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4節 親愛という、美しい言葉がございます。

 「言い訳は?」


 「ありません。」


 既に片足を失くしたзима(ズィーマ)は、フードを目深に被り苦痛の顔をоблак(オブラーク)から隠した。そうか、というため息を含んだかすれた声と共にзимаの右腕の肩から先を雷撃が襲い、即座に炭化させる。

 歯をくいしばり悲鳴を堪えたのは、何か、負けた気がするからだ。

 何故こうなっているかなど聞かれるまでもなく、答えるまでもない。

 облакの愛する『日常』それを構成する少女にまた、触れたからだ。

 зимаが苦痛とともに手足を再生した、その2週間、痛みに朦朧とした意識の中ですら垣間見た桜井染野を、怯えさせたからだ。


 「私、何が悲しくて男がリョナられてるの見せられてるんでしょうか、なんかすごい暇なんですけど。」


 「言うてやるな、吾子よ、あれもあやつらなりの愛情表現よ」


 「染野ちゃんへの?」


 「それもあるな。これ、首を動かすな。」


 呑気に首を傾げるадмирал(アドミラール)を、小さな少女がぺちん、と咎めるように叩く。少女は真剣な眼差しで、адмиралの長い、柔らかい銀髪を編み込んでいる。

 長い、艶やかでふわふわした、濃い紫の髪をツインテールにした少女とадмиралの組み合わせは、その傍らでいま、人ならばとうに死んでいるような拷問が行われているなどとは到底思わせない、和やかな雰囲気をかもしていた。


 「私、重要な報告があるって言いましたよね?お母様はいつもの事にしたって、облакもзимаも忘れてません?」


 「む?忘れてはおらぬぞ、いつになく真剣に吾子が言うたのは。」


 「お母様はいつもでしょう。いつも同じだけ重く受け止めるし、いつも同じだけ軽く聞き流している。」


 「拗ねるでない、妾はいつなりとて、吾子たちの1番を考えておるぞ。」


 「そういうところですよ。」


 少女はぎゅ、とадмиралの頭を短い腕で己の胸に抱き込む。お母様、という言葉とは裏腹に、その姿はどうみたって少女のおままごとだ。


 「главни(グラヴニー)は運悪くいま時間は仕事であるし、кербер(ケルベル)は休日の昼は動かんし、まぁその、うぅん……」


 よしよし、と小さな白いお手手は抱え込んだадмиралの頭を撫でる。他者(わがこ)に対して真剣すぎるこの少女(はは)は、困ったように言葉を濁した。


 「けれど、吾子がわざわざ皆に言うのであれば、それは天の重大事であろう?……もしそなたの鋳型が関わることであれば、главниは無関心では……いや、平静ではいられぬであろうな。」


 何かを案ずるようにも、怯えるようにも見える少女の表情の傍らで、зимаの低い悲鳴が響いた。母の胸に頭を預けた青年が、ゆっくり伏せた瞳は、紫や赤、白が複雑にさざめく、太陽のような金色。




 新約聖書は、幼稚園がミッション系だったからある程度知っている、しかし、12年ぶりに、それも教会でその話を聞くことになるとは思わなかった。確かに解説はわかりやすいが、どうにも紗舞にはつまらない。あくびを噛み殺したら、横にいたウーがそれを目敏く見つける。


 「つまらないか、紗舞」


 周囲に気を使ってか、小さな声で問掛けるウーに、紗舞は首を横に振る。


 「無理をする必要は無い、紗舞がつまらないなら、司祭には申し訳ないが帰ろう。」


 え、と思うまもなくウーは立ち上がって紗舞の手を掴み、紗舞も立ち上がらせる。周囲の見咎めるような視線など理解していないように、つかつかとウーは紗舞の手を引いて教会から出ていく。


 「紗舞はこれからどうするつもりだったのだ?」


 「どう、って、帰ろうかと思ってたところだけど。」


 「そうか、では着いて行ってもいいか?」


 「えっ?」


 さも当然のようにウーは言い放つ、何もかもが規格外の子供、発言の全てが、紗舞の理解の範疇の外だ。


 「本当は、紗舞の同居人に用事がある。」


 「говорник(ゴヴォルニク)に?」


 「ああ。」


 「もしかして君は、天使?」


 もしそうだとしたら、全ての辻褄が合う、異様な程の美しさも、会話の通じるようで通じない感じも、まだ世間というものに馴染んでいなかったговорникが、ちょうどそうであった。


 「そうだ、翼は今の体には大きすぎるから、隠している。」


 確かに、天使の翼というのはговорникを見ても、染野の天使を見ても、ゆうに身の丈の2倍はあるものだ。この小さくて細いからだには大きすぎるだろう。


 「わかった、いいよ、おいで。」


 「ありがとう。紗舞の暮らす家も見たい、構わないか?」


 「それなら、3人でご飯を食べようか。」


 嘘の可能性はまるで考えなかった。敵の可能性をまるで考えなかった。

 紗舞をみて細める瞳が、家族のような親しみと慈しみで溢れかえっていたからかもしれない。




 говорникは1人の部屋で、紗舞の帰りを待っていた。ミカエルに親しくするな、と言われた訳では無い。あくまでウリエルが地上にいる間は、性的な接触を控えるように、とそれだけだ。

 ウリエルが、天使が恋をすることを嫌っている、むしろ、怯えているというのは己の原型(ラファエル)から昔聞かされていた。だから、古の神々と等しいほどに憎んでいるのだと。


 「ただいまー」


 「おかえりなさい」


 もう、それほど時間が経っていたのか、紗舞が帰宅したらしい。玄関まで出迎えるのは、いつの間にかついていた習慣。

 玄関にいるのは、いつもの、愛しい少女と、銀髪の、少女か、少年か。


 「紗舞、すまないが魔法少女にも話せぬ話がある。говорникを借りるぞ」


 「そう、あまり虐めないでやっておくれよ?」


 「保証しかねる。」


 最後に見たのは700年前、壊れた体はアズラエルにより作り直したと聞いた。

 前見た時より幼くなったその存在はこい、と踵を返した。


 「畏まりました。」


 紗舞の横を通り抜けて、говорникはウリエルの背を追った。

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