仮定の未来 提案
起きる時にいられるかわからないけど、手術に入る時まで家族でいようという話になった。
フローリアのいるホスピスにそんな家族用スペースは限られている。
だから、真理と森理がお母さんのおなかに来た年からは定期健診はお父さんと二人でいってた。
恭君がにっこり笑ってお任せをと千秋君を見た。千秋君は怪訝げ。
「千秋さんの所持する陸の孤島ハウスがあります」
「陸の孤島表現はやめてもらおーか。恭」
ちょっとムッとした千秋君の返答に笑いかけて、千秋君に大っ嫌いって言ったことと、納得できてないもやもやを思い出す。
ヒキシメひきしめ。
お兄ちゃんが不思議そうに見てきたけど知らんぷりなの。
「あのホスピスにたどりつくには最寄の町から車で四時間ですよね」
恭君の言葉に頷くのは行ったことのあるみんな。
遠いのが大変。
「ホスピスからヘリで民家のない方に三十分飛行した先にある森の中の洋館。森の中には沼やら得体の知れない動物の気配。雰囲気たっぷりの陸の孤島ですが、ホスピスまでヘリで三十分、車で二時間と実に近場なのです。たまに倒木で車通れませんけどね」
「陸の孤島」
恭君の説明にお父さんが呟く。
続いた言葉は、
「かっけー」
お兄ちゃんも頷いてる。
「だろう!?」
ちょっと嬉しそうな千秋君。
お母さんを見ればちょっと困ったような表情を浮かべつつお父さんにアツイ眼差し。
「面倒なんですよ。なんでヘリや小型のライセンスを取得しなきゃならなかったんですか……」
恭君が小声でぼやいていた。
「あのね」
声をあげると視線が集まって緊張する。
「お熱でちゃいけませんから、リラックスですよ。月華さん」
恭君がにこっと声をくれる。
「お父さん、ゆうべはイラナイって言っちゃってごめんなさい」
お父さんは笑って手を振ってくれる。きっと、お母さんがフォローしてくれたんだ。お父さんはお母さんの言いなりだもん。
お父さんへのごめんなさいは終わり。
「千秋君、」
じっと、千秋君の眼差し。
「千秋君にはごめんなさいはしない。ひどかったのは、千秋君なの」
ぎゅうっと目元が熱くなる。
でも今は泣いちゃダメなんだ。
深呼吸。深呼吸。落ち着くの。
「だからね、千秋君も一緒に来て。起きなくても、死んでいくだけだとしても私は、月華は、プリムちゃんにありがとうしなきゃいけないの。終ったら、さようならもちゃんとしなきゃいけないの。一緒に生きていくって言っても、私は月華だから、プリムちゃんにちゃんとサヨナラしなきゃいけないの」
呼吸を整える。
「でなきゃ、月華はちゃんと自分で立って歩けない。プリムちゃんに恥ずかしい生き方はしたくない。だから、プリムちゃんが大好きだった千秋君から、千秋君が大好きなプリムちゃんのことを教えてほしいの。少しだけしか知らない、それでもお友達だから」
言葉が途切れる。
もっと伝えたいのに。
うまく伝えたいから、泣いちゃダメなのに。
短い、短い滞在期間。
『死んじゃうから。月華の中に入れてね。一緒に生きたいの。プリムが死んじゃうの待ってる人ねー、いっぱいいるんだー』
固まる私に年下の少女は笑う。
短めの赤毛。活動的なシャツとホットパンツ。健康的な日焼け。それなのに迷わず笑いながら言う。
『プリム人気者〜』
「死ん、じゃうの?」
いつか、死んじゃうことはあると思ってた。熱が出るたびにこわいと思ってた。このまま動けなくなりそうで。
出来る限り明るく楽しく過ごしていきたかった。
優しくされたいから優しくありたかった。
大好きな人に悲しみをもたらしたくなかった。死にたくない。死んでほしくない。悲しんでほしくない私は欲張りだ。
どうして笑っていられるの?
『死んじゃうよー。これは変わんない。なんで、月華が泣くの?』
チュッと瞼にキスされる。
『プリムは死んじゃうけど、月華は元気になれるかもなんだよ?』
その手にはお兄ちゃんから借りてるぬいぐるみ。
「お友達になったのに?」
不思議そうにプリムが笑う。
『お友達が元気になれるならうれしいよぉ』
「死んでほしくないの! いなくなってほしくないの!」
『いなくならないよぉ。だからね。一緒に居させて。プリム、月華がイイよ』
プリムは千秋君とお父さんの友達で月華を診てくれる先生の一人、レックス先生の次女。
『月華はプリム嫌い?』
「嫌いって言ったら死なない?」
面白いことを聞いたかのようにプリムは笑う。
『無理だよー。プリムたちの病気って切除しなきゃじわじわとひろがっていくの』
そんなこと知ってる。抑制薬の投与で発症を抑えるけれど、発症してしまえばその患部は切除しなきゃいけない。でなければ治りきることなくじわじわ転移していく。
『ね。プリムはこわくないんだ。分からないから。プリムは頭の中で発症したの。取り出せない場所でね。だからね。体は元気なの』
嬉しそうにプリムは笑う。
それがどうして痛いんだろう。
プリムちゃんはふたつ下。運動もできるからか私とさほど身長にも差はない。
それでも、一人でおトイレやお風呂、着替えはできない。
ぱたぱたと千秋君がお世話してた。気がついたらレン君や涼維君も手伝ってた。
ノアちゃんとミアちゃんが『だって女の子なんだから』と言ってお世話をかってでてた。
うん。
もう、お父さんとお風呂入ったりする年齢じゃないもんね。しかもお父さんじゃないし。ただ、プリムちゃんは千秋君が良かったみたいだけど。
『おねがいね。千秋、弱いから』
そんなこと言われても、死んじゃうのは変わらない。
でもね、いなかったように『あの子』って名前を呼んでもらえなくなるのはもっとイヤ。
プリムちゃんの言う千秋君の弱さなんか知らない。
千秋君はずっと大人。月華にはわからない。
「プリムちゃんにお別れをいう時、千秋君も、一緒にいて」