11節 愚か者の話をしましょう。
今回はちょっとえっちぃかもしれない。ラブコメのラブの部分の回です
「ただいま」
「おかえり」
いつも通りの言葉に、当たり前の返事が返ってくるのは今日で二日目、高々二日ではそれに慣れずに染野はまた、震える手に力を入れて、家の施錠をした。リビングまで歩くと、お手玉状態のмаршалが机の上で待っていた。
「テレビでも見ていればよかったのに。」
「お前も見ないだろう。」
「うるさいですからね。でも私に合わせる必要はありませんよ。」
「契約相手の理解は職務の一環だ。」
「そうですか。」
リビングの隅の衣装ケースに、先程ドラッグストアで購入した、化粧水の詰め替えや、ついでに買ったシャンプーやコンディショナーの詰め替えを仕舞う。ガサガサと鳴るビニールの音が不愉快で仕方ない。
маршалがとん、とん、跳ねて近づき、染野の肩に飛び乗る。その上から衣装ケースの中を見下ろす。
「何が何だかわからんな。」
「男の人にはそうでしょうね。」
「お前は見分けがついているのか」
「ついていなければ使えないでしょう?」
「それもそうか」
たしかに言われてみれば、使わなければ、化粧水とか乳液とか、クリームとか、いや、そこら辺はまだしもコンディショナーとトリートメントとかは分かりにくいのかもしれない。染野自身、昔は意味わからないし、一生縁遠いと思っていた。
「なぜこんな面倒なことをしているんだ?ここまでしなくても、お前は美しいだろう。」
「顔の造形だけで、女の子の美しさは決まらないんですよ。」
女どころか人間ですらないмаршалには理解の範疇の外なのだろうが、骨格が美しくても髪の毛がパサパサで肌がボロボロでは人は見向きもしないし、むしろ汚らしいと嘲る。むしろ妙に整った造形のせいで、だらしないと指をさされるものだ。
『染野さんはせっかくお綺麗なんですから。』
『綺麗だからって、いいことはありませんよ』
『そんなこと言わずに、ね?』
『嫌。』
今思えば、染野にこう言った「女性らしくあるために必要なこと」を教えてくれた家政婦さんは、他人の娘に、それも頑なに拒否する可愛くない娘によく根気強く教育してくれたものだ。彼女がいなければ染野は未だに化粧水なんて使わなかったし、コンディショナーとトリートメントの違いは分からなかった。
「それに」
『染野ちゃんは、可愛いから。』
「世界一かわいい、と思って欲しい人がいるんです。」
連想ゲームのように、кривのかけてくれた言葉と、頭を撫でるあたたかい手のひらの温度を思い出して、頬に血が上るのを感じた。本当に単純なことに、染野は、彼のそんな言葉一つで女の子としての努力をすることを決めたのだ。ほかの誰でもなく、彼に可愛いとずっと思っていて欲しいから、家政婦さんに掌を返して教えを乞うて、同級生にお化粧の仕方を習った。
きっと彼らがいなければ、可愛い、美しいと褒めそやされる今の桜井染野はいなかっただろう。
ぽてっ、とмаршалが肩から飛び降りた。
「世界一かわいい、と思って欲しい人がいるんです。」
夢見るように瞳を細め、頬を染める。少女という言葉を理想化したようなその横顔に、маршалは目を見開いた。
諦観を込めた眼差しで、艶めかしく朱を散らして、乙女という言葉を鋳型に作られたようなその横顔に、маршалはしばし、見蕩れてしまったのだ。
それを美しいと思った訳ではなく。
彼女の言うように「可愛い」と感じたわけでもなく。
その、触れたら崩れそうな横顔が、尊いと思ってしまったのだ。息が詰まる程、じわ、と目元に血が集まる程に。
自分ではない、おそらく男のために作られたその横顔に見蕩れてしまったのだ。
『人の娘はね、恋をしている顔が1番美しいらしい。』
己の原型がかつてそんなことを言っていた気がする。
その、他人のための横顔が見るに耐えずに、маршалは染野の肩を離れた。
「良かったんですか?紗舞。」
「何がだい?」
男の手が紗舞の胸元に伸びる。過剰な恭しさで、まず、制服のリボンが取り上げられた。
「貴方の善意は目に余ります。あまり、ほかの巫女に目立たれたくはないでしょう。」
「君はどうか知らないけれど、私は気にしないよ。私の目的は巫女であり続ければそのうち達成される目が高いんだ。」
続いて男の手は、紗舞のブレザーのボタンを一つ一つ外し、する、とそれを肩から落とす。その間、紗舞はひとつも抵抗を示さず、いっそ無関心の風情で会話を続ける。
「貴方の事情は極めて特殊です。もし他に評価の高い魔法少女が現れれば、あなたが外される可能性もある。」
「それは困る……けれど魔法少女は母数が少ないくせに簡単に資格がなくなるんだろう。簡単に外れるものかな。」
男の手は流れるように紗舞の腰をなぞり、スカートのホックを外す。ファスナーを下ろすとぱた、と軽い音を立ててそれは床に落ちた。
「あなたがただ評価が低いだけなら別に問題なかったんですけどねぇ。」
「そんなに大変な問題なのかなぁ、天の主の前にヒトは平等なんだろう?」
続いて、その手はブラウスのボタンを丁寧に外して、肩のラインを撫でるようにその両腕を滑らせた。
陶器のような滑らかな肩が、男の目に晒される。
「貴方は純正のヒトとも言い難いでしょう。」
「悲しい言葉だね。」
男の腕が、紗舞の体に絡みつく。腰と腿を捉えて、どちらかと言えば筋肉質な体は軽々と持ち上げられる。
下着しか纏わない体が、最大限の丁寧さで運ばれ、壊れ物のようにベッドに降ろされた。
「それでも私を守ってくれるんだろう?говорник」
紗舞の端正な顔立ちを、覆いかぶさる頭から垂れる、毛先ばかりが金に煌めく赤毛が隠す。
「ええ、もちろん。私の存在に変えても。」
紗舞の白い肢体を、瑠璃の翼が覆い隠した。
この話のタグが異類婚姻譚なの覚えてる方はどれくらいおられるだろうか……