仮定の未来 嘘つき
月華は、何を言っているんだろう。
あの子はもう起きないし、聞くことは出来ない。
生きているのは機械が肉体の鮮度を保つために生命活動を強要しているだけだ。
お別れなんか意味はない。
「じゃ、千秋さんの分もチケットキープですね」
さくっと恭が音を流す。
そこに流れていく雑談や、どういう行程で用事をこなしていくかと音が流れていく。
音が意味をなさない。
「千秋! 海がひろいね!」
ファイエットの声。
ぎゅっと飛びついてくる。
どのぐらい言葉を聞いていなかったんだろう。
「夕方には移動ですから、持って行く資料系はまとめてくださいね。千秋さんの荷物がそういう意味では一番多いんですから。あと、相談があります」
相談?
「天音さんの件で宗がわがままを言ってきてるんですよー」
それはもう嬉しそうに身をねじる恭を見てるとなんか妙に冷静になった。
何が、イヤだったのかわからないもやりとしたものがどこかにこびりついた感覚だけが残っていた。
「フライト、よく問題なくとれたね」
書類をまとめなくてはいけない。
「貸切ですよー。というか、ザイン様が専用機出してくださいました」
「……そう」
「ご家族ぐるみのお付き合い、ですからね」
しばらく沈黙のまま書類をまとめる。
そばでまとめるのを手伝いつつ、時折必要処理をこなしていく恭。
「現在特定のお相手いませんでしたよね」
唐突な言葉だった。
「無事出産するにしろ、流れるにしろ、天音さんに合法的な相手が欲しいんです。千秋さんの所有する陸の孤島は理想的なんですよ」
恭はたんたんと言葉を続ける。
「これ以上は、いえ、少しタイミングとしては遅くなりましたね。執着が粘着に変化していた場合、相手がいるといないでは大違いですし、もし、子供が生まれても、生活基盤を共にいきる相手がいれば、手元における可能性も高まります。ほんとに、ちゃんと奥さんと子供を作れっていうんですよ」
やさぐれてる。
「大丈夫、ですか?」
苦笑される。
「ほんと、千秋さんがメンタル診療続けてらっしゃることを忘れてらっしゃる方ばかりで困りますね。鎮さんとか。鎮さんとか」
いや、それ、一人。
隆維は勘がいいから、出来るだけ、避けるようにしてたんだと思う。
「天音さんの件考えといてくださいね。うまく動けば無事に生まれた子供を天音さんの手元に置けますから」
「それが正しいとは」
「限りませんよ。現状の天音さんの精神状態もアレですからね。それでも、あの家にはわたしません」
向けられたのはにんまりした悪魔の笑顔。
「正しいことが幸せではありませんし、幸せは正義でなく人によって違います。僕は弟が幸せならいいんです」
そうだ。
「今ある場所から、そこから見れる幸せを求めていきたいんだ」
「お別れ、できますか?」
どうでもいいんだ。
変わらないんだ。
しかたないんだ。
変えれないんだ。
本当なんて、真実なんて意味はないんだ。
何もできないのは変わらないから。
いなくなるのが変わらないならしかたない。
どうしてなんて思っても意味はないんだ。
そんな時はとても温もりが恋しい。
心なんかいらない。
感情じゃなくただの意味のない衝動でいい。
レックスは意味のない自罰行為は感心しないと言葉をくれる。
そんなことをしているつもりはない。と笑う。
親しい者を亡くして泣く子供の体温。
あの子は愛され人に求められる子だった。
どーしてなんか考えない。
なんでなんか考えない。
元気、だったんだ。
発症は唐突で。
はじめから生き延びれる時間が短いと突きつけられた。
一人でできるようになっていたことができなくなっていく。
どーしてなんか考えない。なんでなんか考えない。
それが事実。それが現実。変わらない。
泣かせることしかできなくて。
いつだって空回り。
差し出した手は救いになるかもわからない。
どーして、なんでなんか考えない。
月華の意思も星華の遺志も守ることなんかできない。
どーして、ただ幸せでいられないんだろう。
なんで、変わってやれないんだろう。
どうして、なにもできないんだろう。
強く輝く月の華。泣きながら君は何を望む?
淡く月を見上げる星の華。君は遠い場所で何を夢見る?
死んだものに続きはなくて。
伸ばした手からぽろぽろと取りこぼされていく。
僕は何もできないんだ。