仮定の未来 来日して
日本のうろな町にきて五年。
住んでいるのは病院施設の居住部分。
ほとんど患者が来ないのは認知度が低いから。そのかわり、他の病院での勤務時間をとれる。
妻のミアはにこにこと世話を焼いてくれる。
日本にはミアの高校受験にあわせて来日した。
そして約束通り、ミアが十六。日本の法律で許される年齢で入籍。正式なお披露目はミアの大学卒業後予定。
医学を学び、両親と同じ道に進めたのはミアのおかげだと思っている。
不慮の事故で死んでしまった両親。遺産は気づかないうちに掠め取られ使い潰され、学費どころか生活費すらあやしかった。
通っていた学校をやめる時、声をかけてくれたのは涼維だった。
友人の親族で外国、日本で暮らしていた少年を友人ははじめ「可哀想」と構い、次第に「かわいい」から構うようになっていた。
学校をやめる時、涼維と友人の家に招かれた。
その時には事情を調べられていたらしい。
両親が勤めていた病院の経営者が友人の一族だったから気にしてくれていたらしかった。
援助しようと言う提案を子供の意固地さで拒絶した。理由がないとしか思えなかった。
そんな中、ミアが言い出した。
「お医者様になって私の夫になって頂戴」
唖然とした。
十歳になるかならないかの子供の発言だった。
子供の発言。
それでも、それだからか、叶えたいと周囲が動く。飽きるまで、冷めるまで付き合ってくれと。母親と引き離さずをえなかった可哀想な娘だから。と。援助はその報酬だと。
ただ、少女の望み通り医者になるという条件があると。
なりたかった。両親のように、人を助けたかった。
ミアの真意はわからないままに婚約。
周りが思うほど、可哀想な子ではないと思う。周りの言葉を、期待を裏切らないように控えめに振る舞いはしているけれど、自分なりに周囲と折り合いをつけているように見える。
そして、無茶な発言を聞いたのはあとにも先にもアレっきりだと思う。デメリットが怖いくらいになかった。
名誉にかけて、信頼にかけて決して触れない。
周りにいた親族は排斥され、学業に専念する余裕を得た。
甘い誘いは耳を塞いだ。援助される期待に応え、いつか、返済したかった。
涼維が不満に思うのもわかる気がしたから、より、いっそう相応しい立派な人材になることが目指された。彼女が大学を卒業するまでは触れないという約束。言われる前から理解しているつもりだったこと。
「はじめまして」
笑顔で挨拶してきたのは隆維。
涼維の兄。つまり、義兄だった。
明るく人懐っこい双子は周囲の人気を集める。
兄弟の域を超えてるんじゃないかと邪推したくなるシーン。
慌てて方向を変えた私に隆維は笑っていたと思う。
その出会いの数日内に打診されたのが、彼の主治医になって欲しいという依頼だった。
義弟相手なら意見も聞き入れるだろうという楽観姿勢。
原因のよくわからない虚弱性。及び、何かと怪我が多いのだ。
以前は涼維より隆維の方が活動的だったと話に聞く。
本人に聞けば肯定される。
「あのころは限界が理解できなくて、人間の反応心理も理解できてなかったから好き勝手やってたな」
隆維を知るようになったのはここ一、二年。
主治医として受け持っている患者は隆維かも知れないが、この家には月華ちゃんがいた。
遺伝疾患。陽の光を浴びれない少女。発症を抑えるための投薬が免疫を弱める。そんな少女をサポートするのは当然だと考えた。ミアも彼女を気遣っていた。
その疾患は兄の深理も抱えていた。ただ、男の子は発症しない。次世代への遺伝リスク。両親である鎮と空ねえさんには因子はない。この町には他にもいるけれど、そのあたりは深く追求すべきじゃないと思える。
涼維との友情もあるしね。
□◇◆
「在学中に休学になんて状況にしないで欲しいね」
「分かってるよ。リョーイ」
「あら。レン、別に夫婦なんだし構わないと思うの。私、魅力ないかしら?」
「みーあ!」
「君は魅力的だよ。きっといつか素敵な人が現れるよ。感謝している。だからこそ、君が恥じることなく好きな人のもとにいくまで、君を守るよ」
「家がレンにした援助は隆維兄さんの主治医なんて面倒くさい事してる時点で返済していると思うのに。だから、気にしなくていいのよ?」
ティータイムはいつもの会話。正直、惚気にあてられて撃沈しそう。あと、隆維が聞いたら泣くよ。ミア。
レンフォードは母方の家がやっている病院に勤務していた医師の一人息子。夫妻はレンが在学中に亡くなってその遺産を親族たちが食い潰していた。
そこに手を差し伸べたのが上の伯父ということらしい。
それでも、ただ救済を受けるのを良しとしない彼にミアがニコニコと言ったセリフが、『お医者様になって私の夫になって頂戴』当時小学生だよミア。
伯父の家に居て自分を異物と感じていた彼に理由を与えたのは確かだけどね。
あとで散々、『本気か?』と問い詰めた。
ニコニコと笑って『きっと素敵なお医者様になる人だと思うの』と言う。
十六で入籍する時にも結局、本気で好きかどうかは確認できていない。
レンとはすでに友達だったから嬉しいやら、義弟になるってことはと思うと妙にもやっと複雑で、『卒業までミアには手を出すな』と突きつけたのは俺。『わかっている』と重々しく返事をされて瞬間後悔したけれど、それ以降この会話は日常的。
隆維にはほっとけばいいって言われるけどね。
当の隆維はうろなに帰っている時はほとんど外出せずパソコンに向かったり、細工を弄ったりして過ごしている。
ラフとーさまの後継としてはどうかと思うけど、集まりにはきっちり参加しているのは確かだし、次からパートナーを鈴音ちゃんにしようかなぁと言っているのも確かだ。
今まではラフとーさまの親族の一人ミリセントがパートナーを務めていた。
隆維のその発言は絶対揉める!
隆維は二人が仲が良いとさらりと言ってのけるが、どっちかが本妻かたや愛人と言われて気持ちのいい女性はいないと思う。(お互いが言い合ってるだけで隆維は最初から鈴音ちゃんって言ってるけど)
二人とも隆維の前では大人しいけど、結構キツい性格だ。しかも独占欲強い。
「涼維、食材すくねー」
「隆維兄さん、おなかすいたの?」
キッチンから聞こえてきた声にミアが立ち上がる。
「んー。ミリーが集中してメシ抜いてるっぽいからさ」
「向こうにもらいにいく?」
「そだなー。久々にチビども見に行くかー」
「リューイ、あの二人、キッチン立ち入り禁止は納得してるよね?」
「ん。してるはず。ミリーもスイッチオンのドリンクしか上手に淹れる事ができないし、鈴音もそれに近いし。俺はまだ死にたくない」
しみじみ頷いているけどその二人に差し出されれば隆維は食うし、飲むのだ。体調崩すからやめろっつってんのに。
「というわけで、空ねぇにおねだりー♪」
隆維は月華ちゃんを膝に乗せてお茶を飲んでいる。
月華ちゃんは我が家のアイドル。いや、下の二人も可愛いけどね。
さっきから黙っていたレンが息を吐く。
「リューイ」
「んー?」
「ねえさんに食べさせてもらったら、戻って検診するから」
「いきなりだなー」
「視力、いつから落ちてる?」
レンの言葉に隆維はあくまで軽い。
「えー? コレでも随分、戻したんだけどな」
って、
「隆維!?」
「騒ぐなって。よく気がついたなー」
「ゲッカが渡したカップはマグだ。最初持ち手を掴めなかっただろう?」
月華が隆維の膝の上で胸を逸らす。故意らしい。