1節 まぁ、そういう訳でございますので。
遥か、遥か昔。俺という存在が構築されるよりも1000年ほど前であったか、とかく、昔だ。
未だ、この大地の上に、概念によって構築された古い神々が、今より遥かに多くいたらしい。伝聞調であるのは許されたい、何せ、俺が構築されるより古い時代のことだ。我らが父は、彼らを駆逐した。俺達の原型、己に似せたもの達を使って、1柱たりとも残さずに駆逐せしめたのだ。
しかし、古き神とは厄介なもので、砕かれ、千にさかれたその残り滓を集めて再構築してを、本日只今まで、その争いが続いている。
その間にも人の世は発展を続け、人を傷つけずに争うことの叶う場はどんどん駆逐され、ひとつ、条約が結ばれ、争いの形が変わった。
ひとつに、互いが直に交戦することを禁ずる。
ひとつに、人を直に傷つけることを禁ずる。
そうして生まれたのは、人に、代理の肉体を与え、我らの力を貸し与えて争わせる戦争様式。
稀有な金の魂を持つヒトを、古い言い回しにおいては『巫女』として、我らの代わりに、古い神と争わせる。
今主流な言い回しは、たしか。
『魔法少女』であっただろうか。
立てば芍薬
座れば牡丹
歩く姿は百合の花
付け加えるのであれば、その佇まいは桜の高貴を備えている。
と、美辞麗句で飾り立てても伝わらないであろう、俗っぽく言うのであれば、大衆向けアイドルのセンターより遥かに可憐で整った容姿の美少女である、と簡潔に解説しよう。学校指定のブレザーが小柄な体躯と少女性を強調して、庇護欲を掻き立てるような風情もある。しかし、高い位置で結えられた長い髪は活発さと、少しの潔癖さを演出している。1点の曇もない白い肌など、雪もくすむようである。
つまらなそうに、マンションの部屋の鍵を開ける、それだけの姿ですら、映画のワンシーンのように絵になるものである。
とはいえ、表情に対して彼女の心は浮き立っていた。学生が帰宅するのだからそれはつねのことではあるが、それにしても、である。何せこの扉を開ければ、愛しいサンビームヘビが極彩色に光る鱗を見せて出迎えてくれるのだから。
「ただいま。」
防犯対策と、帰ってきた、という自身への確認を兼ねた言葉だが、1人暮らしの彼女には当然、返事をするものはなく、彼女もそれを気に留めない。ただいつも通りに扉を閉め、鍵を掛け直し、高校生の一人暮らしには過剰な2LDKの奥、サンビームヘビの水槽に歩み寄る。そういえば、そろそろ脱皮が始まっていてもおかしくないな、と、水槽を覗き込んだ。
異様
異常
愛しのサンビームヘビは確かにそこにちゃんと居た、けれど、それ以外の生物もいた。生き餌のラットでは無い。確かに大きさはそれくらいだけれど、今日はそれを与える日ではないし、いつも絞め殺して丸呑みにするまでをきっちり観察しているのに、生き残っていた、なんてオチはありえない。
そもそも見た目が違う。1番近い言葉で例えるならば、毛束の生えたお手玉だろうか。可愛らしくデフォルメされたマスコットとか、ぬいぐるみとかの頭部をイメージして欲しい、大体そんな感じだ。金髪で、ポニーテールだから、毛束の生えたお手玉に見える。けれどこれは、生き物だ。
人間の頭部を愛らしくデフォルメしたような生き物が、サンビームヘビと喧嘩をしている。彼女はしばし凍りついた。
サンビームはその生き物を捕食しようとしているらしいが、その生き物はサンビームよりも素早いらしい、軽妙なステップ(?)で猛攻をかわしている。
その生き物は彼女の存在を認識したらしい、マリンブルーの瞳を見開いて、しばし動きを止めた、その隙にサンビームはその生き物に噛み付いて、締め上げようとする。
「そんなの食べちゃダメ!」
思わず声を上げて、蛇の牙が貫通しないようにグローブを填めて水槽に手を突っ込み、サンビームの鼻先を押しのけ、何とかその生き物を取りあげた。餌を取り上げられた蛇は恨めしげに尻尾を振って威嚇して来たが、得体の知れない生き物を食わせて病気になられたらたまらない。素早く水槽の蓋を閉める。ご機嫌取りにラットを解凍してあげなければ。
「助かった、お前に話があったのに、危うく蛇に食われるところだった。」
右手のあたりから聞こえてきたのは、よく響くバリトンボイス。
その、毛束の生えたお手玉は、手の中から語りかけてくる。よく見れば、凛々しい顔立ちをしている。声を加味して考えれば、男性なのだろう。
「え、いや、え??声帯どこ??」
おそらくどう考えてもその問いかけは的外れだろうが、その時点で彼女は冷静ではなかった。困惑していた。だってそうだろう。家に帰れば最愛のペットが、どんな動物図鑑にも乗っていないだろう謎の生き物を捕食しようとしていて、あまつさえそれが声をかけてきたのだから。
それを握りつぶさなかっただけ偉いと褒めて欲しい。
「さて、桜井染野、稀有なる黄金の魂の持ち主。『魔法少女』として俺に代わり旧世代の遺物と闘って……」
「これはきっと夢!!」
思わず、窓を開けて右手に握っていた生き物を外に投げ飛ばした。ソフトボール投げには自信があったが、外に生えていた木に引っかかったらしい、その生き物はぴょん、と水槽の上に舞い戻ってきた。
そういえば、どうやって水槽に入ったのか。
「人の話は最後まで聞くものだぞ。桜井染野」
しつこい程に、その生き物は彼女の名前を繰り返した。