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 話は戻ってデートの翌々日。孝太郎と孝子の仲が全校生徒に露見し、母親である美貴みたかの説得にあたった日の翌日。

 その放課後。

 またしても二人は、自分たちにとって発端ともいえる神社に集まっていた。

 誘ったのは孝太郎だった。説得の首尾を聞きたいという名目だ。

 もはやはばかる必要などなくなったが、彼らは校内での距離感を変えなかった。やり取りらしいやり取りは、結局最後の時まで行わずに過ごした。

 しかしながら変化もあった。

 すれ違う際などに、さりげなく視線を交わすようになった。見られる気遣いがなければ、ほほ笑み合ったりもした。

 そんな秘め事のような恋を、彼らは楽しんだ。

 余談はさておき。

 事の次第を教えてもらった孝太郎は、

「うまくいったね」

 満足げに笑った。

 だからといって油断は禁物である。

 所詮は黙認されたというだけのこと。うつつを抜かしていると思われては、元も子もないのだ。

 孝太郎とて、その点は重々承知している。母に容赦がないことなど、文字通り身をもって知っていた。

 しかし。

「もう少し一緒にいたいな」

 土壇場で、彼はそんなことを口にした。

「それじゃ、お言葉に甘えようかな」

 すでに立ち上がっていた孝子は、心持ち距離を詰めて隣に座り直した。土日をはさみはしたが、これで三日連続で帰宅が遅くなってしまう。

「孝太郎君は、貧乏くじを引くのをいとわないね」

「うれしかっただけだよ」

 呼び方が戻っていたことには触れなかった。

「入れ替われて、よかったな」

「ワタシも、そう思うよ」

「それは、『私』になれたから?」

「孝太郎君が幸せそうだから」

 武人との問答があったおかげか、孝子は大した動揺もなく返せた。

「それならよかった」

 孝太郎はほっと息を吐いた。

「とどまってくれて、ありがとう」

 言いつつ彼は、孝子の目を見据えた。

「犠牲にしてくれた時間は、絶対に取り戻してみせるよ」

 市村孝子のうれいを帯びた雰囲気は、一橋孝太郎となってしばらく経ったころには感じられなくなった。かわって心を埋め尽くした迷いが消えたのも今は昔。その瞳に宿る意志は力強く、何よりも頼もしかった。

「ありがとう」

 それは、消え入るような声だった。

 うつむいた孝子の手を、孝太郎はそっと握った。


「そうだ。ごめんね。付き合ってることをタケヒトに勝手に教えちゃって」

 タイミングをずらさず、一緒に帰路についた孝太郎と孝子。先ほどの言葉は、石段を下りる途中で孝太郎が不意に発したものだった。

 わずかに先行する孝子は、足元に細心の注意を払いつつ振り返った。

 一時間近く早くはあるが、入れ替わりが起きた日と同じく、すでに陽は落ちはじめている。事故を警戒しているのだ。

「ううん。むしろ、先に伝えることができてよかったよ」

 なるほど、と孝太郎は笑った。

「プライバシーは侵してないから、そこは安心してね」

 いまいち意図がわからず、孝子は小首をかしげた。

「そのしぐさ、かわいい」

「へっ?」

 孝子はすっとんきょうな声を上げた。

「あー、だめだ」

 孝太郎はうつむき、かぶりを振った。段を下りて距離を詰めると、

「もう、我慢できないよ」

 力いっぱい孝子の体を抱きすくめた。

「すごいね、孝太郎君は。本物の紳士だよ」

 耳元でそうささやいたあと、孝太郎はぎゅっと目をつぶった。

 かかった吐息に、孝子の体はびくんとはねた。

 発言自体も強烈だった。今さらながらに、一橋孝太郎の体が内包する欲求の強さを知られているのだと実感した。

 孝子は羞恥のあまり、前後不覚に陥った。踏みづらの狭い石段の上で。

 とはいえ心配は無用だ。

 孝子は現在も抱きしめられていて、身動きすら取れない。力の差だって歴然である。仮に彼女が暴れたところでびくともしないだろう。

 悪ふざけが過ぎるものの危険はない。……はずであった。

 足場の悪さをものともせず、孝子の体を支えていた孝太郎。彼の膝が、突如として崩れたのだ。

 二人は、抱き合ったまま石段を転げ落ちた。

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