仮定の未来 治療
フローリアからの連絡。
発症者が今一人危篤で、移植可能だとの事。
それは、今以上に発症を抑えるだけでなく、免疫の改善向上も見込めて、学校に通うことができる可能性。その治療法は愛菜で実証済み。日差しが完全に平気にならないかも知れなくても希望がある。
前回の検診等で適合率が高いことは確認してあったらしい。ただ、月華が拒否するなら尊重するという話。
確かに成功率が高い手術だが、危険がないとは約束できないという当然の言葉。
一週間以内にあちらに行くことが条件。
ドナー待ちの患者は他にもいるのだろうからそうなるのはわかる。一週間、その提供者は持つのかと聞けば、『生命活動自体はね』と返ってきた。
「空。月華、嫌がるかなぁ」
生きてほしい。夜以外の外も見せてやりたい。そうは思う。
他の子たちはレンや涼維がみててくれるだろうし、今は千秋も滞在してる。隆維も近々帰国するという連絡は貰っている。涼維は婚約披露パーティに参加してとんぼ返り。結婚式に参加してとんぼ返りと、移動と緊張を繰り返して少しへたっている。隆維はむこうで挨拶回りがもうじき終ると笑っていた。
深理ももうじき六年生だし。
真理と森理はソファに座る空の膝の上を占領してる。
朝から遊び疲れたのかうつらうつら。部屋に運んじゃおうかなぁと思う。
どうしたのと問う空の眼差し。
そっと動けない空にキスを落とす。
「フローリアが、ドナーが出そうだから、月華に治療を受けさせないかと。受けるなら、一週間以内に来いって」
月華が『他の人の死を待っているようでいや』と言っているのは知っている。
検診と死後の肉体提供以外の協力を拒否している月華なら、他の待っているヒトに譲りたいのかもしれない。
「うだうだ考えてるなら、本人に聞いてみたらいいだろう? 空ねぇ、二人を寝かしてくるよ」
朝の珈琲を飲み終えたらしい千秋がすっと真理を抱き上げる。
「ただいまです」
ふらっとその後ろから現れたレンが挨拶代わりに空の頬にキスをして森理を抱き上げる。
空は俺のと文句をつけたいけれど、怪獣二匹を起こすのもよくないし。むぅむぅと自由になった空をそっと抱く。
「考える時間はないけれど、月華自身に決めさせるのが、いいかなぁ」
◇◇◇
移植を基礎とした治療法。
うまくいったら中学校に通えるの。勉強はしてるから年齢に合わせた学年に。リハビリもあるから一年生からは無理でも、二年生からいけるかもしれない。日差しに気をつけてれば、夏祭りもいけるかもしれない。
でも、それは誰かが死ぬことで。
お父さんは『月華の好きでイイよ』と言ってくれる。
お母さんは『こわいなら、いいんだよ』って言ってくれる。
こわいのかな?
生きたい。死にたくない。死んでほしくない。
死んじゃう誰かのことをきっと、フローリアは教えてくれる。
千秋君はどう思うんだろう。
桜を一緒に見ようって約束したの。
お祭りの花火も。
日避けをちゃんとして、商店街のお店で美味しいモノを食べようって約束したの。曇りの日か、雨の日ならきっと何とかなるの。
考えるのに外に出た。
ある程度距離をとってついてきてくれてるのは隆維くんか、レン君か。多分、お父さんじゃない。
今日は涼維くんは別の病院にお手伝いにいってるし、レン君はお休み。
ふらりと通うことのない小学校を見上げる。
うろな南小学校。
死にたいわけじゃない。発症は怖い。私は死ぬよって言われて笑っていられるとは思えない。
怖い、なぁ。
「こんばんは。遅い時間に出歩いちゃダメだよ」
知らない、男の人。でも、どこかで見たことがあるような。
「こんばんは」
そばにレン君か、隆維くん。
きゅっとストールを握る。
「すみません。清水先生。一応、ついてますから勘弁してください」
「千秋君!?」
ついてるのが千秋君だとは思っていなかった。
千秋君はこの人を知っていたのか明るく挨拶していた。
私が考えたいことがあって夜の散歩をしてたことも説明してくれたようだった。
しみず。
千秋君の袖を引く。
「どうかした? 月華」
「おうやくん」
千秋君は不思議そうに視線を合わせてくれる。
「うん、清水先生のトコの長男君は桜也くんだけど、月華、会った事あったの?」
頷く。
そうか。もし、治療がうまくいかなかったらおうやくんにももう会えなくなるんだ。
そう思ったら時間が止まったように感じた。
「げ、月華?」
千秋君の声。
何かに驚いてるような声に見上げたらなんか滲んで霞んでた。
「あれ?」
目をこすったら袖が、手に、濡れるものがついた。
泣くつもりなんか、なかったのに。
おうやくんのお父さんと別れて泣きやめるまでと中央公園に足を伸ばす。
「死んじゃうのがイヤなの」
千秋君の手を握りながらぽつんと呟く。
死んじゃうのがイヤなのは相手なのか、自分なのかよくわからなくてぐるぐるする。
「そっか。受け付けない。嫌なら無理はしなくていいと思うな。他の人の助けになるだけだからね」
他の人。
普通ならきっと、それが良かったって思うんだと思う。
「月華が選ぶことだよ。もう意識を閉ざし眠りながら死んでいくあの子に苦痛はないんだ」
わかんなかった。
ゆったりと優しい声で流れた言葉を理解したくなかった。
『死ぬ』ってことは会えなくなることだ。
治療には常に『死ぬ』可能性がついてくる。おうやくんともう『会えない』可能性はすごく嫌だった。
だから、『会いたくない』ぐらいに。
大好きな人に『会えない』は辛いの。嫌なの。だから『最後』に会いたくない。
もう、声も聞こえないし、ぬくもりも感じられなくなる。すごく嫌だった。
『あの子はもう苦しくないんだよ』
そう言った千秋君は笑ってて私、何も考えずに叩いてた。
千秋君なんかだいっきらいって。
千秋君が笑って言っちゃいけないんだ。
涙が止まらない。
どーしてって思う。
わかんない!
でも、嫌だった。
一番、イヤだったのは、千秋君が名前を呼ばないこと。
『あの子』って『どの子』
私も死んじゃったら千秋君の中で、誰かの中で『死んじゃったあの子』って名前になるの?
『月華』じゃなくなるの?
いつの間にきたのか、お父さんが抱き上げてくれる。
千秋君がお父さんに謝ってる。
千秋君が悪いの。
会えないのはとってもイヤな事なのに。
どうせなら最後まで突き飛ばせばいいのに千秋君は言うんだ。
「月華の好きに選べばいいんだよ」
って。
じゃあ、どうして、会わせたの?
「お母さん。お父さん。あのね、私、治療受ける。手術、終わるまでどっちかそばについててくれる? 手術が終わって起きた時にいて欲しいの。真理も森理もまだちっさいから、お姉さんが我儘しちゃダメだけど。ちょっとだけ……こわいの」
ぎゅうとお母さんに甘える。
お父さんにおかあさん貸してねって『お願い』したの。
「死んじゃうのはイヤ。痛いのも苦しいのもお外にでられないのも、イヤ。でも他の誰かが痛かったり死んじゃうのもイヤ。月華はいやばっかり。真理も森理も小さいのに」
怖いんなら、無理しなくていいのってお母さんは言ってくれる。
月華ががんばってるのは知ってるからって。
お母さんのそばにいたいの。おうやくんにもう会えなくなるかもしれないのはこわいの。
「あのね。死んじゃうの。お友達になったのに。あのね、千秋君知ってたんだ。ひどいよ。それなのに、治療を受けるのは月華の好きでいいって、言うの。一緒に、生きれたらいいねって笑ってたのに」
お母さんの服が濡れていく。
『死んじゃうから。月華の中に入れてね。一緒に生きたいの』
『お友達が元気になれるならうれしいよぉ』
『だからね、待ってるからお迎えに来てね』
『お……いね。……、……いから』
そんなこと言われても、死んじゃうのは変わらない。
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『うろな第三世代!』
より
清水渉先生ちらり。
桜也くん、お名前だけちらりとお借りいたしました。