仮定の未来 泣かす
「泣かせる気はなかったんだけど、ごめん、鎮」
泣き疲れた月華を抱き上げて宥める。
「いや、ここまで動揺させるとは思ってなかった俺が甘かったんだと思う。それとも何か、原因があるのか?」
感情のブレが疲れたのか腕の中で重みが増す。
気まずげな千秋の様子に原因に心当たりがあるのだとわかる。
「謝る気は?」
月華に。
「ん。ないな。ちょっと選べなかったんだ」
選べない?
「後始末、結局任せること多いんだろうな。そこはさ、ごめんって思うんだ」
「俺が勝手に好んでやってることだし。できるだけ、干渉はしないようにしてるつもりだ」
頷く千秋にここんところは少し干渉気味だった自分を振り返る。
「月華を泣かせたのはいただけないけど、理由、あとで話してくれるんだろう?」
困ったように軽く首を横に振って拒絶を示される。
夜の道を三人で帰る。一人寝てるけど。
「月華も、起きて俺がいたらまた気分、揺らすかもしれないから、逸美んトコか、恭の使う部屋、使うよ」
その提案はのめそうになくて拒否しようと口を開きかけたとき、
「千秋!」
掛けられた声に千秋が振り返る。
「ファイエット……?」
千秋が呼びかけた相手に応えて名を呟く。
子供と言うには少し年上、大人というには子供な男の子。
勢いを殺しつつ千秋に抱きつく。
「フローリアが、急変したって、バンシーに連絡きて! だから、千秋!」
フローリアは朝、普段通りだったと思うんだけど? 体調不良を隠していた?
しがみついてくる少年を抱きとめ、その髪を軽く撫でながら千秋は困ったような微苦笑。驚いてはいたけれど、よくない知り合いではないらしい。
「ファイエット……。あの子はもう、起きないから。ちゃんと……両親が見送るから」
「でも! ぁ。それっ……て、」
千秋の言葉に少年の手から千秋を促すようにせかす力が失われたのがわかる。
じっと千秋を見つめながらぼろりと零れ落ちる液体。
「ま、だ。間に合うと思ったんだ。ごめ……なさ」
ぼろぼろ泣く少年を困った表情のまま、千秋はただ撫でる。
「一晩に二人も子供泣かすってどーよ。コレで深理、泣かせたら完璧?」
「ないよ。子供つれて転がり込むのもなんだろ。帰ろう」
手はふさがってるから差し出せない。
ぎゅうっと少年は千秋の腕にしがみついている。
「千秋、バンシーって?」
できるだけ普通を装って喋る。
「ああ。ほら、エヴァンジェリン。レックスの奥さんの愛称だよ」
言ってから、千秋の動きが少し止まる。その動きは失敗したと言ってるように見えた。
腕の中で月華が身じろいだのを感じる。
『生命活動は維持』されているドナー。適合率が登録された者の中で最も高い。どちらの意思も選べない。レックスは自分の子供を残せない。気がつきたくない答えが、見えた気がした。
見下ろせば、泣いたせいで軽く発熱している月華の潤んだ瞳。
「ヒドイ愛称だな」
今は平和を望むのは弱いんだなと思う。それでも、語らないだろうし、月華に聞かせたいとは思えなかった。腕を軽く揺らせば、月華の目がゆるりと閉じられる。
千秋は優しい手つきで少年を撫でながらそうかな? と笑う。
撫でられている少年と目が合う。
すぐ逸らされたけれど、その眼差しは明らかにこちらを品定めしていた。
ぎゅっとしがみつく少年に千秋は撫でてやりながら囁く。
「来てくれてありがとうな。でも、あの子は来なくていいって言ったんだ。間に合っても会いに行かないよ」
ぎゅっとしがみつく少年の手に力がこもったのがわかる。
言いたい言葉を飲み込んでただおとなしく撫でられる。きっと、そこにあるのは無力感。
きっと、たぶん、月華と少年が泣いた原因は同じなのだろうなと思う。
理由はきっと違う気がするけど。
「鎮君」
道路に面した場所で空が心配そうに待っていて、呼びかけのその声に腕の中で月華が動いた。
「おかぁさぁん」
「月華ちゃん」
下ろすと月華が空に抱きつく。
そっとそばに寄ろうとすると
「お父さん、いらない。おかあさんがいい」
ちょっと固まる。
いらないって、イラナイって言われた……。
「あのね」
一生懸命に泣きやんで、呼吸を整えて月華は空にしがみつく。
「お母さん。お父さん。あのね、私、治療受ける。手術、終わるまでどっちかそばについててくれる? 手術が終わって起きた時にいて欲しいの。真理も森理もまだちっさいから、お姉さんが我儘しちゃダメだけど。ちょっとだけ……こわいの」
そう一気に言わなきゃ詰まって言えなくなるといわんばかりに吐き出し、空に顔を埋めて背を震わす。泣き出したのだろう嗚咽が聞こえてくる。
「えっと、しず、大丈夫か?」
千秋の声にはたりと気がつく。うん。言葉は聞こえていた。
「空、月華」
熱を出してると伝える前にこくんと頷いて、なぐさめるような視線。
うん、熱が出てるときは月華は空にいつもより甘える。空を独り占めしたがる俺はちょっと離れてた、方がいい。わかってる。そーいう気分の時もあるって。
空気に混じる匂いに足を止めて、空と月華に部屋にと促す。
「恭君」
「こんばんは。移動の手配はお任せを。ファイエット君はうちで預かりましょうか?」
「んー、泣いてるし、俺の部屋でいいよ。着替えになるものくらいあるしさ」
恭君の言葉に千秋が軽く手を振って答える。
恭君は半分ほど吸った吸殻を携帯灰皿に放り込む。
「月に一箱も吸わないんですから少しくらいいいじゃないですか」
不満そうにそれでも些細なことと言うように笑う。
千秋が少年を連れて行くのを見送り、恭君に視線を向ける。
「千秋さんが拾った子の一人ですよ。プチ家族旅行として、深理さんも二週間くらい休ませちゃったらどうです? 少しでも、万が一を考えるのなら」
拾った子、の、一人?
「ぜんぜん、聞いてないんだけど?」
「そーでしたかー?」
どこ吹く風とばかりに答える恭君。
「万が一は考えたくないけど、学校の方には連絡してみる。ちゃんとは空と相談してから」
「時間、あんまりないですよ? 明日の晩のフライトには間に合うように。決めたら手配は回しますから」
「天音ちゃんがいるから恭くんは」
「お供しますよ? 天音さんは当座はこちらに入院させていただければいいですし、本家様が動くようでしたらおじいさまもこの町にはいらっしゃいますしね。宗もご機嫌斜めになってしまって大変だったんですよ」
そういっちゃんのご機嫌斜めで、恭君、なぜ満面の笑顔?
『キラキラを探して〜うろな町散歩〜』
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空ちゃんお借りいたしました。