は染野を抱きしめた。

 真正面から、まるで、からだの間に隙間があることを厭うように強く。


 「зима(ズィーマ)。俺はзимаって言うんや」


 「じーま?」


 маршалとくらべればいくらか発音しやすいような、けれどなれない言葉をなんとか口に出す。


 「っっうあ、あざとい……」


 зима、と名乗った男は染野の首筋に顔をうずめ、グリグリ押し付けてくる、似たようなことをкербер(ケルベル)もするが、あの可愛い後輩にされた時と違って嫌悪感と、逃げたい、という本能的な恐怖しかない。


 「舌っ足らずやんな、ちっちゃい子みたいでほんっっと可愛ええわ。あー、無理、愛しい。」


 抱きしめる腕は背中を這い回る。その形を確認するように、どこを貫けば死ぬかを探るように。気持ち悪くて、震える体を、男は「小動物みたい」とまたきつく抱きしめた。


 「離してください」


 「いーや。」


 背中をまさぐる手は少しずつ下に降りていく。スカート越しに太ももを探られたあたりで、ようやく、体が反応した。


 「はなして!!」


 体の横につける形で固定された腕をどうにか動かして、男の体を押し返そうとした、時に。


 「いっだ!?!?」


 男の体が染野から離れた。いつから居たのか、大型の犬が男の腹部に思い切り牙を突き立てていた。

 今しかない、と染野は走る。後ろで男がクソ犬!と叫んでいるのが、不自然に途切れた。




今回の新キャラはкривさんです。染野のご近所のお兄さんですね。クリヴと読みます

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