仮定の未来 拘束【番外】
番外
うろな町の外で
BL要素高め
「結局さ。中途半端で一番困る状況に置かれたわけだ。千秋はさ。逃げちゃえば良かったのに。バカだよ」
濃い緑の瞳が睨んでくる。手首をリボンでまとめて簡易拘束。
「暴れたら、痛いよ? 構わないけどね」
もっと濃い瞳を知っている。
穏やかに許容する目を。何も望まない目を。
だからこそ、許さないと睨んでくる相手を蹂躙することは楽しい。
友人と信じている相手に喰われて傷つく様は愉しい。
自尊心を壊そう。
堕ちてしまえ。
「気持ち良かったろ?」
「女の子との方がいい……」
少し掠れ声の負け惜しみ。
クッと笑いが込み上げる。
「すぐ慣れる」
振り払おうとした腕を抑え込む。
「もう少し、鍛えた方がいいぞ」
抵抗するだけの体力気力がない様子を見つつ助言する。
今回だけで終わらせるつもりはなかった。
「さっき飯食った時、たいして食ってなかったよな。警戒してるのかと思っていたが、そうでもないようだし、ダイエットは最低限体力維持量食ってからにしろよ?」
でなきゃ警戒しろよ。
「まるで、心配してるみたいだ」
不満そうな声に笑う。
「心配してるさ。友人だからな」
不審そうな不満そうな眼差し。拗ねているようにしか見えない。
「ただ、立ち位置が違うだけさ。俺は食う側、お前は食われる側」
突きつければ、緑の瞳に傷ついた揺らぎ。
「それで、いい」
人形はつまらない。
千秋はまだ、利用価値を示せていない。振る舞い方も無知。
知る機会を奪われたから。
同じくらい、逃げ方も知らない。助けを求める術も知らない。
守りたいものを守るには沈黙が必要で。
それが、逃げ道を塞ぐ。
嘘も真実も知らないから、信じながら疑い、疑いながらも疑いきれない。
逃げようともできず、威嚇する様がそそる。
甘い菓子を口に放り込む。昔、千秋は美味しいものを好んだ。
今、あまり興味がないのかなんとなく嚥下するだけ。
さっきの食事でもそうだった。
美味しくも楽しくもなさそうな様が苛立ちと嗜虐心を誘ったことに気がついているんだろうか?
どうせなら傷つける気もなくなるぐらいでいればよかったろうに。
眼差しだけが不満げ。無抵抗な肌をゆっくりと撫でていく。
トンっとナイフが枕に突き立っている。
深い緑。
「やぁ、鎮」
兄弟で相手をしてくれるの? と尋ねる。
残念なことにゆっくり動作で否定される。
触ろうと手を伸ばせば遠ざかる。
「これでも、千秋を守ってたんだよ?」
これは本当。
他が、遊んでいるオモチャをいじるのは気に入らないから。
「居なくなれば、他が動くだけだよ?」
一応の弁明。枕から引き抜かれるナイフは傷が塞がりにくいように捩れた形状。
本当に警告される理由も攻撃される理由もない。立ち回りを失敗しているのは千秋で、俺なりに庇っている。
鎮は自分の立ち位置を理解している。
『ガーデン』に飼われてる家畜。いって愛玩動物。番犬。
セシリアというもういない飼い主に忠実。
前代魔女の最後の駒。
それでも、牙は持っている。
鎮の牙は自分を自覚していること。
だから、他の種族である人間を殺す事に疑問は抱かない。
罪悪感も持てない。
人への敬愛は持っても、規定通り処理できる。人であることを放棄させられたコマ。
そして、蓄積された知識。
書類、データを破棄される前に記憶することを強要された知識。
それは催眠下にあるキーロックも含む。
処理し難い守護獣。
次の魔女が立てば不要品だろうけど。
だから、わかってる。鎮が俺をここで処理しても、事件性は発生しない。俺の生死より鎮の存在価値が勝つ。
「さわるな」
無意識に千秋に触れようとしていた手を止める。千秋は今、意識がない。
少しやり過ぎた感はあるが問題は本人の体力の低さだ。
両手を広げて敵意のないことを示す。
「手を出せばマズいと思わせる背景がないのはマズいと思うね」
それは知り合い構築がうまくいっていないという事だ。
今だって、目が覚めれば、鎮に感謝するよりは俺を庇うことを選択するだろう。
その動機や真意はともかく。
「……キャスが千秋を好きじゃないみたいだから」
鎮の視線が揺らぐ。
所属する派閥が違うわけだから、それもあるだろう。
フローリアもキャスも鎮が一番だが、フローリアは千秋にもフォローを出す。キャスはどちらかといえば排除したがる。
魔女を守る双璧だと言うのに。
守るのは物理だけではないことの理解が甘いように映る。
魔女に必要な守りはその心の平安だろうと思うから。
はっきり言えば俺の責任はない。原因状況。当然の報酬だと俺は思っている。
「補助しよう。手を出しただけの支払いだな」
「これから……」
「それは状況次第。交渉次第だな」
本人を丸め込めるなら美味しい思いは続ける。
そこは譲らない。
「それとも、お相手してくれるのかな? 手切れ替わりに」
「しない」
蕩ける笑顔。
つい息を飲む。
「妻が嫌がるから」
「フォト見せろ」
「断る」
番犬が、ちゃんと人間に見えた。
「なぁ。相手しろよ」
最後に触ったのは鎮達がまだ十歳になる前。
触ったといっても挨拶のキスとハグ。周りにはなんだかんだと強気な子が多くて、大人しい『シー』は新鮮だった。
「友達?」
「ああ。友人でいい」
鎮の妻の写真はまだ見れていない。
「ああ、可愛い人だったかな」
レックスが長女の髪を結いながら答える。
「会ったのか」
「しばらく一緒に暮らしたからね。フィレンツェも覚えているだろう?」
レックスの長女、フィレンツェはぱちりと眠そうな目を開けた。
「ミコトのマム」
「すきー」
ほやんと答えて、また目を閉じてしまう。
「見てみたい」
「怒られるのは勘弁してほしいね」
どうも鎮が怒るらしい。中立ぎみとは言え、フローリアよりのレックスは鎮より。しかたがないだろう。
レックスの表情は娘を相手してるだけでなく、優しい。
レックスの二人の娘はフローリアが開発している医療の治療実験に参加している。
フィレンツェはまだ発症していないが、事前症例として多い太陽光に弱い性質は持っている。もう一人の娘プリムローズはひなたぼっこが大好きで、症状はまだ出ていない。
二人の娘たちは生まれる前から発症リスクが高いことが知れていて抑制剤と共に生きている。
発症リスクが高いから産むのをやめる。その選択肢はこの子たちには存在しなかった。たとえ、すぐ発病し、命が最初から短いとわかっていても治療法のために生かされる。
抑制剤の成分の主成分は発症者の細胞なのだから。
運が良ければ生き延びる。運が悪ければ、薬の原料。使える中身を提供するドナー。
フィレンツェの髪は薄い茶色。ブロンドというには暗い色。そしてアイスブルーの瞳。
プリムローズの髪は鮮やかな赤。深めの緑の瞳。
だから、思うのだ。
フィレンツェはギブソンの娘。プリムローズは千秋か、鎮の娘じゃないかと。
プリムローズが発症したのは五歳の時。
幸いにして抑制剤治療は間に合った。
ただ、発症箇所の切除は不可能。プリムローズは太陽光は平気だ。身体能力もいい。実に残念だ。
「ちあきー」
しかし、配慮がないのは考えものだ。
「んー? プリム?」
「あーん」
横に準備しておいた菓子を千秋に食べさせる少女。
千秋はプリムローズに笑顔を向けつつ、俺を睨んでくる。
プリムローズがいる間は触ると怒りっぽい。
美味しいかと聞かれて笑顔を作ってみせるのは健気な気分。
「ザイン?」
珍しく千秋に呼びかけられる。
「ちゃんと愛人にならないか?」
「ふざけんな」
普段は友人として会い、遊ぶ。数回に一回条件を付けて遊ぶ。
千秋は女の子が好きを公言している。だけど、特定はつくらない。
俺は妻帯者だが、囲うのに禁忌感はない。
本当なら千秋とプリムローズ双方で遊ぶことすら楽しいだろうと思う。
「フローリアの研究に」
「追加資金投入だろう?」
小さく首を横に振る千秋。
「じゃあ、家のほうか? どちらにしろ、手配しよう。考えなくていい」
だから、ヤらせろ。