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5節 呪詛と言祝ぎの境界を、誰が知ると申しますか。

 「маршал(マルシャール)


 染野の部屋のバルコニーに、白い羽を落としながら、小さな影が降り立った。銀色の髪に、太陽への印象を溶かしこんだ瞳、小さな体に不釣り合いに、маршалと同等の大きな翼。その左手に握られた鎖に何か繋がっていると視線をあげると、ラファエル型特有の金と赤の髪に、瑠璃色の翼。


 「ウリエル様……?」


 見紛いようのない、その存在にмаршалはバルコニーに出て膝まずこうとする。そのмаршалには関心を示さず、ウリエルは染野の部屋を観察する。


 「お前の魔法少女も、ある程度裕福なのだな。」


 ぼんやり暫く部屋の中を眺めてからウリエルは、маршал(マルシャール)に視線を落とす。感情のそげ落ちたような、それなのにどこまでも張りつめた、白皙の顔。

 その白い手が翻り、ウリエル型をつなぐ鎖の逆の端をмаршалに巻き付け、その間を持ち直す。


 「……ここで貴様らを叱っても構わないが、魔法少女に迷惑がかかるな、適当な場所はないか」


 そう言って鎖を引いて、2人に構わず高く飛び立つ、2人を軽々と持ち上げて飛ぶ、その膂力も翼も、まるでかつてとの変化が見られない。高い位置から街を見下ろしたと思えば、山に目を止めて、そこに向けて飛ぶ。そして、山の上に来たと思えばその森の上でウリエルは鎖を持つ手を離した。


 翼ごと鎖に繋がれた2人は自由落下の末に地面に叩きつけられる、人であれば死んでいるような衝撃に、死ねない天使を2人、ウリエルが侮蔑を込めた瞳で見下ろしながら、地面に降り立つ。


 「この街にадмирал(アドミラール)がいる。」


 「……え」


 その目に映る色が、侮蔑ではなくなる、金の瞳に含まれる白と赤が、より際立つ。


 「貴様らが揃って『任せろ』と言うから任せた。それで貴様らはどれだけ私を待たせるつもりだ。」


 頬の筋肉が強ばる。言葉が出ない、体が震える。

 その存在が、己らではなく、ただ人類に対する配慮でのみ怒りを堪えているのが分かっているから、余計に。

 この時代の環境でなければ、自分たちを構成する肉体は控えて見積っても半壊、いや、下手したら自分達を含めて彼を失望された全てを灰に返していたかもしれない。


 許しをこう言葉すら出てこない。


 「いつになったらадмиралは私に還る?」


 周囲の気温がじわり、と上がる。

 転がる2人にウリエルは歩み寄り、まずはмаршалを、次いでговорник(ゴヴォルニク)の腹を蹴りつけた。


 「私は一体あと何度、お前達に失望せねばならない。」


 ウリエルの表情が、痛みを堪えるように歪んだ。


 「雷神、蛇、冥府の瘴気、главни(グラヴニー)それにこの地にはリリスもいる。なのにお前達は、未だにその1柱も駆逐できてはいない。」


 「……長く戦争状態にありますが、そも、神を魔法少女が討伐できた試しなど。」


 それは、なんとか反論できた、戦争が始まって長いが、たった一度でも魔法少女が、精霊でなく神を討伐できた試しはない。だからこそ、戦争が膠着状態にあるのだ。


 「サンクトペテルブルクに、ジャンヌがいたのは覚えているか。」


 「え、ええ。」


 ジャンヌ、ジャンヌ・ダルク、決して数は多くない、人から天使に召し上げられた一人、ミカエルに手を引かれ、天界に上がった乙女。彼女も今はмаршал(マルシャール)たちと同様、魔法少女を代理に立てて戦争をする立場にある。


 「ジャンヌの魔法少女が、лов(ローヴ)…………狩猟神を殺したらしい。」


 「は?」


 「それも、もはや残滓を寄りあわせて新たに生まれ直すことが叶わぬほどに引き裂いたと聞く、恐らくは500年は、狩猟神は産まれないと聞いた。」


 ウリエルの瞳は、いつしか随分凪いでいる、遠くにある部下の功績を誇っているのだろう。


 「私は、адмиралか上位の神の骸を望もう。しかし、貴様らには最早期待しない。故にせめて、リリスとまとめて私の前にあれらを引き摺りだせ。」




 「ウリエル様が、地上に降りられました。」


 адмирал(アドミラール)は母の胸で呟いた。その声は僅かに震えている。華奢な青年を慰めるように、母はその髪を優しく梳いた。


 「ウリエルが、何故今になって……」


 「恐らくですが、完全な偶然です。たまたま、главниが愛でていた娘を、たまたま、маршалが選んだから。」


 адмиралの声は常より低い。苛立っているし、怯えている。

 облак(オブラーク)は肌で感じる、この男は、染野を憎んでいることを。この男は元は無垢な天使でありながら、随分面倒な感情に捕われているらしい。

 あるいはだからこそ、堕ちたのか。


 「では、あの娘は無関係か……」


 母が小さく呟いた、その呟きを聴き逃した者はおらず、皆が母に注目するが、彼女は幼い面差しに慈悲深い微笑を浮かべた。


 「何、吾子らは知らぬで良い。運命の駆逐された今の世にあっては、如何な偶然とて有り得ること。

 ……それに、главниすら預かり知らぬ事じゃ、吾子らは知らぬで良い。」


 母はадмиралから離れ、とてとてと今度はзима(ズィーマ)に駆け寄る。


 「さて、зима、そなたを治してやらねばな。その姿では染野に嫌われてしまうぞ?」


 「……頼んます、母ちゃん。」


 「うむ!」


 可憐に母は笑い、зимаの頭を抱きしめた。





 ウリエルよ、哀れな哀れな、吾子の吾子。


 そなたが『父』と呼ぶ我が吾子が、妾から食らった子宮(けんのう)の不完全を呪うが良い。


 そして寿ぐが良い。


 それ故にそなたは貶められ、それ故にそなたは、何より愛おしいものを得るのだ。

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