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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

『POV(仮)』

作者: ごごとり

登場人物


芦原 犀 (あしはら・さい) 

國安 兼吾 (くにやす・けんご)

 

犀は大学生二年生。地元の私立学校を卒業後、自宅から通えるという条件のもと現在の大学を選んだ。何か勉強がしたいというわけでもなく、ただ親に言われるがままに「大学でも出ておこうか」くらいの認識しかもっていなかった。どうせ卒業後は父親のコネで就職することが既定路線となっていたし、社交的な性格でもなかったから結婚相手とて親任せになるだろうと漠然と考えていた。

それなりにいい条件の男と結婚して、

一人か二人の子供を産んで、

漫然と、少しずつ、緩やかに死んでいくように歳を取って、

これといって何を残すでもなくある日いなくなる。

その程度の人生だろうと良くも悪くも思っていた。

自分にできることなんてたかが知れてる。

犀は世界に絶望していない代わりに希望を抱いてもいなかった。


  *  *  *


一年の秋、兼吾に出逢った。

四回生、ということだったが、それが何度目の四回生なのかは明言されなかった。彼はとてつもなく顔が広く、キャンパスで彼が知らない人間はいなかったし、彼を知らない人間もまたいないという状態だった。一カ所にじっとしていられないほどに活動的で、常に何がしかの「仕事」に携わっていると専らの風評であった。

実際、彼は大学の単位などどこ吹く風で様々の事柄に首を突っ込んでかき回しているようであった。アルバイトの掛け持ちも十や二十ではすまなかった。のみならず自分たちで立ち上げた会社の経営にも大忙しで、もはや学校に籍を置いている意味など本人にも他人にも判らないに違いなかった。

自他ともに地味を以て任じている犀にとっては最も遠い存在と言えた。兼吾はキャンパスの人気者であったので、少なくとも有名人であったので、犀とても彼のことを入学当初から知ってはいた。が、興味がわく対象ではなかった。彼に関する噂が飛び交わぬ日はなかったが、それは犀には関連のない世界の出来ごとだと思っていた。

犀が兼吾の自宅アパートへ行ったきっかけは、友人の聡子にある。聡子はその数日前に兼吾に声をかけられ、「写真を撮りたいから一度遊びに来てくれ」と誘われたのだという。大学で知り合った聡子は、確かに同性の犀から見ても可愛いし、高校時代には写真部に所属していてその方面に造詣が深い。その関係でそういう話になったのだろうなくらいに思っていた犀だが、聡子に請われるまま兼吾のアパートへ行ってみると何のことはなく、写真を趣味にしているのは兼吾本人ではなくその友人の何とかとかいう怪しげな年齢不詳の男で、聡子はその何とかという男と奇妙にも意気投合したらしく、犀などそっちのけで写真の話ばかりしていた。人見知りのする犀は居心地の悪い思いをする。一人で帰ろうと考えた。その通りに申し出ると聡子は犀のことなど顧みずにあ、ごめんねと一言言ったきりで男と話し込んでいる。友人の意外な一面を見て軽く途方に暮れる犀をそこまで送っていくと言ったのが兼吾で、犀は辞退したが兼吾は意味有りげに目配せをして犀を外へと連れ出した。

「アイツ、写真の話になると止まらないんだ」

歩きタバコを燻らせながら兼吾はそう言って笑った。辟易していた、というのが実際のところのようで、聡子の写真を撮りたいから声を掛けるように兼吾に頼んで来たのも先ほどの友人であるらしい。

せっかくだから、という理由で、その後犀は兼吾に誘われて食事をした。男性と二人きりでそんなことをするのは初めてだった。自分がそんなシチュエーションに置かれていることが犀にとっては信じがたいほどに意外であったし、それ以上に意外なのはその後も兼吾についていってホテルの一室で自分が女になってしまったことだった。

兼吾と過ごすのは楽しかった。

内向的な自分が兼吾のような華やかな人物と一緒にいるというのは我ながらおかしなことだと思った。なぜこうなっているのか、原因が犀には判らなかった。兼吾はソツがなく、無性に人好きのする性格だった。彼といると犀は、本来の引っ込み思案でネガティブな自分をしばし忘れることができた。すべてが夢のようであった。それが言い過ぎなら、すべてがよくできた嘘のようであった。

十九そこそこの犀には、年上の兼吾は大人に見えた。体力があり、行動的で、財力もあった。人を飽きさせるということのない人であり、自身もまた他者にそれを求めていた。兼吾は刺激がなければ生きていけない人だった。犀はそんな兼吾にただ翻弄された。彼が自分を認識してくれているだけで幸せだと感じたし、その幸せを守るためであれば何を犠牲にしても構わないと思うようになった。

かいつまんで言えば犀には現実が見えなくなっていた。


  *  *  *


ほどなく、犀の身体に変化が起きた。

命が宿ったのだ。

犀の幸福感は絶頂にあった。自分と兼吾を結ぶ絆が得られたと思った。それ以前から兼吾は優しく、丁寧で、未来の夫となるには申し分ない相手だと思っていた。だから兼吾が「費用は出す」と言った時にもその意味を誤解していた。

 誤解が解けた時、犀はたくさんのことを知った。

兼吾にけっこうな額の借金があること。

奥さんだった女性がいること。

自分以外にも「親しく」している女性がいること。

自分以外にも、「費用を出」した相手がいたこと。

兼吾に結婚の意思などないこと。

それどころか、そもそも兼吾にとって自分は恋人と呼べる存在ですらなかったこと。

親にも言えず、犀は一人で病院へ行った。

多すぎる金を兼吾は渡してくれた。これもどうせ借金なのだろうと察しはついたがだからといって何の感慨もわかなかった。責める気持ちもなかったが感謝する気にもなれなかった。

もともと丈夫なたちではなかった犀は、施術の際に多大な身体的ダメージを被った。出血が止まらず、一時は生命の危険も危ぶまれるほどの状態に陥ってしまった。

結局二ヶ月あまりも入院することになった。最初の二週間は産婦人科に、それ以降は別の科に。


  *  *  *


犀は、もう子供を産めない身体になっていた。心の方はもっとひどく、入院中にカウンセリングを受けるようになっていた。

当然、両親に隠しておける事態ではなくなってしまい、すべてが知れることになってしまった。

母親はほとんど半狂乱で、兼吾を訴えるとまで言った。父親は不気味なほどに何もしゃべらなかった。娘と目を合わせることすらしなくなった。

犀は。

犀は、めんどうくさいから訴訟など起こして欲しくないなと思っていた。なによりも両親に対して申し訳ない気持ちでいっぱいだった。何度も謝った。ただ泣きながらごめんなさいと繰り返した。何について謝っているのか、自分でも判らなくなっていたがそれでも謝り続けた。まるで謝り続けることによってこの現実が姿を変えるとでも思っているかのように。

やがて母親も何も言わなくなった。

母娘は互いに言葉が通じなくなっていた。

兼吾は。

犀の入院中、一度も見舞いには来なかった。

犀もとりたてて連絡を取ろうとしなかった。一度だけメールが来た。経営している会社が (何の会社なのか犀は結局知らずじまいだったが)倒産しかかっており、見舞いにいく時間も取れずに済まない、とあった。落ち着いたらちゃんと話がしたい、ともあった。

退院するや否や、兼吾が訪ねて来た。

もう大丈夫なのか、と尋ねた。心配してくれている可能性がないでもなかったが、そうではなかった。

もう、できるのか、ということだった。

その日、犀は兼吾に犯された。


  *  *  *


犀はより専門的なカウンセリングを受けた。大学には休学願いを出し、友人との付き合いもほとんど断ってしまった。兼吾は、兼吾だけは、献身的に犀に付き添ってくれていた。少なくとも表面的にはそう見える状態だった。娘が何も言わないので、母親も兼吾に対して何も言わなかった。兼吾を見る母の目にはどんな色も読み取ることができなかった。母もまた壊れてしまったのだろう。

専門医の診断で、犀には病名がついた。


  *  *  *


暖かくなり始めた頃、犀は復学した。

兼吾は大学にはますます来なくなっていた。既に何度目かの四回生をもう一度繰り返すつもりなのだろう。もう卒業すること自体を諦めているのかもしれない。就職活動をする素振りもなく、相変わらずとっ散らかるばかりの活動を精力的に行っていた。

週に一度は必ず、犀に接触を求めて来た。

その度に犀は犯された。

暴力を振るうでもなく、声を荒げるでもなく、兼吾は変わらず優しかった。犀はもう拒むこともせず、異を唱えることもしなくなっていた。それでも犀はやはり犯され続けていた。

心の深奥を分かち合えない相手との行為は苦痛以外の何ものでもなかった。

 犀の身体を求め続けながらも、兼吾は、なおも他に女を作っていた。もはやそれに気が付かぬ犀ではないが、兼吾自身が今ではそれを隠そうともしなくなっていた。以前はそれを隠していたことを済まなく思っているとまで兼吾は打ち明けた。犀は優しく笑った。兼吾も笑顔を返した。判ってないな、と犀は思った。

その時に決めた。


  *  *  *


このところ母親の機嫌がいい。

ある朝、話があると言われ、朝食をとりながら母は話した。

犀には内緒で兼吾と話し合い、結婚が決まった、という。

結婚?誰の?

あなたよ、犀。

誰と?

やあね、兼吾さんに決まってるでしょ。

でも、あの人は……

私を犯しているのよ、という言葉を犀は飲み込んだ。言い淀んだわけではなく、この状態の母に話しても無意味だと思っただけだ。

なんとなく焦点の合っていない目で母は話し続けた。

そりゃあ、あの人、ちょっと良くない行いもあるみたいだけど、結婚を期にきっぱりケジメをつけるって言ってくれてるし。判ってるわよ、借金があるっていうんでしょ?それも大丈夫。パパがなんとかしてくださるわよ。そうよ、犀。兼吾さん、パパの会社で働いてもらうことになるのよ。あの方、在学中から会社経営の経験があるんですってねえ。最近の大卒は役に立たないなんて話も聞くけど、兼吾さんならその点は心配ないわね。何たって実業家でらっしゃるもの。大丈夫よ。パパも彼のことは気に入ってるし。あとね、彼は養子に入る話も考えてくれるって言ってるの。まあ、それはね、追々……まずはあなたたちで考えてくれればいいとおかあさん思ってるし、何にせよ、良かったわ、犀。おかあさんもようやく肩の荷が下りるってものよ……


  *  *  *


出発の日取りが決まった。



○月×日、朝刊。

『■ 山小屋で出火、死者一名・行方不明一名/本日未明、△△市のキャンプ地・せいんとログキャビンにて出火。ふもとの近隣住民の通報により出動した消防が鎮火した。客室のうち一棟を全焼、焼け跡からこの部屋に宿泊していた大学生・國安兼吾 (くにやす・けんご)さん (二十六歳)と見られる遺体を発見。出火原因は煙草の火と推定されるが、放火の可能性もあるという。國安さんの遺体には危害が加えられた形跡があり、県警は事件と事故の両方から捜査を進める方針。管理人によれば当夜他に客はなく、國安さんと同宿した芦原犀さんの行方が不明である』



○月◇日、同朝刊。

『■ 山小屋火災、殺人事件に発展?/#日未明に△△市のキャンプ地・せいんとログキャビンで発生した火災で死亡した國安兼吾さんの遺体の司法解剖の結果、國安さんはナイフで体中を数十カ所刺されていたことが判明。刺し傷には生体反応があり、何者かが國安さんを刺殺した後に小屋に火を付けた模様。同焼け跡からは凶器に使用したと思しき包丁も見つかっており、県警は当日同宿した國安さんの交際相手芦原犀 (あしはら・さい)さんが関わっている可能性があるとして行方を追っている。芦原さんは火災当夜以降依然行方不明』



○月Z日、同朝刊。

『■ 山小屋火災、捜査に進展・交際相手を指名手配/#日未明の△△市せいんとログキャビン殺人放火事件で、県警は被害者の國安兼吾さんの交際相手で、行方が判っていない芦原犀(あしはら・さい)容疑者(二十歳)を殺人・放火の疑いで全国に指名手配した。芦原容疑者は♭日午後に國安さんと共に同ログキャビンに投宿したことが確認されているが、事件以降行方不明。県警は一連の事件が芦原容疑者による犯行と断定、芦原容疑者の行方を追っている』


「一日目」


快晴の青空のもと、走る車内。左側助手席から、運転席の犀を捉える兼吾のカメラ。拙いズーム技術で車窓を流れさる風景から犀へとピントが合う。運転用のメガネをかけ、ハンドルを握る犀。撮られていることに気付いていない。

     兼吾「綺麗だよ……」

犀、ちらとカメラに気付く。ふっと笑い、窓の外の景色と空を見る。

      犀「ほんと、綺麗な空。いい天気になってよかったよ」

     兼吾「違うあなたのことです」

      犀「あらー、やっぱりそうでしたかー?」

     兼吾「犀さん浮かれてますねー。機嫌が良くてよかったです」

      犀「何、撮ってんの?いーやーだメガネ……」

     兼吾「可愛いって。ちょっと賢そうに見えるよ」

      犀「そんなん持ってきてたんだ。どしたのそれ」

     兼吾「……買った。卸したてよ」

      犀「ああ……」

あとは二人とも黙る。

兼吾、しばらくして録画スイッチを切る。

  *  *  *

途中のパーキングエリア。揺れる画面に、ソフトクリームを片手に微笑む犀の姿。ズームを多用する。が、扱いに不慣れで、上手く犀を捉えられない。兼吾はそれにさほど注意するでもない。

      犀「(笑いながら)こんなん撮ってもしょうがないよ……」

     兼吾「なんか面白いことやって。面白いこと」

      犀「いーやーです」

     兼吾「いつものあれやって。あれ。見たいなぁ。犀ちゃん得意の……」

後ろ向きで下がりながら犀を撮っている。と、後方不注意で人にぶつかってしまう。その弾みで兼吾は持っていたソフトクリームを地面に落とす。

        兼吾の狼狽そのままに、乱れる画面。

     兼吾「ああっ……すいません」

      犀「あっすいません……」

カメラは地面以外ほとんど何も映していない。

(カメラのベルトに指を引っかけ、その角度で映るものをそのまま映す)

二人、くすくす笑いながら映っていないところで落としたアイスを片している(と思われる)。

      犀「……面白いもの撮れたねー」

画面に犀。携帯していたポケットティッシュでソフトクリームを包み、ゴミ箱に捨てる。

     兼吾「ごめんなさい」

      犀「もうアイス買ってあげませんよー」

     兼吾「それもらうからいいです」

      犀「あげませんよー」

     兼吾「ください」

      犀「(これみよがしに一口ソフトを頬張り、)美味しいよー?」

     兼吾「知ってます」

犀、とびきりの笑顔を見せる。

それをしばらく映す兼吾。

  *  *  *

再び車中。運転しているのは犀。兼吾はカメラでその横顔を撮り続けている。

車中に煙草の煙が満ちる。

犀、ちらと兼吾の顔を見る。

      犀「……ずっと撮ってんの?どうすんの?それ」

     兼吾「別に。どうもしないよ。撮ってるだけ」

      犀「ふうん……」

犀、顔をしかめ、窓を開ける。手をパタパタと、煙草の煙を嫌がる仕草。兼吾、カメラを自分の膝の上に置く。以下、人物は映らないショット。

     兼吾「なんか……ねえ?」

      犀「……」

     兼吾「言えばいいじゃん」

      犀「……」

     兼吾「煙草はしょうがないよ」

      犀「いいよ、ごめん、ちょっと……煙たかったから」

     兼吾「ごめん」

      犀「いいよ」

     兼吾「ごめん」

      犀「……いいよ」

     兼吾「……ごめん」

      犀「……」

会話の余韻。

二人の間の微妙な空気。

そのまま切れる画面。

  *  *  *

入り口の看板。

『せいんとログキャビン』

画面をパンして、今自分たちが車を停めた駐車場を映す。

渓谷のそばにある美しい森林の中にあるログキャビン。

美しい自然。藍に染まった抜けるような空。真っ白な積乱雲。

     兼吾「……スゴいとこだなー」

  *  *  *

敷地内の受付にて。

先に辿り着いた犀が管理人と話している。兼吾は手持ちカメラのまま小走りでそちらに近づいていく。画面激しく揺れる。兼吾の呼吸音。

     兼吾「あー、すいませーん、よろしくお願いしまーす」

声に気付いた犀が笑顔で振り返る。ちらっとカメラを見る。管理人、人のいい笑顔でうなずいている。

  *  *  *

管理人用のキャビン内。

テーブルに置いたカメラの映像。

ロビーのソファに座る犀が映る。パンフレットを見ている。

カメラを離れてそこへ近づいていく兼吾。

      犀「(兼吾に顔を向け)渓流釣りだって。兼吾、釣りできる?」

     兼吾「たいてい俺は何でもできるよ」

    管理人「(画面外から声だけ聞こえてくる)道具なかったらウチ置いてるからね」

     兼吾「(そっちを向いて)釣れます?」

    管理人「餌付けりゃ釣れるよ」

犀、朗らかに笑う。

    管理人「カギと…あとこれ……」

画面を外れ、二人が宿泊する小屋のカギと、注意事項の説明を受ける兼吾。兼吾を目で追い、そちらを見ている犀。

何か談笑している兼吾と管理人。

柔らかな笑顔でそれを見ている犀。

     兼吾「じゃあお世話になりまーす」

カメラを取り上げる兼吾。そのまま受付所を出て移動する二人。歩きながら会話する。雑な映像で犀を撮り続ける。

     兼吾「俺らだけだって」

      犀「あー、まだちょっと早いんだね。時期的にね」

     兼吾「いいタイミングだったよな」

      犀「そーだよ。ばっちりだよ」

     兼吾「すげぇ森だよ。あとで行ってみよ」

      犀「(周りの森を見渡し)鬱蒼、だねー」

     兼吾「鬱蒼だね」

      犀「危ないよ?森には自然動物がいっぱい……」

     兼吾「いないって」

      犀「虫だらけで」

     兼吾「カブトとか」

      犀「川見たいね」

     兼吾「いいね川」

      犀「泳げないよねー」

     兼吾「まだちょっと早いかな」

      犀「水着もないしね」

     兼吾「マッパでいいよね」

      犀「寒いよ」

     兼吾「誰もいないよ?この森には……」

      犀「森の動物たちが見ているよ」

     兼吾「見せてあげるのだよ、生まれたままの姿を……」

      犀「(少し嫌そうな顔で兼吾の方を見て)それ撮ってどうすんの?」

     兼吾「ハイこちらですお嬢様」

小屋に着く。会話を打ち切って、立ち止まる二人。

小屋を撮る。近すぎて入り口のドアが一部映るのみ。

     兼吾「あーなんかイイなこれ」

カメラを犀に向ける。

犀、暗い顔をして小屋を見ている。カメラを一度小屋に戻しかけて、また犀に向ける。

      犀「……」

怪訝な顔の犀にクローズアップ。

     兼吾「どうしたの?」

      犀「(ほとんど聴き取れないほどの小声で)……見たことある」

     兼吾「え?」

犀、ふと我に返り、笑顔になる。

      犀「何でもない」

  *  *  *

カメラの目の前に兼吾の顔。録画状態になっているのを確認している。山小屋内。玄関を入ってすぐが炊事場、左手にトイレとシャワールーム。奥の一間が寝室兼居間である。側面には四人用の二段ベッドがあり、作り付けの椅子とテーブルの側に二人が持ち込んだ鞄数個分の荷物が置かれたままになっている。

室内には音楽が流れている。兼吾が持ち込んだミュージッププレイヤーから長渕剛が聴こえてくる。

兼吾、少しカメラから遠ざかり、写り具合いを確かめる。

ポケットから煙草を取り出し、一本くわえ、火を付け、深く吸い込み、ふーっと吐き出す。

表の方から犀の声が聞こえる。

      犀「……だからね。明日でいいでしょ?」

     兼吾「(部屋を出ながら)んん?」

表で話している二人。

(着いた時刻はまだ午後も早い時間。途中で食事をしてきたのでお昼はもういいが夜は持ち込んだレトルトもので構わないかと確認する犀と兼吾の会話。高々二泊の泊まりにしては犀の荷物が多すぎると文句を言う兼吾。この施設は食事は自前である。だから荷物が多いのだ、ほとんどお前のコスメグッズじゃんか、等々、アドリブ的に)

犀、両手に鞄を持って部屋に入ってくる。

      犀「けっこう涼しいの。夜は冷えるんじゃないかなー」

     兼吾「大げさだよ。何月だと思ってんだ」

      犀「五月。山は寒いよー?」

喋りながら荷物を置く犀。壁際の椅子に膝をついて正面の窓を開ける。室内に兼吾の吸った煙草の煙が残っている。外の風景を見る犀。

      犀「ホント何もないここ」

と、その背後に兼吾が取り付く。

      犀「ちょっと……」

兼吾、犀を椅子に押し倒す。

     兼吾「まあまあまあ……」

      犀「ちょっと、ホントに……」

覆い被さりキスをするが、いなされる。

     兼吾「ちょうちょうちょう……」

      犀「荷物!」

     兼吾「後でいい後で」

      犀「ちょっと!やめて」

     兼吾「なんで。いいじゃん」

      犀「真っ昼間からなに考えてんの」

     兼吾「長時間の運転お疲れでしょうし」

      犀「うん、オナカすいた」

     兼吾「うん、俺も(再びキスをせまる)」

      犀「もう!」

兼吾を押しのけ、ソファの上に上体を起こす。カメラにその犀の脚が写る。

      犀「人間の三大欲求って知ってる?」

     兼吾「くうねるあそぶ」

犀、ため息をつく。上着を脱ぎ、キャミソールだけになる。

二人の間に湿った空気が流れる。

      犀「……シャワー行ってくる」

はにかみながらそう言うとソファから立ち上がり、画面手前、前室に向かって歩いてくる犀。犀の脚しか写ってない。

その脚がカメラに近付き、画面が揺れて、ごそっと音がし、画面は切れる。

  *  *  *


「二日目」


暗い室内。光源のない居間を映し出す。小声で「あれ?」とか「ん?」とか言いながらカメラを操作しているのは犀であろう。

      犀「撮れてる?」

カメラを左へ動かすと、二段ベッドの下で全裸で寝ている兼吾が写る。大口を開け屈託なく眠りをむさぼっている。

カメラのこちらでくすくす笑いながらしばらく兼吾を撮る犀。

途中で笑いはなくなる。

眠る兼吾を必要以上に撮り続ける犀。

聴こえるのは兼吾の寝息だけ。

  *  *  *

一転、歩きながら自分の足下を撮る兼吾手持ちのカメラ。

陽は上がり、十分に初夏を思わせる日差し。

渓流の流れに素足を遊ばせる犀。純白のプリーツスカートをたくし上げ、無邪気に水遊びをする。川辺で自分にカメラを向けている兼吾に気付き、手を振る。水面に乱反射する陽光が犀を照らす。その姿はさながら水辺の妖精のようである。

  *  *  *

河原のテーブルで昼食をとる二人。卓上に無造作に置かれたカメラの映像。画面半分見切れるかたちで犀が写る。背景には美しい森の木々。川のせせらぎの音。野鳥たちのさえずり。思わず深呼吸をしたくなるような贅沢なひとときである。

犀にカメラを気にしているような素振りは見られない。

      犀「そんなの置いてかれても絶対困るよね。困るっていうか、嫌だよね。なんかね、もうね、日本人形なの。仏壇に飾ってるような。明らかになんかこもってますって感じの。頭いたくなっちゃう」

兼吾、煙草を吹かしている(物音)。

      犀「最近偏頭痛なくなった。なんか……体調も良くなったみたい。やっぱ環境変えなきゃねー」

     兼吾「仏壇には置かんだろ」

      犀「ん?」

     兼吾「仏壇に日本人形置かんだろ」

      犀「ウチ置いてるよ?」

     兼吾「普通は置かねぇよ(笑)」

      犀「ウチはアレがご本尊みたい」

     兼吾「それは何かいろいろと間違えてるみたいだな」

      犀「兼吾お父さんのこと好き?」

     兼吾「ん?んん、うん」

      犀「…………」

手元に視線を落とす犀。

      犀「ママは兼吾がお気に入り。年上にも好かれるんだねー」

     兼吾「…………」

犀、兼吾を見据える。

無言になる兼吾。

やがて、カメラが切れる。

  *  *  *

川。ズボンをたくし上げ、カメラを持って川に入る兼吾。その手持ち映像。

     兼吾「えー、思ったより全然冷たい!海水浴にはまだ早いようです」

川を映す。透明度の高い流れで、川底の岩が透けて見えている。

岸辺で椅子にかける犀にカメラを向ける。

      犀「海水浴じゃないよー」

     兼吾「かわすいよく。かわ」

      犀「滝があるから危ないって言ってた」

     兼吾「え?管理人さん?」

      犀「遊泳禁止だって」

     兼吾「泳げないんだ」

      犀「滝の、あの、下なら大丈夫。ここはダメ」

     兼吾「何だよ。俺の川流れを見せてやろうと思ったのに」

      犀「それなんか間違えてるねー」

笑い声を上げる二人。

カメラを、川、森、遠くの山々から青い空へと向け、再び犀に戻す。

犀は兼吾の頭上高くを見ている。

      犀「あれだよ」

兼吾、犀の示す方にカメラを向け直す。

木々から突き出して見えている奇岩がある。高さにして五十メートルはあるだろうか。

景勝・安孫子岩である。

ズームして岩を撮る兼吾。

     兼吾「(独り言のように)けっこうなもんですな……」

カメラを犀に戻す。

まぶしげな犀の笑顔。

  *  *  *

山道を歩いている映像。兼吾の足音と乱れた呼吸。右に左に揺れる画面。山の小道である。安孫子岩に通じる道を、息を乱して兼吾は登ってきた。

     兼吾「あー、けっこう高いわ」

そう言ううちにも安孫子岩に到着する。開けた空に突き出す岩に進み出て、眼下に広がる緑の森を撮影する。

     兼吾「あー高い。下で見るより高い」

遠く遥か市街地が見渡せる。三方は目の届く限り山である。こうして見るとここはつくづく人里からは遠い。

兼吾、カメラで下方の渓流を捉える。犀のいる河原が画面に映る。犀がこちらを見上げている。犀もこちらに気付いたようだ。そこへ最大のズームで寄る。画面がぶれて犀を満足に映せない。

     兼吾「やっほーーーーーーーーーーーー」

少しズームの倍率を戻し、画面に犀が小さく確認できる。

こちらに手を振り、何か叫ぶ犀。マイクにはほとんど拾われない。

     兼吾「一服して戻る!」

画面で大きくうなずく犀。何か言い返しているが、例によってほとんど聴こえない。

もう一度ゆっくりと山々を映し、兼吾はカメラを傍らの地面に置く。

録画スイッチは入ったままで、虚空に消える安孫子岩が映し出される。しばらく側でガサガサと物音がし、ややあって兼吾が画面に入ってくる。火のついた煙草を持って安孫子岩の先端に歩いていく。改めてそこからの景色を見る。煙草を吸う。煙を吐き出して振り返り、こちらへづかづかと歩いてくる。カメラに手が伸び、録画ボタンがオフになる。

  *  *  *

小屋の中。テレビの音声が耳にやかましい。炊事場。犀の怪訝な顔。カメラではなく、兼吾を見ている。カメラは流しの脇に置かれたそろいのマグカップを捉える。大振りの、赤と青のペアカップである。

今、その片方、青の方だけが砕けている。

兼吾のマグカップが。

     兼吾「え、ホントに、覚え、ない?」

      犀「うん。割っちゃうとイヤだから川には持ってかなかったじゃん。プラスチックのコップの方がいいと思って……」

     兼吾「車の中で割れてたんじゃ」

      犀「だから、」

     兼吾「ああ……一回出してそんとき見てるんだもんな」

      犀「うん」

     兼吾「その時には割れてなかった?」

      犀「うん」

     兼吾「間違いなく?」

     兼吾「うん。間違いないよ。車で割れてたんならさっき出した時にゼッタイ気付く」

     兼吾「だよな」

      犀「なんで?なんか……」

     兼吾「あの、アレじゃないの、」

      犀「(取り乱しながら)こんなの勝手に割れない。誰か入ったの?」

     兼吾「誰もいないだろ。何かの加減で……」

      犀「管理人がいるでしょ!」

     兼吾「あの人?カギは俺が持ってる」

      犀「マスターキーあるじゃん!」

     兼吾「あるけど……そんなことするか?」

      犀「あの人に直接訊いて!」

兼吾、カメラを置く。

     兼吾「ちょっと待てちょっと待て。管理人さんが客の部屋入り込んでどうする?」

口に手を当てて落ち着こうとする仕草。

     兼吾「なあ、わかったから、一応、なんかなくなってるモンとか、壊れてるモンとか、ないか確認してみよ」

犀、兼吾に促されて一緒に居間に入っていく。

向こうの居間で二人が荷物等をチェックしている。

しばらくして、回りっぱなしのカメラを思い出して兼吾が戻ってくる。

画面終了。

  *  *  *

再び炊事場、大写しの割れたマグカップ。

確かに、自然に割れたとは思いがたい砕け方ではある。

     兼吾「(独り言)おかしいね」

カメラを居間の犀に向ける。

     兼吾「これ以外におかしなとこは……」

犀、俯きがちに放心している。兼吾の声に気付いて顔を上げる。思い詰めた険しい表情。

     兼吾「なかった」

      犀「……」

     兼吾「犀」

      犀「(不承不承に)なかった」

兼吾、流し台にカメラを置く。

     兼吾「これくらいのことで人疑うのはいくない。な?よしんば管理人さんが勝手にここに……」

      犀「(少し笑って)よしんばて」

兼吾もつられて笑う。

     兼吾「勝手にここ入ったとして……やっと笑いました」

犀、笑顔を返す。

     兼吾「勝手に入ったとして何するんだ?マグカップ割るか?フツー金目のモンとか、そうゆうことだろ」

      犀「もうそれがフツーじゃない」

     兼吾「その通り。他に客はいないし、泥棒とかあったら真っ先に自分が疑われかねないのに、そんなことするか?」

      犀「だから、その、通りがかりの人とか……」

     兼吾「この山奥でか?」

      犀「ないとは、」

     兼吾「言い切れないね。確かに」

      犀「地元の人とか、」

     兼吾「またすぐ人を疑う」

      犀「……」

     兼吾「で、結局、何か盗られたり」

      犀「してません」

     兼吾「そう。これ以外におかしなことは何もない。だったら、」

      犀「……(ため息)」

     兼吾「誰かが入った、それが誰であれ誰かが俺らの留守中に忍び込んだと考えるよりは、」

      犀「でも勝手に割れないよ?あんなの!」

     兼吾「わかんないだろ。車の振動でヒビが入ってて……」

      犀「入ってなかった!」

     兼吾「だから、そのつもりで調べたってワケでもないし、」

      犀「調べた!あれはゼッタイ大事なものだもん!兼吾はどうでもいいの?あのマグカップなくても平気なの?」

     兼吾「そういうことじゃなくて」

      犀「そういうことなの!いや!ゼッタイいや!あれは……割れちゃダメ……」

泣き出す犀。

側に寄る兼吾。そっと肩を抱き寄せる。

しばらくそうしている二人。

     兼吾「また買いにいこう。な?」

      犀「同じのはもうない」

     兼吾「別のでもいい」

同じ間がしばらく続く。

     兼吾「一応管理人さんに話してくるから。な」

身体を離し、頷く犀。

兼吾、そっとキスをしようとするが、拒まれる。

犀から離れ、玄関へ向かう。その背後を


犀が


表情の抜け落ちた顔で見ている。

兼吾、カメラを切る。

  *  *  *

再度炊事場。話を聞いて部屋に来た管理人の横顔。割れたマグカップを見ている。破片を取り上げてつぶさに観察するが、ただ首をひねるばかりである。

     兼吾「このへんって、動物たちとかが」

    管理人「いやぁ、今の時期、この辺りまで来ることはまずないねぇ」

     兼吾「そうですか」

    管理人「他になんか、盗られたモンとか……」

     兼吾「いや、ないです。ま、なんかの加減で割れることもありますわねぇ」

    管理人「そんな感じじゃないけどね」

     兼吾「うーん……」

      犀「誰か入ったんですよ!誰かが割らなきゃ割れません!」

管理人、驚いて犀の方を見る。カメラもそれに準ずるが、盗ってる場合じゃないとばかりに兼吾はカメラを流し台に置く。

慌てて犀に駆け寄る兼吾。

     兼吾「犀!いいから!」

      犀「泥棒とか来ます?ここ!」

    管理人「いや……こんなとこだからねえ」

     兼吾「いい加減にしろ犀!」

    管理人「戸締まりはしてたんでしょう?」

     兼吾「あ、ハイ。カギは、ちゃんと、僕が管理してますし」

    管理人「だったら……」

      犀「あなたは入れるでしょう?マスターキーあるでしょう?」

     兼吾「犀!」

    管理人「あたしが入ったってぇの?」

     兼吾「すいません、コイツ疲れてるみたいで」

      犀「疲れてるよ!」

     兼吾「(管理人に)すいません、大事な……ものだったんで、ちょっと取り乱しちゃって」

    管理人「いやいや、まあ……なんにせよ……(マグカップを見て)どうする?届け出すなら、あたしのほうでやっとくけど」

     兼吾「いや!いいんです。実害があったってわけでないし」

      犀「(大声で)あったでしょ!?」

兼吾、管理人を連れて屋外へ向かう。

    管理人「(小声で)大丈夫?彼女」

     兼吾「……すいません」

兼吾と管理人、画面外へ消える。玄関先で話をしている雰囲気が伝わってくる。

室内に残った犀。落ち着かない様子で、軽く肩で息をしている。ずっと外の二人を見ている。そのうち、はあ、とため息をついて、画面奥のベッドに腰掛ける。

物音がして、兼吾が戻ってくる。犀に駆け寄り、一緒にベッドに腰掛けて犀の手を握る。そうして犀をなだめる。

     兼吾「あんな言い方すんな。失礼だろ」

      犀「……」

     兼吾「いい人じゃないか。あんないい人がこんなことするか?」

      犀「(自虐的に、妙に蓮っ葉な口調で)人見る目ないからね、あたし」

そうして、近距離で兼吾を睨む。それはもう、睨む。

兼吾、犀の視線に耐えかねたように立ち上がり、テーブルの上に置いておいた煙草を取り上げ、火をつける。心を落ち着かせるように殊更ゆっくりと煙を吐き、少々声を張って言う。

     兼吾「あとさ、ちょっと急用があるとかでさ、今晩ここ空けるんだってさ」

      犀「……なに?」

     兼吾「管理人さん」

      犀「こんなことがあったのに?」

     兼吾「こんなことって何だよ。そうゆう……」

      犀「こんなことでしょ!無責任でしょ?!」

     兼吾「あの人に責任なんてないだろ」

      犀「管理人でしょ?!管理しなさいよ!」

     兼吾「犀!」

大きな声に、自分でも驚く兼吾。

犀は驚いてはいない。真正面から兼吾の声を受け止めている。

     兼吾「(弱々しく)もいい加減にしろよ。ちょっとおかしいぞ。ケンカするために……来たワケじゃないだろ」

      犀「なんであの人の肩持つの?他に誰がいるの?」

     兼吾「どう、考えても、あの管理人さんじゃない。犀こそなんでそう決めつけたがる?」

      犀「そう決まってるから!」

     兼吾「もう……(煙草をもみ消す)」

犀から離れたソファに座る兼吾。犀の方を見ることもできない。

     兼吾「やめよ?な。どうかしてる」

      犀「(半ばヤケになって)どうかしてるよ。知らなかった?私、病気なの」

兼吾、頭を抱える。

重苦しい空気が流れる。

しばらくそのままで、やがて犀が弱々しく立ち上がる。その動きに気付いて、ビクリと反応する兼吾。

ゆっくり、兼吾に近づいていく犀。

顔を背けている兼吾の背中にくっつき、

      犀「ごめん……」

     兼吾「……」

      犀「……ごめんなさい……」

     兼吾「……」

      犀「ごめん、なさい……」

泣いている犀。

犀がすする鼻の音だけ。

身動きしない兼吾。

二人とも苦しんでいる。

     兼吾「……お茶淹れよ」

立ち上がり、炊事場へ向かってくる。

その背中を見詰める犀の顔は、


泣いてはいない。

  *  *  *

夜中。小屋の外を歩いている兼吾。途中からスイッチを入れたカメラの映像。

     兼吾「何も写ってねえな……」

画面はほぼ真っ暗である。

自分たちの小屋の裏手に回り、壁を映し、地面を映し、反対側に広がる夜の森を映す。当りは静寂。なおもしばらく夜を映し続けるが、なにも写りはしない。

カメラを小屋の窓に向ける。室内からは弱い光が漏れてきている。

     兼吾「なにもない。犀!犀?」

窓をノックする。

少しして、室内の明かりが強くなる。犀が向こうから窓を開ける。逆光でよく見えないが、犀が怯えきっているのは明らかだ。

     兼吾「なにもない。壁にも地面にもおかしなことはないよ」

犀、おずおずと窓から顔を出す。地面や壁、隣の小屋や森の方にも目を向ける。

      犀「ここだって……こっち側とか……(小屋の側面を指差しながら)見た?何もない?」

兼吾、言われて渋々更に辺りを散策してみるが、何も変わったものはなさそうだ。窓の方に戻りながら言う。

     兼吾「木の枝一本落ちてねえよ」

      犀「木の枝くらい落ちてるでしょ!」

     兼吾「待て待て。アゲヤシ取るな」

      犀「ゼッタイここだって!壁のすぐ向こうだったもん!なんか割れる音したもん!兼吾聴こえなかったの?」

     兼吾「聴こえなかった」

      犀「もうヤダ……ここ、なんかヘンだよ……」

     兼吾「落ち着けって……窓締めて」

犀、上の空で窓を閉める。カメラを腰にぶら下げ、小屋へ戻る兼吾。独り言を言う。

     兼吾「そんな音はしなかった……絶対……してないはずだ……だいぶ……ヤバいな……」

  *  *  *

小屋の玄関側に回る(ぶら下げたカメラはほとんど何も映していないが、地面の明るさでそれとわかる)。中に入る。犀が電気を落としていて、室内は外よりもまだ闇が濃いくらいだ。

     兼吾「犀、何もない。気のせいだ、いてっ」

兼吾、何かを踏みつけて転ぶ。

      犀「!兼吾?」

     兼吾「痛て痛て!なんかある!」

カメラを放り出す。そのカメラはたまたま都合よく偶然にも兼吾と犀を上手いこと収める構図になる。

犀、明かりを付ける。

      犀「どしたの?」

兼吾、自分の脚を見て、驚愕する。

割れた陶器の破片が転がっている。そのうち一つが兼吾の脚の裏に突き刺さってしまったのだ。

犀、言葉もなく立ちすくむ。

     兼吾「なんだよコレ」

傷からみるみる血が溢れ出す。犀、ようやく動き、タオルを持って兼吾に駆け寄る。

      犀「兼吾ッ兼吾ッ!大丈夫!」

     兼吾「大丈夫だから。落ち着け犀。たいしたことないから」

自分が転んだ辺りに目をやると、同じような陶器のかけらがいくつか転がっている。その一つを拾い上げ、気付く。

     兼吾「これ、マグカップの……?」

犀、ビクッと兼吾の顔を見る。弾かれたように立ち上がり、炊事場へ行き、物音を立てる。

      犀「兼吾のマグカップ……」

     兼吾「なんで捨てとかねえの」

      犀「捨てらんないよ!」

     兼吾「わかっ、わかったからデカい声出すな」

犀、割れたカップの破片を二つもって居間に戻る。

      犀「直すの!繋いでまた使えるようにするの!」

そう言って、兼吾の側にしゃがみ込み落ちている破片を拾う。兼吾の脚の裏に突き刺さった、血が付いたままの破片も拾って、大事そうにかかえる。

     兼吾「……犀、捨てちまえ」

      犀「……ダメ」

     兼吾「そんなん使えない」

      犀「イヤ!!!」

兼吾、深くため息をつく。

     兼吾「……絆創膏ある?」

      犀「あ、ごめん、ちょっと待って」

マグカップの残骸を持って炊事場へ戻り、多少物音をさせて戻ってくると、自分の鞄をあさって絆創膏を取り出す。それを兼吾の傷に貼ってやりながら泣き出す。

      犀「あたしじゃない……」

     兼吾「……」

      犀「あたし、マグカップ触ってない!ずっとしまっといた!」

     兼吾「もう、いいからさ、そんなこと」

      犀「誰か入ってるんだよ!この部屋!」

     兼吾「あのな、誰もいないんだよこの小屋、っていうか山」

      犀「あたし触ってない」

     兼吾「さっき、な。割れてんの見つけた時に、破片がこっち転がってきてたんだろ。それに俺たち気付いてなかっただけだろ」

      犀「全部集めたもん。戻すんだもん」

     兼吾「捨てよう」

      犀「捨てない!」

     兼吾「それは、ともかく……」

兼吾、再び深いため息。

二人、共に項垂れて途方に暮れる。それぞれに別個の思いを胸に秘めて。

やがて兼吾は立ち上がり、傷の痛みを確かめる。そうさほどのものでもない。少し脚を引きずりながら画面から消える。

犀、虚ろな眼差しで兼吾を見るともなしに見ている。

兼吾、画面の外で煙草を吸う。ライターをともす音が聴こえ、次に煙をふうと吐き出す音が聴こえる。

     兼吾「薬持ってきてる?」

      犀「……飲んでるよちゃんと」

     兼吾「ごめんな、山にでも来りゃ、ちょっとでも気が休まると思って……」

      犀「うんわかってる私こそごめん」

     兼吾「犀、あのな、俺な、」

突然、小屋の外、壁の向こう、何かが叩き付けられる音がする。

『カシャン』

狼狽する犀。兼吾と顔を見合わせる。

      犀「兼吾……?」

今度は兼吾にもハッキリと聴こえたようだ。

     兼吾「クソ!なんなんだ!」

引きずる脚でカメラをひったくるように取り上げ、玄関を飛び出す。

  *  *  *

何かに悪態をつきながら再び小屋の裏手に向かう兼吾。何が起きたにせよその証拠を映像に記録しようと考えている。光源のない夜の屋外ではまともに写るものとて何もないが、ともかく録画は続く。

裏手に来る。辺りの様子を映す。窓を映す。壁を映す。地面を映す。ほぼ真っ暗ではあるが。

     兼吾「誰かいんのか!」

静寂が返すのみ。

     兼吾「犀!犀!」

窓が開く。犀がゆっくりと顔を出す。

     兼吾「電気付けろ、全部だ!」

室内が数段明るくなる。が、そのコントラストのせいでかえって外の闇は強くなる。

     兼吾「懐中電灯!」

      犀「(怯えながら)怒鳴らないでよ!」

     兼吾「いいから早く!」

室内でしばらくがさごそしている。犀が再び窓に現れる。懐中電灯を差し出す。受け取り、スイッチを入れて壁をチェックする。

壁にはなんの形跡も認められないが、その下、草生えの地面に何かが転がっている。

     兼吾「……えっ?」

白い。白い何かの破片がいくつか。

白地に赤のハートマークが見える。

犀のマグカップだ。

兼吾、絶句。

事態を把握しようとする。

      犀「兼吾……?」

     兼吾「……」

      犀「兼吾?なに?」

     兼吾「(我にかえって)あっ、ああ……」

窓にカメラを向ける。逆光で表情の見えない犀。

地面にカメラを戻す。砕けて散ったマグカップが写る。

     兼吾「マグカップが……割れてる。犀のだ。これ……」

      犀「……」

カメラを窓へ。

犀は窓の桟に身を乗り出している。例によって表情は見えにくいが、普通ではないのはわかる。

     兼吾「犀、これ、」

兼吾が何か言いかけると、犀はふいっと窓から離れる。画面の奥、玄関の方へふらりと歩いていく。その背中を捉えるカメラ。靴を履き替え、玄関ドアを開け、消える。

無人の室内になおもしばらくカメラを向けていた兼吾だが、ややあって地面へとカメラを戻す。

     兼吾「どうなってんだ……」

すぐに犀が合流する。無言で歩いてきて、兼吾が向けるカメラなどまるで無視してそこにしゃがみ込む。割れたマグカップを拾い出す。

     兼吾「犀……」

名を呼んだはいいが、何か言うべき言葉があるでもない。

      犀「こっちもわれちゃった」

     兼吾「放っとけ。それも、捨てよう」

      犀「痛ッッ」

     兼吾「ああ!」

画面揺れる。

犀、破片で指先を切ってしまう。それを撮りながら、あいた方の手を伸ばして犀の手を掴む兼吾。

     兼吾「だから危ないから!明るくなってからでいい」

犀の指先、ぷっくりと小さく血が丸まっている。

画面に犀の顔。

軽く微笑んでいる。

     兼吾「戻ろう。なんか……ヘンだ」

犀、兼吾の顔を見る。兼吾は構わず犀の手を引いて来た道を引き返す。兼吾の呼吸も少し荒くなる。

     兼吾「誰もいない……いないはずだ。でも、誰か、あれを叩き付けたヤツがいる……いる……わけない」

玄関。ドアを開け、犀を先に入れる。

     兼吾「手当てしよう」

ドアをくぐる前に、もう一度外へカメラを向け、周りの様子を撮る。他の小屋、管理人小屋にも明かりはない。敷地内に点在する外灯が薄ぼんやりと辺りを照らしているのみである。

画面終了。

  *  *  *


「三日目」


カメラは定位置に置かれる。定位置とは、以下の二人の動きが過不足なく映せることのできる位置ということである。要考。居間の、二段ベッドとテーブルとソファと入り口がそれぞれ写るのが望ましい。ロケーションにより再考の余地あり。


カメラの録画スイッチを入れてから、ベッドの犀に近づく兼吾。枕元にしゃがみ込む。犀のおでこに手を当てる。

     兼吾「熱はない。大丈夫か?」

      犀「頭いたい」

     兼吾「薬は?飲むか?」

      犀「(ゆらゆらと頭を振って)もっとひどくなる」

犀、大義そうに上半身を起こす。顔色は悪い。

      犀「……ごめんね……兼吾」

     兼吾「いいから。しばらく安静に。出るのはよくなってからでいい」

      犀「……ヤダ。早く帰りたい。ここ……ヤダ」

     兼吾「管理人さん帰ってきてないんだよ。勝手に出てけないだろ」

      犀「ここにいたくない。早く帰りたい」

     兼吾「わかった、わかったから。早く帰る。な?」

      犀「ごめんね、ごめんね……」

     兼吾「もうしばらく休んで。そしたら、すぐ帰る。な?」

      犀「あたし、上手じゃないよね」

     兼吾「犀、寝てろ」

      犀「こんな女、ヤダよね、兼吾」

     兼吾「俺ちょっと電話してくっからな」

      犀「(急に大声で)なんで言わないの?」

     兼吾「犀、」

      犀「『お前みたいな女イヤだ』って!『もうウンザリしてる』って!『メンドくさい』って!ホントはそう思ってんでしょ?!あの子たちの方がいいんでしょ?!」

兼吾、言葉もなく悄然とする。

      犀「薬飲んでないもんね!身体壊れてないもんね!頭おかしくないもんね!あたしと違ってね!あの子たちはね!急に大声出したりしないもんね!あの子たちはね!」

     兼吾「……誰とも会ってないし、会う気もない。犀。よく聞いて」

      犀「ママに言われたから?!訴えるって言われたから!借金が更に膨らむから!ママの言うこと聞かないと大変なことになるから!だから!!」

     兼吾「犀……」

      犀「ガラクタ押し付けられて!あたしになんか全然興味ないくせに!厄介だとしか思ってないくせに!ホントはあの子たちの方がいいんでしょ?!あの子たちんとこに帰りたいんでしょ?!」

兼吾、ただ、もう、耳を塞ぐようにして、耐える。

      犀「やったらいいじゃない!あの子たちならなんでもやってくれんだろうねぇ!アンタの好きなことなんでもやってくれんだろうねぇ!あたしじゃあ全然役に立ってないわねぇ!!」

     兼吾「犀、」

      犀「あたしを役立たずにしたのは誰?!あたしをガラクタにしたのは誰!?ホントはあたしになんか全然興味ないんでしょ!!」

兼吾たまらず立ち上がる。また煙草に逃げる。

犀、そんな兼吾をじっと見ている。

急にモードを切り替えたかのように泣き出す。

      犀「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」

兼吾、ちらと振り返り、また煙草を吹かす。

      犀「あたし……あたし……ダメだ……もう……治らない……」

ベッドから立ち上がり、兼吾に追いすがるように取り付く。

      犀「イヤ……兼吾、ごめんなさい、ごめんなさい、捨てないで。見捨てないで!兼吾……兼吾だけ。あたしには兼吾しかいない。お願い。あたし、治します。治しますから!必死で治しますから!お薬も飲みます!食事もとります!睡眠もとります!先生の言うこと聞きます!エッチもできるようになります!お願いします!お願いします!」

兼吾、恐怖に声も出ない。

      犀「……ごめんなさい……ごめんなさい……許してください……許してください……」

犀、同じ言葉を繰り返し始める。

そんな犀をどうにかなだめてベッドに寝かせる。

     兼吾「電話、してくる」

小屋を出て行く兼吾。玄関のドアが開閉する音が聴こえる。

しばし伏せていた犀、ベッドからそそくさと起きる。理性的な顔である。

炊事場にある窓から外を見、兼吾が確かに管理人小屋に向かったことを確認する。そちらを気にしつつも、テーブルの上の兼吾の煙草を一本取り出し、火をつける。立ったまま一吹かし、二吹かしする。カメラに気付き、一度ならずちらと見るが、それ以上注意は払わない。くわえ煙草のまま、

テーブルをひっくり返し、

カーテンを引きちぎり、

窓ガラスを叩き割り、

二段ベッドのはしごを放り投げ、

自分たちの荷物をブチまける。

目に入る紫煙を気にしながら、犀はごくごく事務的にこれらの作業を行う。淡々と。冷静に。淀みなく。躊躇なく。時折窓の外に気にし、兼吾がまだ帰ってこないと見るや次の煙草に火を付ける。それをくわえたまま、また部屋を荒らす。

あっという間に部屋は脚の踏み場もないほどの有り様に。

犀は息も上がっていない。

窓から外を見る。見ながら、炊事場へ向かう。

すぐに居間に戻る。

手には、大降りの包丁が握られている。

無感動にそれを眺める犀。

枕と自分の身体の間にその包丁を隠し、窓から外を見る。

兼吾が戻ってくるのを待っている。

タイミングを合わせて、声を出す。

恐怖の悲鳴を上げる。

息が続く限り上げ続け、短く息継ぎをして、また叫ぶ。

それを繰り返す。

繰り返す。

繰り返す。

そのさなかに兼吾が戻ってくる。

台風が通過した直後のような部屋の様子よりも何よりも犀に目が釘付けになる。兼吾自身泣きそうな顔になっている。ショックで動けない。叫び続ける犀。躊躇いながらも犀に近づき、助け起こす。

     兼吾「犀……行こう」

叫び声がぴたりと止まる。

枕をかかえたまま兼吾に肩を支えられ、よろよろと玄関へ向かう。

      犀「荷物……」

     兼吾「車、持ってくるわ」

兼吾が先に部屋を出ようとした刹那、犀は枕の下に隠していた包丁を取り出して、兼吾の背中にサクッと差し込む。行動に迷いはない。

兼吾、声というよりは息を吐き出し、そのまま倒れる。

苦痛に喘ぐ兼吾。まともに声が出せない。

兼吾を見下ろす犀。血のりの付いた包丁を持ち替えて、兼吾に馬乗りになる。

      犀「……ごめんね」

     兼吾「さい、」

背中を弓なりに反らせ、包丁を持った両腕を頭上高く振り上げ、犀は何度も兼吾めがけて包丁を振り下ろした。

何度も、

何度も、

何度も、

何度も。

始めのうちこそ何とか抵抗を試みていた兼吾だったが、そのうち刺されるがままになる。

両手両足を狂ったように跳ね上げ、どうにかして犀をはねのけようとするが無駄な努力。

次第にその手足からも力が失われていき、呼吸の音もだんだんと掠れていった。

ついには完全に動かない。

犀はまだ兼吾を刺す。

何度も、

何度も、

何度も、

何度も。

血と肉のぐちゃぐちゃという音がやたらと耳につく。

辺り一面は血の海と化す。

 返り血を浴びて犀は全身を汚している。

それを気にするそぶりは一切ない。

やがてゆっくりと兼吾の身体から降り、血まみれの包丁を放すとそれは床に落ちてやけに大きな音を立てた。

犀は呼吸の乱れ一つない。

すぐにテーブルの上の煙草に手を伸ばし、手慣れた手付きで火をつけ、煙を吸い込む。先程まで兼吾だったものを無感動に見下ろしながら煙を吐き出す。

時間をかけ、煙草一本を最後まで吸いきる。

画面の端、テーブルの橋に腰掛けて大きなため息を一つ。

 視線を足下に落としたまま、なにかしらもの思いに耽る。

徐にカメラの存在に気付く。

 こちらへ近付いてきてレンズを覗き込む。

血に染まった口元は笑っているが、全体としてその表情はもはやヒトのそれではない。

 画面終了。

  *  *  *

画面はほぼ暗闇。しかし物音で藪の中を移動しているらしいとわかる。すぐに明かりを捉える。はじめピントが合わず、何が写っているかわからない。次第にフォーカスが合う。遠く眼下に燃えている建物が写る。最前まで二人がいた山小屋だ。あたりはすっかり夜の闇に包み込まれ、燃え盛るその炎だけが強烈に目に飛び込んでくる。

カメラが反転すると、血と泥で汚れた犀の顔が写る。

      犀「えー、これ見てる人……」

酩酊したような、呂律の回らぬ口調で犀は続ける。

      犀「えっと……面白かった?ふふふふふふふ……アイツが何したか……知ってるヤツは誰もいない……アイツがあたしに何をしたか!ねえ?誰も……なんにもわかってない……パパも、ママも……なんにもわかってない……ごめんね……ごめんね…………」

項垂れ、嗚咽を漏らす犀。やがてそれは含み笑いへと変わっていく。

      犀「もういいや。飽きた」

唐突に言い置くと、犀はカメラを地面に投げるように置く。

 逆さまになったカメラは漆黒の虚空に突き出す安孫子岩を捉える。

犀が安孫子岩の先端へ歩いていく。

崖っぷちに佇み、燃えている山小屋を見ている。

と思うと、なんの前触れも気の迷いもないまま、

飛び降りて画面から消える。

数瞬後、犀が川面へ落ちる水音が聴こえる。


  逆さまの、安孫子岩の先端を映した画面のままエンディング・ロールが入る。


ロールが終了して、少し明るみだした空をまだ画面は映し続ける。


○月Z日、同朝刊。

『■ 山小屋火災、捜査に進展・交際相手を指名手配/#日未明の△△市せいんとログキャビン殺人放火事件で、県警は被害者の國安兼吾さんの交際相手で、行方が判っていない芦原犀(あしはら・さい)容疑者(二十歳)を殺人・放火の疑いで全国に指名手配した。芦原容疑者は♭日午後に國安さんと共に同ログキャビンに投宿したことが確認されているが、事件以降行方不明。県警は一連の事件が芦原容疑者による犯行と断定、芦原容疑者の行方を追っている』


映画はこれで終わっている。はず。だが。

かすかに音が聞こえてくる。

足音だ。

遠くから徐々に近付いてきている。乱れた、弱々しい呼吸音も聴こえてくる。カメラのすぐ側にそれはいるのだ。

と。呼吸も聴こえなくなる。

静寂。

そして。

悪鬼の如き形相の犀が画面に飛び込んでくる。



  終わり

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