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お題小説・「陽炎」「病院」「風鈴」をキーワードに含む

作者: しの

――チリン


涼やかな音に導かれ、目を覚ます。

ここは、どこなのだろうか。

白い空間。最初に受けた印象はそれだった。

ゆったりとした動作で体を起こす。

一瞬、クラリと眩暈がしたが、すぐに持ち直した。

状況把握に努めようと、辺りを見回す。

病院の一室。視界から受けた情報で結論を出すと。

ただの白い空間だと思っていた景色が、次第に鮮明になった。

最初、目に入ったのは自分の腕から繋がった管。

辿った先を見て、自分は点滴をされていることに気がつく。

ベッドに横たわっていた事から考えても当たり前だが、どうやら自分がこの病室の主になっていたらしい。

しかし、自分が何故ここにいるのか理解できない。

持病持ちの記憶はないし、ならば何らかの理由で倒れたということになるのだろう。

自分は、倒れる前はどうしていたのだろうか。

はっきりとしない記憶。

思い出そうとすれば朧に霞み、掴もうとすれば逃げていく。

残り一歩のところをかわされているように感じ、焦れったさを覚えた。


――チリン、チリーン……


ふと、目覚めのきっかけともなったガラスの音が、存在感を示すように響く。

涼しげな声音を追って窓を見遣れば、そこには様々な光を吸い込んで、不思議な輝きを放つ風鈴があった。


――チリン


微かな風と共に揺れる風鈴。

伴って響く繊細な音色。

ふわりと髪を揺らす風の感触。

それだけなのに、意識が囚われる。

じっと見つめていると、視線が逸らせなくなっていく。

同時に、自分の意識がここから切り離されていく感覚。


――チリーン……


耳の奥で、二重に重なる。

霞んでいく視界に見え、理解出来たのは。

探っていた記憶が逆に押し寄せてきたということだった。






「おい、大丈夫か? お前、顔色悪いぞ。具合が悪いなら、今日の部活は休め」


自分を見つめる友人の表情は、心配に染められていた。

特に自分では異常を感じていなかったので、大丈夫と首を振る。


「そうか? 無理をしているんじゃないだろうな」


念押しするように再び尋ねる友人に、心配しすぎだと笑う。


「しすぎる位に顔色悪いんだよ。まあ、お前が大丈夫だって言うなら、それ以上は止めないけどな。

でも、もし何か体に異変を感じるようだったらすぐに休めよ。無理して倒れられたら大変だからな」


彼の言葉に頷く。


「今日は暑いくらいだからな。ちゃんと自分の体調に気を遣っておけよ」


最後にビシッとこちらを指差し、彼はボールを取りに奥へと去っていく。

それを追おうとした矢先、涼やかな音色が耳を掠めた。

視線を体育館の入り口に移す。


――チリン


小さく存在感を示す音色。

風鈴が風の有無を報せる様に、その体を揺らしていた。

何故だか気になり、風鈴へと近付いていく。

途中、クラリと酔ったように視界が揺れた。

数十歩も歩かない内に辿り着く。

しばらく視線が風鈴に釘付けとなった。

ふと、視界の端に映るグラウンドが気になった。

煌々と太陽が照りつけるその下では、暑さに負けずと走り回る運動部員の姿。

その光景には、自分も負けず劣らず頑張ろうという気力を分け与えられる。

よし、と自分の中で気合を入れた時だった。


目の前の景色が揺れた。


揺れる、というのも違う表現かもしれない。

燃える、と形容したほうがいい光景だった。

グラウンドの下から、真っ赤な炎が静かに立ち上る。

幻覚だ。

そう認識するのと同時に、あれは陽炎だと理解する。


――チリン、チリーン……


風鈴の音が、遠くで鳴る。

記憶が途切れたのは、そこだった。






――チリーン


「だから言っただろ、無理しないで休めって」


聞き覚えのある声に振り向く。

そこにいたのは、呆れた表情を浮かべる友人だった。

ごめん、と謝れば、彼は首を横に振った。


「こうして無事に目が覚めたんだからもういいよ。まったく、救急車呼ぶなんて体験初めてしたぜ」


茶化すように笑みを浮かべる彼は、その奥に安堵の表情が見え隠れした。

よっぽど彼には心配を掛けてしまっていたのだと反省するのと同時に、こうまで想ってくれる相手がいることに嬉しさが募る。


「なんだよ。その気の緩んだような顔は」


なんでもない、と返しても、彼は納得がいかないという表情を浮かべる。

素直に今の気持ちを伝えるには、照れ臭さが強い今の状況。

そういえば自分が病院にいるように到った原因は何か、と強引に話題を逸らした。


「熱中症だってよ。普段から水分を取るなりちゃんと気をつけろっつってんのに……まったくお前ときたら」


ぶつぶつ語尾が文句垂れていき、彼の表情は不機嫌そうに歪んでいく。

罪悪感に駆られ、もう一度小さく謝った。


「いいよーもう。お前が聞き分けないのは前から解ってるしな。ただ今回が行き過ぎたってことで次から気を付けてくれれば」


反省の念を込めて、再度頷いた。


――チリン


「あ、ちなみにそこの風鈴」


彼が指し示す方向に視線を移す。


「お前、倒れる前に気にしてたみたいだから。熱中症ってことも含めてだけどな。少しでも暑さだとか紛れる様に借りてきといた。病院出る時になったらお前が返しとけよ」


了解、とだけ返すと、彼は入り口へと踵を返した。


「んじゃ、俺は今日はもう帰るからな。そんな長い間入院ってわけでもないし、後は学校で待ってるよ」


ひら、と手を振って病室の扉を閉める。


――チリーン


後を追って、まるで見送るかのように風鈴の音が鳴った。


自分の状況を理解した安堵。

気持ちが安定し、自分が今最優先させるべきことも頭に浮かぶ。

その最優先事項を達成させるため、再び布団の中へと潜ったのだった。




― 了 ―

お題随時募集中です。

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