雪に飲まれる
外気に触れる肌が寒さで痛む。吐く息さえも凍りそうだ。さくさく、と雪を踏む音だけが耳に届く。
「なあ、雪って白いよな」
唐突に、隣を歩く男が前を向いたまま、口を開いた。
「何、当たり前のこと言ってんの?」
毎年見る景色だ。辺りに広がるのは、何のめずらしさもなく、見慣れた光景だ。それは隣の男も同じ。
「いや、こう一面、雪に埋もれてると、飲み込まれそうじゃない?」
「いきなり、ポエマーにならないでくれる?それでなくても寒いのに」
男は、ふ、と吐息だけで笑う。
「俺、お前のそういうとこ嫌い」
反射的に顔を向けると、こちらを見つめる男の優しく包み込むような眼差しとぶつかった。
「……でも好き」
さく、と足が止まる。何を言われたのか、一瞬わからなかった。理解するとともに、じわじわと頬が熱くなってくる。不意打ち過ぎるだろう。
「う、私はあんたのそういうとこが嫌い」
足もとの白い雪を見つめながら、同じ言葉を返すのが、精一杯だ。男は、しばらく何かを待っていたようだが、堪えきれなくなったように、ぎゅっと抱きしめてきた。
「あはは。俺は大好き」
温かい腕に抱き込まれ、心臓の鼓動を刻む音が、さらに大きくなる。なんだか自分のなかで思いの外うれしいのが悔しい。男の肩口に額を押しつけて、つぶやいた。
「あんたなんか、雪に飲み込まれちゃえ」
この日、雪に飲み込まれたのは、多分私のほうだ。この男の肩越しに見た何の変哲もない見慣れた景色が、一生忘れられないものになったのだから。
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