ゲームとは心の安定剤である
「ふぅ……」
紅葉こと葉縞 紅葉はVRヘッドを頭から外し、ベッドから降りてひと伸びする。
ゲーム内で本名そのままは、最初は友達にうるさく言われたが、ゲームの名前にしては珍しくないという事が発覚してから、なんとも言われなくなった。
プレイヤーネームは、ほとんどの日本人が外国語を読めないのと同じで、漢字表記だろうと、カタカナだろうと、日本語が読めない外国人プレイヤーにとってはどちらも変わりはない。
なので外国人プレイヤーと会った時は、お互いに自己紹介する事がマナーとなっている。
俺は閉めていたカーテン開け、窓を開けると、真っ赤に染まった鮮やかな夕日が目に飛び込んできた。存分に目に焼き付けたところで、網戸を閉める。
季節は夏という事で、エアコンをつけていたから涼しかったが、夏の夕暮れの風もまた気持ちがいい。
下に降りてリビングに入ると、テーブルの上にはホールケーキ、寿司、ローストビーフなどのご馳走が所狭しと並んでいた。
今日は妹、楓の14歳の誕生日だ。なので、早めに『アトランティス・オンライン』から戻ってきたのだ。
……ゲームの為ならご飯に遅れることぐらいあるよね?
今日の主役の楓は、母さんと2人で買い物に行っている。父さんはというと、キッチンで料理を作っている。
父さんの職業は料理人で、昔は星が付いた所で働いていたそうだ。
俺が生まれた時に自分の店を持ち、今は夫婦2人、時たまその息子と娘が働いている。
と、いっても父さんはこの店を俺に無理やり継がせる気は無いようで、今も働く時はバイトとしてバイト料金を貰っている。ちなみに店の営業は順調だ。
「ただいまー、っ!!良い匂いがする!」
慌ただしく中に入ってきたのが楓で、その後ろから大量の荷物を持って来たのが母さんだ。荷物の量は多い気がするが……
「ただいま紅葉、ちゃんと居たのね」
「流石に今日いなきゃ怒られそうだったし、何より楓が可哀想だからね」
すると、料理を見てよだれを垂らしそうになっていた楓が、こちらに飛んで来た。
「そうだよ!今日はわたしの誕生日なんだから!いくらお兄ちゃんがゲームで強いからって、妹を放っておきすぎたらダメだからね!」
「はいはい、わかってますよ」
楓のサラサラとした黒髪を撫でる。楓の顔がふにゃふにゃとなる。頭を撫でると、大概のことは許される。
ゲームで俺が『紅葉』である事は、家族と一部友人にだけ教えてある。
ちなみに、父さんと母さんも『アトランティス・オンライン』をプレイしている。ゲームの中でもお店を持ち、現実と同じメニューとゲーム限定メニューを分けて出している。
何でも現実でも食べたいと思わせるほどの料理を作ることを目指してるらしい。
それで本当に東京とかから、ゲームで食べた味が忘れられなくてと言って、わざわざ札幌まで来た人が何人もいるから成功と言えるだろう。
ゲーム限定メニューというのは、ゲームにしか無い素材を使った料理のことで、俺は偶に素材集めを頼まれる事がある。それは採取とかでは無くて、討伐だが。
今でも特に覚えているのが、ドラゴンステーキを作って見たいから狩ってきてくれと言われた時だ。
父さんが「ん?無理なのか?じゃあ他の人に頼むか」と挑発じみた事を言ってきたので、30体分ほど取ってきてやった。あの時の父さんの引き攣った顔は忘れられない。
「じゃあこれで全部揃ったから始めるか」
父さんが両手に皿を持ってきて、テーブル隙間を埋めた所で、ケーキのロウソクに火を点け、電気を消す。
定番の歌を歌って、楓が息を吹きかけ火を消す。
「「「楓14歳の誕生日おめでとう!」」」
事前に打ち合わせといたセリフを父さん、母さん、俺の3人で言う。
「ありがとう!あっ、お兄ちゃんプレゼントは後で部屋に持ってきてね!ということでいただきまーす!」
俺からプレゼントを貰えることを確信している楓は、花より団子で父さんの絶品ローストビーフを口に入れニヤケている。あれは美味いからしょうがないだろう。
4人でゆっくり食事するのは久し振りの事だが、集まると話すのは『アトランティス・オンライン』の事だ。ちなみに楓もやっている……ってか、家族全員でやっている。
「父さん達の店は最近どんな感じ?」
「そうだな、週に2日程しか出来ないが良い感じだぞ。そうだ!前に評判を聞いてと言って、外国の人も来てくれたぞ!」
父さんは【星付き料理人】というジョブに就いている。
【料理人】系統のジョブは少し特殊で、店の料理が、あるNPC達によって認められると、『星』が付けられる。
現実のように一つ星や二つ星、三つ星などつけられ、それによりジョブの名前が変化する。
今の父さんは【三つ星料理人】だ。
ちなみに【料理人】系ジョブに就いていなくとも、料理する事ができるが、【料理人】系ジョブの人の料理を食べると、バフやデバフがつく。
「そういえば紅葉、もう少しで『コーヒー』が無くなるから、また宜しくな」
「はいよ、いつも通り店のアイテムボックスに補充しとくよ」
「ねえねえ、お兄ちゃん聞いてよ!今週のギルドクエストがね、『閃光竜シャンドラ』の討伐なんだよ!酷くない!?」
『閃光竜シャンドラ』は最近見つかったレイドボスで、その素材が最高級素材として使えるという事で話題なやつだ。
「あー、楓達のギルドだと……ちょっと厳しいかもな」
楓は同じ中学の同級生や、小学生時代の友達とギルドを作っている。ギルドの強さ的には中の上ぐらいだろうか?
閃光竜を倒すのなら、実力的に上の中は欲しいぐらいだ。
「紅葉の方は最近なんかなかったの?」
母さんが聞いてきて声に出しながら考える。
「うーん……一週間前と今日【国会議事堂】の450階層まで行ったことぐらいかな?」
「サラっとまた階層更新したんだね……そういえば今日ネットで演習場でのお兄ちゃんの戦闘動画あったけどなんかあったの?」
「あー……そうそう、俺が『刀剣オンライン』っていう別ゲームやってた時のフレンドの奴がさ、今日『アトランティス・オンライン』の方に来たんだよ。それで会いにいったわ」
思い出したかな風に言ったが、忘れていたわけじゃない。めんどくさい事になるのを避けるためだ。
だが、やはりというか、それに反応したのは妹だった。
「その人って男?女?何歳ぐらいの人?可愛い?格好いい?」
「多分だけど高1くらいの女子だな。『刀剣』の方だと男だったけど。ちなみに美少女だった」
それに食いついてくるのが我が両親だ。
「ほぉー!紅葉、今度その子を店に連れて来なさい。当然父さんがいる時間だぞ?」
「紅葉が会いに行く女の子ねぇ?母さんも楽しみにしてるわ?」
ニヤニヤと言った言葉が似合う顔をしている両親だが、俺が異性の話題を出すといつもこうなる。まぁ、いつもちゃんと店の宣伝も兼ねて連れて行ってるのだが……あっ
「そうだ、いつになるかわからないけど近い内に顔を出す事になると思う。いいよね?」
そう言うと、父さんは少し真面目な顔になり答えた。
「うーむ……紅葉、お前は俺らと違って有名だ。現実で何か起きるという可能性もあるんだからな?それを承知しての上での事だな?」
「もちろん考えての事だよ。もしかしたら店のお客さんが増えるかもしれないしね……でもひとつだけ心配な事は楓の事だけど」
もし俺が現実の人にバレ、妹の楓が俺のせいで迷惑をするのだけは避けたい。
すると楓はいつも通りの笑顔で言った。
「大丈夫だよお兄ちゃん!それに、顔を出したから確実にバレるっていう事じゃないんだからね」
「だよな、それにこれで騒ぎにならなかったら自信過剰もいいとこだよな!」
笑いながら、心の中でありがとうと感謝をして、その後も家族団欒のひと時を過ごした。
家族での誕生日パーティーが終わり、風呂に入り後は寝るだけ、ということで寝ようとして部屋に行った時、楓に渡すプレゼントの存在を思い出した。
遅いなどの文句を言われるかなぁ……などと思いながらプレゼントを持ち、楓の部屋に向かう。
「楓ー、はいるぞー?」
ノックと声掛けをするが反応がない。ドアを開けてはいると、そこには幸せそうな寝顔をした楓がいた。
なるべく音を立てないように気をつけながら、プレゼントをテーブルに置き、タオルケットを掛け直して部屋を出た。
俺は部屋に戻りベッドに横になると、スマホが光った。何だろうと見て見るとアーサーこと、真凛からだった。
アーサー:【騎士】がレベル上限になったぞ!近いうちに【聖騎士】になるから待ってろよ!
「早いなぁ。一日で下位職業とは言えレベル上限とは随分無茶したんだろうな。というか、自分の情報は大切に隠せよな……って、メインジョブ公表した俺が言えることじゃないか……」
紅葉:楽しみにしてるぞ?話変わるけど今度父さんがやっている店に行かないか?月曜日か金曜日空いてる日が出来たら教えてくれ
「さて、明日はアイツの遊びに付き合うのとコーヒーの納品ぐらいか……明日学校か、忘れてたな」
学校という存在を思い出し憂鬱になったが、寝て少しでも気を紛らわそうとする紅葉だった。
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スマホに届いたメールを見て一人の少女が慌てふためいていた。
「こ、これは俗に言うデー……い、いや!そんな事あるわけない!そう!無いったらない!」
その日、東京のとある一軒家に住む一人の少女は寝不足だったと言う。ちなみにその原因となった少年は熟睡だった模様……
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