SSミステリー「箱の中」完結
かの裕福な一族であるご令嬢は大層美しく、その肌は白く透き通り欄の花を想像させ、瞳は硝子細工の如く輝いていた。しかし完璧な人間などこの世に居ないのが常で、ご令嬢も無論その一人であり、少なからず他人にはとても大声で言えぬ悪癖を持っていた。
ご令嬢は幼い頃から、愛着のある物なら何でも箱に仕舞うという癖があり、その箱は初めの頃はそれこそお菓子箱くらいであったが、成長するにつれ段々と大きくなり、ついには十歳の男児程の箱になっていった。
思春期になる前は、その箱に入れていたのはお気に入りのワンピースのボタンや、絵、リボンの類であったが、それも成長と共に、猫の死骸、土、腐ったリンゴなどへ変わっていき、十五歳となった今、ご令嬢があの箱に何を入れているのか、屋敷の使用人も誰も分からなかったし、気味悪がった。
ご令嬢のこの悪癖には原因があった。それは両親の不仲であった。母は家庭を顧みず、他の男と浮気をし、父は父でアルコールに侵され孤独に死んでいった。ご令嬢はいつも孤独だった。愛に飢えているご令嬢は、二度と自分から大事なものが離れぬよう、箱に仕舞い込んで閉じ込めるようになったのだ。
そんなご令嬢に唯一真摯に向き合ったのは、使用人のエドであった。
「エド。私の心を理解してくれるのは貴方だけよ」
「わたくしは、お嬢様の全てを受け入れます」
使用人のエドは少なからず下心を抱いて、ご令嬢に近づいたには違いなかったが、孤独に屋敷に取り残されたご令嬢にとって肉親より心を開ける存在だった。
エドにとって、身分の違うご令嬢を手に入れる事は男としての誇りであり、快感であった。だが、どうしても気になるのは、やはりご令嬢が他人に見せぬという例の箱の事である。
「あの箱の中身が見せてくれませんか?」
ある日エドがそう頼むと、ご令嬢は首を振った。
「あの箱は開ける事は出来ないわ。あの箱を開けたら、私の大事なものが逃げてしまうでしょう?そんなの耐えられないわ」
そう言われてしまうと、エドは何としてもあの箱の中身が気になって仕方なくなり、しまいには朝昼晩と、ご令嬢の事よりもあの箱の中身の方が気になってしまう始末。あの箱の中に入っているのは、もしかしたらとんでもない物かもしれない。恐怖心と好奇心に揺さぶられ、ついにご令嬢の留守の晩、あの箱のある部屋へ一人こっそりと入っていった。
暗い部屋の隅に置いてある箱へゆっくり近づく。小さな鍵穴に嵌る鍵は、ご令嬢の机の引き出しの中にあると前に教えてくれた事があった。鍵を拝借し、箱の鍵穴へ差し込む。ギギと錆びた音をさせて、箱の扉は開いた。すると、箱の中身を見て、エドは驚いて目を丸めた。箱の中身を確認した後、急いで扉を閉めようとした時、後ろからご令嬢の声がした。
「見たわね」
ご令嬢の低い声が聞こえ、エドは恐る恐る振り向いた。
「あんなに開けるなと言ったのに。お前というやつは」
長い髪を揺らしながらご令嬢は、エドの元へ詰め寄った。エドは必至に謝罪しようとしたが、ご令嬢の顔は見る見るうちに歪んで恐ろしいものとなっていった。
その晩から、屋敷の中でエドの姿を見る者は誰一人いなかった。しかし使用人の話によるところ、ご令嬢は最近は大層機嫌がよろしいとのこと。使用人の一人が、ご令嬢に尋ねた。
「このところ、何故そんなにも御気分がよろしいのですか?」
するとご令嬢はにっこりと笑ってこう答えた。
「私の大事なものが新しくなったの」
使用人は、どうやら箱の中身の物が増えたのだと悟った。箱の中身は未だに誰も分からない。あの晩、エドの目には何が映ったのか。そしてエドはどこに行ったのか。